『航平-取引と七夕祭り』

家に帰ると誰もいない。


母さん、今日も残業か…


今の広告代理店の仕事に、やりがい感じているらしいからな。


フッと笑みを溢す。


あの時…


佐藤の腕を掴もうとして出来なかった。


あぁ…また、すり抜けていくんだな。


その後、小林が来て


『何があったの?』


物凄い形相で聞いてきた。


『ねぇ、まさか…』


『違うよ』


俺は即答した。


ホッとした様子の小林。


俺は、不機嫌そうに顔を逸らす。


『そうよね…言えないもんね』


嬉しそうに笑っている。


俺は、コイツは好きになれない。


あの時…


話があるって呼び出された時


優奈の事かと思っていた。


だが、違っていて


『ねぇ航平君。取引しない?』


そう持ちかけてきた。


『は?』


意味が分からない俺に


小林は耳元で囁く。


…なんでそれを?


って、聞くだけ無駄だな。


優奈の友達なら、優奈から聞いているはずだし。


『この事を、平沢さんに話したら、彼女どうするでしょうね?』


そう言って嫌な笑いを浮かべる。


俺が顔を顰めていると


『黙っててあげるから…私と付き合って』


そう冷たく言い放った。


少し迷った…


でも、傷つけたくない人がいる。


だから


『分かった』


そう答えた。


それから、小林は俺に、ずっとくっついている。


自分が【彼女】だって、周囲にアピールしたいから。


あの時から、佐藤の視線が痛くなる。


だって、俺、コクッたのに。


次の日には、小林を付き合ってますって。


どんだけヒドイんだよ、俺は。


もう、完全に…軽蔑されているよな?


ヒドイ男だって思われているよな。


だけど、最近、神林の様子が変だった。


妙に、佐藤に話しかけている。


アイツが佐藤に気がある事は、誰でも知っている事実だ。


いつも、津川と坂本がついていて、手出しは出来ないみたいだけど…


アイツの佐藤を見る目が…段々と…尋常じゃないものに変わっている。


良太の話では、登下校に待ち伏せしたり、後をつけたり、ストーカーみたいな真似しているって聞いた。


このままじゃ…佐藤が危ない。


"カン"がそう告げていた。


そして、七夕祭りの目前に


『僕は、佐藤さん、君が好きなんだよ』


って神林が佐藤に告白していた。


でも、その時佐藤は固まったみたいに動けないでいた。


いや、怯えていたのかもしれない。


しかも、佐藤を抱きしめようとして拒否された。


『返事は、七夕祭りの日でいいよ』


そう言い残してヤツは去って行った。


動けない佐藤。


たぶん、感づいていたのかもしれない。


神林の優しさに隠れた狂気に…


そして、七夕祭り当日


彼女がいるっていうのに、俺に告白してくるヤツもいた。


そして、神林の名前が呼ばれ


佐藤を壇上に呼び出した。


壇上で緊張している彼女に、アイツが何か言った。


佐藤は見えてないんだろうか?


あの勝利を確信した嫌な目を。


佐藤は、舞台下に広がる生徒に目を向ける。


津川を探しているのだろう。


見つからないで、動揺している。


津川も、ハラハラした様子で見ていた。


佐藤は、優しい性格だから、この場に流されるかもしれない…


そう思った。

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