『航平ーあふれるオモイ』

その瞬間に、俺と目が合った。


佐藤が唇を結ぶ。


『ごめんなさい!!』


深々と頭を下げてから、壇上から下りる。


呆然自失で立っている神林を、生徒会役員が壇上から降ろした。


…ホッとしている自分がいる。


こんな最低で、どうしようもない俺なのに…


佐藤にキモチを伝える権利ないのに…


安心している自分がいた。


昼休みに、神林が茶化されている。


余裕の笑みを浮かべているヤツ。


だが、その目には、尋常じゃない狂気がある。


佐藤は、奴を見てないから気付いていないかもしれない。


だが、津川と坂本は気付いているようだった。


坂本は、七夕祭りの片付けで今は津川と二人。


津川が放送で呼ばれる。


…頼む、佐藤を連れて行ってやってくれ。


心で念じる。


俺が念じなくても、津川は佐藤を連れて出て行った。


そして


『…寧々、話があるの』


神妙な面持ちの優奈に話しかけられ、小林は、優奈と前田と3人で、どこかに行った。


いつの間にか神林もいない。


佐藤が危ないかもしれない。


そう直感が告げていた。


俺は、潤と秀人に声をかけた。


二人とも、俺のキモチとかそういうの理解してくれているから、一緒に探してくれた。


屋上から、優奈達が降りてくる。


優奈の悲しそうな表情。


もしかして…俺が小林に脅されている事を小林に問いただしのだろうか?


…ごめん、優奈。


いつも、ツライ想いばかりさせて。


上から誰かの気配。


誰だ?


階段を上ってみて驚く。


…佐藤?


どうしてここに?


そんな疑問は、どうでもいい?


神林は…よかった、いないみたいだ。


佐藤は、急いで俺の横をすり抜けようとして、階段の滑り止めに足を引っ掛けたよう

だった。


落ちていく体。


だが、俺は咄嗟に腕を掴んで、自分へと引き寄せる。


心臓の鼓動は、ハンパねぇ


破裂しそうだ。


少しの間、動けずにいると


『美奈ぁ』


津川の声。


佐藤は、ハッとして


『ご、ごめんなさい』


そう言って頭を下げる。


『あ、ありがとう』


と、彼女は急いで駆けて行った。


その時…


【ゾクリ】


と、寒気が走る。


ていうか殺気だ。


どこかで…見ているのか?


周囲に目を凝らして見るが、見つからない。


とにかく、神林には気をつけないとな…


警戒だけはMAXにしていた。



そして、放課後を迎える。



『どこ行くの?』


甘えてくる小林を振り切って、佐藤を探す。


坂本を待っている間、保健室で待っていると良太が言っていた。


保健室のドアを開けるが、誰もいない。


どういう事だ?


足元に図書室の貸し出しカードが落ちている。


…図書室?


急いで、潤と秀人、それに良太に連絡を取る。


図書室に向かう途中、良太が一人の女子生徒に声を掛けていた。


図書委員の係だそうだ。


すると、3年4組の神林ってヤツが、調べ物がある、時間がかかるから自分が戸締りをするからと、言われ鍵を渡したそうだ。


その少し前、佐藤らしき人物が図書室に入って行くのを見たらしい。


全身の血液が逆流する感覚を覚えた。


4人で、急いで階段を駆け上がる。


あと、良太が呼んだ教師が3名。


図書室へ続くドアは2つある。


校舎と渡り廊下を繋ぐ扉と図書室の前のドアだ。


1つ目のドアが閉まっている。


神林がドアの鍵を閉めたのだろう。


だが、スペアキーを良太が持っていた。


…こういう用意周到な所には頭が上がらない。


そして、2つ目のドアも鍵がかかっていた。


しかし、このドアのスペアキーは存在しない。


【ブツッ】


ブラウスのボタンが弾ける音がした瞬間、頭が真っ白になった。


何も考えずに扉に体当たりする。


少しボロいドアは、あっさりと倒れた。


中にいたのは、ブラウスを破かれ、組み敷かれた佐藤と


彼女の上に馬乗りしている神林の姿だった。


絶望に満ちた瞳から、涙が溢れていて


両手首をネクタイで縛られている。


【助けて…】


声なき悲鳴が聞こえた。


俺の憎悪は、すぐに神林に向かう。


『てめぇ何してやがる?』


俺の気迫に呑まれながらも、神林はいけしゃあしゃあと、身勝手な事を並べ立てやがった。


ヤツに口を塞がれた彼女は、首を横に振って助けを求めている。


神林の暴挙を、彼女の涙が物語っていた。


抑えきれない衝動に駆られ、奴を一発ぶん殴る。


反動で吹っ飛んだ神林。


急いで佐藤を起き上がらせる。


恐怖で青ざめたまま、震えている体。


守ってやりたくて、肩に手を回して抱き寄せた。


神林は、手を広げて彼女を呼ぶ。


だが、佐藤は、それを拒否した。


何かが壊れてしまったのか、ヤツは佐藤は自分のモノだと、ほざきだした。


言葉が出ない彼女は、目で訴える。


【違う】…と


『てめぇも女いるくせに、何?人の女に手ぇ出してんじゃねぇよ!!』


この言葉は、俺の心に突き刺さった。


ヤツの言う通りだ。


だが…


俺は…


頭に血が上った俺は、もう一発殴ろうとしたが…


佐藤の勇気を振り絞った一言。


声が裏返り、素っ頓狂な言葉で思わず吹き出しそうになる。


入り口にいる潤や秀人、良太は笑いを必死に堪えていた。


さらに潤や秀人の言葉で、さらに神林はキレた。


今にも殴りかかろうとした神林を


『はーい、そこまで…』


笑顔の良太と、神林の姿が信じられない教師達の出現で、どうにか収まった。


『覚えてろよ!!』


神林が叫んでいた事は覚えている。


そして、


≪うまくやれよ≫


と、口パクで伝えて潤達は、その場から立ち去る。


【ガクン!】


佐藤の体から力が抜けた。


慌てて支える。


『怖かった…』


堰を切ったかのように、泣き出す彼女。


子供のように泣く彼女を抱きしめてあげる事しか出来なかった。


無意識なのか、佐藤の腕が俺の背中に回り力が入る。


だが、すぐに左側の首筋を、必死に擦っていた。


まるで汚いものをふき取るかのように。


『あいつに…された?』


俺の問いに頷く。


そして、顔を上げると目を潤ませながら顔を赤くしている。


俺の心臓…どうにかなりそうだ。


さらに、破けたブラウスから胸元が丸見えになっていて、俺の心臓は更に負荷がかかる。


頑張れ、俺の理性。


俺が赤くなったので、気付いたのだろう


慌てて両手で隠している。


耳まで真っ赤になって…


そんな姿が、とても愛おしくて


そして、アイツに触れられた事で俺の頭はどうにかなりそうだった。


『…消毒、してあげよっか?』


また、歯の浮く言葉が出てくる。


固まったまま、俺を見上げる。


彼女の首筋に唇を寄せていく。


身動き一つ取らない佐藤。


…それは≪YES≫だって事?


拒否しないと…止まらないよ?


俺の唇が、佐藤の首筋に触れる直前だった。


『航平くーん』


遠くから俺を呼ぶ小林の声に、佐藤は我に返り


『助けてくれて、ありがとう、安藤君』


深々と頭を下げてから、鞄を持って図書室から出て行った。


そして、強張った顔をして小林が入ってきた。


あぁ、なんで…


こうなるんだろう?


佐藤の中の俺は、段々と軽薄でヒドい男になっていく。


こんなにも愛おしいのに…


大切なのに…


俺は、君にヒドイ事ばかりしているね…


『お前さ…ちゃんとキモチ伝えろよな』


潤は、そう言うけど


たぶん、断られると思う。


プレイボーイな最低な俺なんか


絶対に受け入れてくれない。


それより、たぶん、津川や坂本から殴られるよ。


あいつらが大切にしているんだからさ。


きっと、そのうち佐藤に相応しい男が現れる…


俺の評価は最低だし、もう諦めたら?


自分に言い聞かせても


諦められるはずもなく…


虚しく時間が過ぎていく。



こんなにも愛おしくて



こんなにも欲しているのに



キミは、遠くに行ってしまう



その潤んだ瞳



頬に流れる涙



綺麗な言葉が紡がれる唇



強く抱きしめたら壊れそうな体



そのすべてが、欲しいのに



手を伸ばすと、キミはすり抜けてしまう



どうしたらいい?



どうしたら…



キミは笑ってくれるんだ?

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