『翌日、学校にて』

登校拒否…したい。


重い気持ちを引き摺ったまま、ベッドから起き上がる。


朝の6時


いつもより早く目覚める…というか寝不足。


最近、あまり眠れない日々が続く。


でも、元気にしてないと…


お父さんやお母さん、凛ちゃんや楓ちゃんに心配かけたくないから。


重たい体を引き摺るように、制服に着替える。


ブラウス2着あって助かった。


あ…でも、また購入しないと。


3年生で、もう着る事はないとはいえ、1着だけじゃ無理がある。


お金…自分のお小遣いで足りるかな?


お母さんに、言いにくい。


だって、こうあと3か月くらいしか着ないし。


余分なお金を使わせたくない。


貧乏ではないけど、裕福でもない家計。


ため息をついてから、隠し持っているお金を確認する。


…ブラウスっていくらだっけ?


先生に確認しないと。


少しの間だけ、帰ってきたらブラウス洗濯して、1着で回さないと。


もう、汗かく時期だから…やっぱりね。


そんな事を考えながら制服に着替えて、下へと下りる。


お母さんが台所で朝の準備をしていた。


「お母さん、おはよう」


私が声かけると、びっくりしたように振り返る。


「あら…早いわね。もしかして、眠れなかったの?」


心配そうに聞いてくるお母さん。


笑顔を作って


「大丈夫、ちゃんと眠れたから」


そう答える。


…嘘だけど。


お母さんは、息をついて


「美奈は、そう言って無理をする時があるから…」


と、言った後に


「今日は、学校、休んだ方がいいんじゃない?」


そう言ってくれたけど、私は首を横に振って


「受験生だよ。ちゃんと授業受けないと」


そう言って笑顔を作る。


お母さんは、心配そうに私を見て


「だって、昨日の事で…」


表情を曇らせる。


…だよね?


昨日の事は、もう学校に知れ渡っているだろう。


好奇と中傷の視線が待っているのは、明白。


その中に娘を放り込もうなんて、親としては出来ないよね…


でも、逃げたくないから。


それに…航平君に会いたい。


気まぐれで助けたと思うけど、やっぱりちゃんとお礼を言いたい。


…会いたいというキモチが強いんだけどね。


お母さんは、私の頬に手を添えて


「何かあったら、ちゃんと言うのよ」


真剣な眼差しで言う。


「わかった」


出来るだけ笑顔で答えた。


ちゃんと出来ているかは分からないけどね。


心配している両親を振り切るように家を出る。


門の所で凛ちゃんが待ってくれていた。


「凛ちゃん、おはよう」


精一杯の笑顔で言ったけど、ちゃんと笑えたかな?


凛ちゃんも心配そうに私を見ている。


「美奈…」


「ごめんね、心配かけて」


凛ちゃんは、首を横に振って


「いいよ…私こそごめんね。一緒にいてあげられなくて」


これには、私が首を横に振る。


「…何でもなかったんだからいいよ」


「そう?」


「うん」


そうして、二人で学校への道を歩き出す。


途中で楓ちゃんとも合流する。


「…にしても、なしてあいつらは、あそこにいたんだろうね?」


凛ちゃんの言葉に


「だよね?会長のバカが後片付けにいないって探していたら、いきなり現れて、美奈が…って言ってきたんだもん」


「…偶然だよ、きっと」


私の言葉に、二人は顔を見合わせた。


「偶然って、そんな…レコーダーまで用意していたのに?」


楓ちゃんの言葉に、私は、ハハハ…と笑い


「それも偶然だって」


笑い飛ばすように言う。


でも、笑ってはいられない状況は、差し迫っていた。


教室に入ると、一瞬静かになり私を見ている。


…だよね?


この反応は当たり前だ。


私を見ながら、何かを囁き合っている。


予想していた通りの反応に、自分でもびっくりだ。


「ねぇ…」


そう言って私に話しかけてきたのは平沢さん。


何気に睨んでいる。


…何故に?


でも、答えはすぐにわかった。


航平君が私を助けたからだ…と思う。


嫉妬深い平沢さんが、その情報をキャッチしない訳がない。


いつものように後ろには古瀬さん。


「はい」


何を言われるか、ビクビクしながらも返事をする。


「噂になっているんだけどぉ、あなたが神林を誘惑したんでしょぉ?」


ムカッとした。


「違います」


そう答えると


「は?何しらばっくれている訳ぇ?真面目ないいんちょーを誘惑したんでしょぉ?」


上から押し付けるような言い方だ。


女の嫉妬は、真に怖い。


「…平沢さん、あんたバカ?」


そう返したのは、隣にいた凛ちゃん。


その言葉は、彼女にカチンと来たのであろう


「はぁ?」


すごく怒りに満ちた声で言う。


「美奈を助けたのが、安藤君だからって、女の嫉妬はみっともないよ。しかも、その噂っていういのも、自分でばら撒いているんじゃないの?」


その言葉に、平沢さんは顔を引き攣らせた。


それは、凛ちゃんの言葉への肯定になる。


「そ、そんな訳ないでしょ?私は、クラスのみんなが話しているの聞いただよ!!」


そう言って否定してみる。


クラスの中を見渡せば、全員が迷惑そうな顔をしていた。


『あんたが言っていたじゃん』


と、顔に書いてある。


楓ちゃんがため息をついて


「嫉妬するのは勝手だけど、被害者である美奈を中傷する意味が分からない」


そう言うと


「うるさいわね!!あんたたちに関係ないでしょ?」


ヒスに近い声を上げる。


「それだったら、平沢さんにはもっと関係ないじゃん」


凛ちゃんが返す。


「そうそう」


教室の入り口から声がする。


天野君が、笑顔を作りながら入ってきた。


「俺らの勝手で、佐藤を助けたんだからさ」


そう付け加えると、自分の机に向かう。


その後ろには、辻谷君と田畑君がいた。


「はいはい、みなさーん、憶測でモノを言うのは止めようねー」


田畑君が、ニコニコ笑いながら言う。


「佐藤さん、傷ついているんだから、余計に追い詰めないようにしようね。人間として」


最後の部分は、少し声が低かった。


クラスの一部(平沢さん)を除いて、バツの悪い顔になる。


平沢さんは、わなわな…と震えて何か言おうとしたけど


「おーっす」


不機嫌な顔をして、教室に入ってきた航平君の顔を見て


「あ、航平君」


と、可愛い声を出す。


切り替えの早い人だ。


だが、その腕を掴んでいる小林さんを見て、眉間に皺を寄せていた。


航平君は、自分の指定席である窓辺の席に座ってから、外を見ていた。


小林さんが


「ねぇねぇ、航平君」


と話しかけても


「あぁ」


とか


「うん」


と、いうぶっきらぼうな返事をしている。


今日もカッコいいな…


一瞬、見とれてしまった。


いけない


いけない


ちゃんと、お礼を言わないと


一回深呼吸をしてから、立ち上がる。


「美奈?」


楓ちゃんが目を丸くしている。


私が表情を硬くしていたからだろう。


「…お礼を言ってくる」


小さく呟くように告げてから、航平君の席に向かう。


航平君の周囲では


「ちょっと、航平君迷惑そうにしてるわよ」


平沢さんが言い


「そんな事ないわ。照れているだけよ」


小林さんが返す。


小競り合いみたいな口喧嘩が繰り広げられていた。


私が近づいていくと、二人とも不機嫌な顔になる。


小林さんが立ち上がって


「何よ!」


と言う。


私は、もう一度深呼吸をして


「あの…安藤君」


航平君に声をかけていた。


鬱陶しそうに外を見ていた航平の顔が私の方に向く。


「何、人の彼氏に話しかけてんの?」


小林さんの声がしたけど


「昨日は、ありがとうございました!」


そう言ってから深々と頭を下げる。


航平君は立ち上がり


「大丈夫なの?」


そう問いかける。


笑顔を作り


「大丈夫です」


そう答えてから


「天野君、辻谷君、田畑君も、昨日、助けてくれてありがとうございます」


と、3人の方にも頭を下げる。


「別に大した事してないよ」


天野君が言って


「そうだよ」


辻谷君が続けて言う。


「男として、か弱き女の子助けるのは当然だよー」


軽い感じで田畑君が言った。


もう一回、航平君の方を見て


「本当にありがとうございました」


もう一度、頭を下げる。


航平君は、私の顔をジッと見て


「顔色…悪いよ」


と、言った。


だって、すごく緊張してるんだもん。


今だって、小林さんと平沢さんの恐ろしい視線感じるし。


「平気です」


笑顔を作って答えると、クルリと踵を返した。


自分の机に戻ろうとしたら、


あれ?


何か視界がおかしいな?


こんなに歪んでいたっけ?


あれ?


私の机…どこ?


早…く、戻ら…な…い…と…


地面がスポンジみたいに、ふにゃふにゃになっている感覚がする。


やばい?


「ちょっとあんた」


誰かに腕を掴まれた気がした。


だけど、その声が誰であるのかも分からない。


薄れゆく世界。


教室の中の喧騒。


でも、聞こえた気がした。


「佐藤!」


航平君の声が


聞こえた気がした。


気のせいだろうって思うけど


それから、私の意識は深い底に墜ちて行った。

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