『航平-暗闇の中の一筋の光』

咄嗟に佐藤を胸に抱いた。


俺達は、階段を落ちていく。


体に走る激痛。


頭にも痛みが走る。


でも…佐藤を守りたかった。


『いやぁ!!航平君!!』


平沢の声がした…ような気がした。




意識を失った俺は、何処かにいた。


何処かは分からない。


真っ暗な場所…


そんな感じだ。


その場所を、ずっと歩き続けていた。


出口があると信じて。


でも、一向に出口に辿り着けない。


さすがに焦りと…諦めが出ていた。


だけど…


右手に何かの感触。


そして…


『ごめんなさい…』


その声は…佐藤?


何で謝るんだ?


謝るのは俺の方だ。


傷つけてばかり…巻き込んでばかり…


ごめんな…


右手に、ポタリ…した感触。


涙?


その瞬間、頭上に光が見えた。


俺は、必死に手を伸ばす。


光に手が届いた…




最初に見えたのは真っ白な天井だった。


視界を動かす。


…病室?


「航平!」


その声は母さん?


安堵したような表情。


…ごめん、俺、心配ばかりかけて


ほんと、ごめん。


母さんは左側にいる。


だけど、俺の右手を誰かが握っている。


その方角を見ると


あぁ…よかった


佐藤の顔が見える。


車椅子に乗って、頭や体には包帯が巻かれていたけど


涙に濡れた瞳で、喜びの表情を浮かべている。


「よかった…無事で…」


やっと出た言葉。


もっと、気の利いた言葉出ないのかよ…


つくづく情けない。


「ごめんなさい」


俯いて謝っている。


そんな事はない。


悪いのは俺。


俺のせいで、佐藤は巻き込まれたんだから。


「…佐藤のせいじゃない。俺が悪いんだから」


そして、握っていた手を握り返す。


微かな微笑み。


あぁ、なんて可愛いんだろう?


こんなにも心が満たされていく。


彼女も目覚めたばかりという事で、とりあえず病室を後にした。


病室のドアが閉まると、母さんがニヤニヤしている。


う…この顔をしている時は注意だ。


「可愛い子じゃない」


そう言って


「私、あんな可愛い娘だったら大歓迎だわ」


嬉しそうにしている。


「なんだよ…」


俺が言うと


「聞いたわよ。航平、あの子が好きなんだって」


母さんは、舞い上がった声で言う。


う…誰だ?


誰がバラした?


潤か?


秀人か?


それとも良太か?


それを悟った母さんは


「潤君達が教えてくれたのよ。元々は、航平のせいで、彼女は巻き込まれたって」


…あいつら


覚えてろ


一番知られたらマズイ奴だぞ!!


すっかり母さんは、佐藤の事を気に入っている様子だ。


「あんな可愛い娘が欲しかったの」


と、ウキウキして言っている。


だから、気が早いって!!


佐藤は…たぶん、俺の事…


でも、少し期待している自分がいる。


俺のキスを受け入れてくれた彼女。


俺の為に涙を流してくれた彼女。


もしかしら…なんて…思っちまう。


勘違いなんだろうけど…


俺って、サイテーな遊び人だしな。


佐藤の中では…


ウキウキと勝手に盛り上がっている母さん。


「そういえば、犯人の子…古瀬さんだったかな?彼女も夜遅く自首したそうよ」


その言葉に固まる。


え?


俺達を落としたの…平沢のハズ…


どういう事だ?


「母さん…悪い…犯人…誰だっけ?」


確認するように聞く俺に、母さんは首を傾げて


「え?古瀬さんでしょ?」


と言う。


どういう事だ?


確かに、あの場所に古瀬はいたが…


佐藤を階段の下へと落としたのは平沢のハズ。


俺の記憶が間違っているのか?


記憶の混乱か?


意味も分からないまま、時が過ぎ


刑事らしき人物が、病室に入って来た。


あ…この人…この前、佐藤が襲われた時も来ていた刑事だ。


彼らの事情聴取は、古瀬の自供の裏付け。


確かに、それは事実だった。


平沢と古瀬の位置以外は…


だが、今の俺の記憶の混濁があるかもしれない。


とりあえず…ツライかもしれないけど、佐藤にも確認しないと…


刑事が帰った後、潤達がやってきた。


入った瞬間、鋭く睨んでやった。


その意味が分かっているんだろう


「ごめんなー」


悪びれもせずに言う。


反省してねぇな。


「…母さん、ちょっとこいつらに飲み物でも買ってきてくれよ」


と、母さんに言う。


母さんには言えない。


混乱させたくない。


母さんは、笑顔で


「いいわよ」


と言い


「潤君達を苛めたらダメよ」


そう言って病室から出て行った。


「珍しいな、お前で気遣いするなんて」


秀人の言葉に


「うるせぇ」


短く答えてやった。


「で?何の話だ?」


俺が母さんを追い出した意味が分かっているんだろうな、良太が言う。


「あぁ、ちょっと、気になる事が…」


そう言って3人を手招きする。


そして、小さな声で


「実はな、俺達を階段の下に落としたの…平沢なんだ」


と言うと、3人の表情が驚きに変わる。


「は?でも、古瀬がその日の夜に父親と出頭したって聞いたぜ」


潤が、眉を顰める。


「あーでも…」


良太が思い出したように言う。


「確か、古瀬の親父の会社…平沢の親父の会社と取引しているって聞いた事あるな。その関係上で、古瀬は平沢の言いなりになっているって」


その言葉に


「つまりは…裏取引があった…かもしれないのか」


秀人が言葉を加える。


「俺の記憶違いかもしれないけど」


すると、良太は


「いや、たぶん、記憶違いじゃないと思う」


確信を持ったように言う。


「佐藤には、申し訳ないが、確認したいんだ」


俺の言葉に…3人とも唸る。


「そうだな…坂本とかに頼んでみるか…俺等が言うよりマシだろ?」


良太が提案する…が


そこのドアがノックされ


入って来たのは、坂本と津川。


もしかして、俺が佐藤を巻き込んだ事を言いに来たのか?


そう思って身構えていると


「ちょっと、聞きたいことがあるの」


神妙な面持ちで坂本が言う。


俺を、しっかりと見据えて


「もしかして、同じ事かな?」


良太の言葉に、坂本と津川が顔を合わせる。


「やっぱり…」


津川が呟く。


「犯人は、平沢だったんだ」


秀人が言う。


「やっぱ、親同士の裏取引かね」


腕を頭の後ろで組んだ潤が言う。


「…たぶん、そうだろ」


良太が、考えながら言う。


「でも、どうすんだ?古瀬は自首しているし…」


秀人が不安げに言うと


「うーん、ちょっと考えさせて」


良太が言う。


こいつ、無駄に頭の回転早い奴だからな…


「とりあえず、また明日来るわ。航平も目覚めたばかりでキツイだろうから」


秀人の提案で、全員が病室を後にする。


廊下で


「あらーもう帰るの?あら、その子達彼女?」


茶化すような母さんの声。


「「違います!!」」


坂本と津川が、同時に強く否定した。


クスッと笑いが出ていた。

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