『安堵』

残ったのは、私と航平君、天野君、辻谷君、田畑君だけ…


恥ずかしさで俯いたままだった私は、いつの間にか、天野君達がいなくなっていた事に気付いてなかった。


ペタン…と、その場に座り込む私。


いや、腰が抜けたというか


力が抜けたというか


「佐藤!」


航平君が慌てて、私の肩を抱く。


「大丈夫か?」


その言葉で、堰を切ったように涙が溢れてきた。


「…こ」


「こ?」


「怖かった…」


そう言ってから、大声で泣き出す。


よくよく考えてみたら、何て事をしているんだろう?


航平君の目の前で、こんな子供みたいな泣き方して


だけど


航平君は、何も言わずに抱きしめてくれた。


聞こえる航平君の胸の音。


どうして早いの?


そんな事は、どうでもいいや


航平君の背中に手を回して、ぎゅっと握りしめる。


…温かい。


なんてキモチいいんだろう?


このまま、この胸で抱かれていたい。


だけど、すぐに忌まわしい記憶が蘇る。


神林君が舌を這わせた首筋は気持ち悪い。


這った場所を、手で擦る。


そんな事しても無意味だろうけど、気持ち悪くて仕方無かった。


航平君は、そのな私の様子を見て


「あいつに…された?」


そう問いかける。


コクン…と私は頷く。


ふと見上げると航平君の顔があって


恥ずかしくて赤くなった。


まぁ、いろいろと恥ずかしい場面を見られたし…


それに、その真っ直ぐな眼差しが、とても恥かしくて


だけど、航平君も顔が赤い。


何事かと思ったら、更に私の顔が赤くなる。


そうだ…


ブラウス破かれて


胸がはだけていたんだった。



恥かしさのあまり、ブラウスの隙間を両手で埋めて、真っ赤になりながら俯く。


「…消毒、してあげよっか?」


航平君の言葉に、え?と顔を上げる。


近づく航平君の顔、だけどその唇は、首筋に伸びる。


体中が熱くなる。


鼓動は、爆発寸前。


このまま死んでしまうんじゃないかってくらい。


こんな事、したらダメ…


あなたには、小林さんがいるでしょ?


彼女いるのに


こんな事したら、ダメだよ…


でも、動けない


動きたくない私がいる。


このまま…溶けてしまいたい。


航平君の唇が首筋に届く寸前だった。


『航平くーん』


小林さんの声が遠くから聞こえたのは。


一気に現実に戻される。


パッと航平君から離れて


「助けてくれて、ありがとう、安藤君」


頭を深々と下げてから、鞄を拾って、胸が見えないように片手でブラウスを掴んで


その場から逃げるように立ち去った。


途中で小林さんにすれ違う。


私を驚いた表情で見ていたけど、私はお構いなしに走り抜ける。


確か、保健室に、予備のブラウスくらいあるはずだ。


なかったら、ジャージを着て帰らないと


そう思いながら、階段を下りていると


「美奈!」


楓ちゃんの声がした。


「楓ちゃん…」


力なく言う私に


「バカ!なんで一人で行動したの?」


誰かから事情を聞いたのだろうか、かなり怒っていた。


「ご、ごめんなさい」


「安藤たちが駆けつけなかったら、今頃…」


考えただけで、ゾクリと背筋が凍る。


蘇る恐怖。


楓ちゃんは、優しい瞳をして


「とりあえず、帰ろ」


そう言って、私を抱きしめてくれた。


うん…うん…


帰ろう


ひとまず家に帰ろう。

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