『恐怖から救出』

神林君は、ビクッと震えた。


涙で滲んだ世界


そこにいたのは…


航平君…


私に馬乗りしている神林君を見て


「てめぇ何しやがる?」


怒気を含んだ声で言う。


神林君は、フフン…と鼻を鳴らし


「見ての通りさ。僕たちはこれから愛し合おうとしているんだよ。邪魔だから、どこかに行ってもらえないか」


勝気な態度で言う。


「…泣いてんじゃねぇか」


航平君の怒りをぶつけると


「喜びの涙さ」


いけしゃあしゃあと神林君は言いきった。


私は、必死に首を横に振る。


「違う…みたいだぜ…」


航平君の後ろから出てきたのは天野君。


チッと神林君の舌打ちの声が聞こえる。


「恥ずかしいだけさ…彼女は恥ずかしがり屋さんだからね」


「…とにかく、そいつから離れろよ」


低い声の航平君。


「何故だい?この子は、僕に夢中だよ」


「ちが…」


否定しようとした私の口を神林君が押える。


「ほら、美奈も出て行ってって言ってる」


「んー、んー」


私は、必死に首を横に振った。


助けて!!


お願い!


助けて!!


心の底から叫んだ。


航平君は、つかつかと私達の元のやってきて


【ガッ】


グーで、神林君を殴った。


反動で神林君の体が吹っ飛ぶ。


「な、何を!!」


殴られた頬を押えて起き上がった時、私は航平君に起こされていた。


「てめぇだけは許さねぇよ」


ギロリと神林君を睨む。


カタカタ…と震える体。


恐怖から何も言えない。


そんな私の様子を見て


「ほら…彼女が怯えている…離れろよ」


神林君の目が血走っている。


「てめぇが、こうしたんだろうが!」


航平君に反論されて、グッと押し黙る。


だが、手を広げて


「さぁ、美奈、僕の所においで」


優しげな笑顔で言う。


…もう騙されない。


私は、首を横に振る。


航平君の手が私の肩をグッと掴む。


そして、私を抱き寄せる。


「…嫌がっているみたいだけど」


入り口の所で辻谷君らしき声。


彼も来ていたの?


神林君は、フルフル…と震えて


「…そん…は…い」


小さく呟く。


「は?」


航平君が顔を顰める。


「そんなハズはないんだ!!」


そう言って、恐ろしい勢いで私に近づいて


「怖がらなくてもいいよ。こんな奴らと一緒にいてはダメだ。僕の所においで…」


そう言って私の手を掴もうとする。


「嫌!!」


私は、その手を払いのける。


そして、航平君にしがみついた。


それを見た神林君は、血走らせた目をカッと見開いて


「何をしているんだ!美奈!君は、僕だけのモノだ!そんな汚い男に触らせるな!」


そう言って、私の腕を掴もうとする。


「嫌!!来ないで!!」


それを私は拒否した。


すると、元の温和な神林君とは思えないくらいの形相になっていく。


「…キミは僕のモノなのに…何考えてんの?浮気するの?ひどいなぁ…こんなにキミを愛しているのに…」


彼の言葉に驚く。


何?


浮気?


何言ってるの?


私は、反射的に航平君を見る。


航平君と目が合った。


私は、首を横に振る。


違う…


違うの…


この人とは、何の関係もない…


言葉が出ない…


「…違うって言っているみたいだけど」


航平君が口を開いた。


だが、神林君は


「そんな…!嘘だろ?キミは僕の愛に…」


狂気に走った目で私を見る。


私は、何度目だろうか、首を横に振る。


「全校生徒の目の前でフラれておいて、女々しいね、いいんちょー」


天野君の言葉が、よほど腹に据えかねたのか


「うるさい!うるさい!うるさい!!」


キレたようだった。


「さぁ美奈、そんな奴から離れて…僕の元に戻っておいで」


そう言う。


私は、首を横に振った。


「もう怖くないよ。僕が守ってあげるから。そんな悪の象徴みたいなヤツから、キミを守ってあげる…だから、おいで」


だが、私は航平君にしがみついたまま


「嫌です!!」


明確な拒否に出た。


すると、みるみるうちに彼の表情が変わっていく。


…何?


怖いよ。


ギュッと航平君の制服を握りしめる。


神林君は、見下すような視線に変わり


「こんのアマ、人が下手に出てりゃいい気になりやがって!!」


普段の彼からは想像できない低い声。


「てめぇは、バカか?この俺様が付き合ってやろうってしてんのに?お前みたいなバカ女、誰が相手にするってんだよ!!」


その言葉が、胸に突き刺さる。


彼の言っている事は、たぶん事実だから。


「てめぇは、俺様の言う事、黙って聞いてりゃいいんだよ!おい!そいつから離れろ!」


そう言ってから、航平君を睨み


「てめぇも女いるくせに、何?人の女に手ぇ出してんじゃねぇよ!!」


航平君に食ってかかりそうな勢い。


「…ふざけんな」


小さく航平君が呟く。


「好きな女…何、泣かせてんだ!?てめぇ、最低最悪だよ!」


航平君の反論に、神林君は動じない。


「そいつは俺のモノだ、俺がどうしようと勝手だろ?てめぇは、早くそいつから離れろよ」


「てめぇ…」


航平君がキレた。


もう一度、神林君を殴ろうとしている彼を私は止めた。


「佐藤…」


私はキュッと唇を結ぶ。


航平君を制して前に出る。


勇気を持って…


大丈夫…


自分に言い聞かせる。


すぅっと息を吸って


「あんたなんか大嫌い!!最低!!フラれたからって、女を無理矢理手籠めにしようとするなんて!!男の風上にも置けない。お願いだから、私の目の前から消て!!」


出せるだけの声を出す。


その場がシーンとなった。


え?


私、何かやった?


すると、くっくっくっと笑いを噛み殺す声がする。


笑っているは、天野君と辻谷君。


たぶん、まだいる。


…田畑君かな?


「完全にフラれましたな、いいんちょー」


笑いながら、天野君。


「引き際大事だよ、いいんちょー」


これは辻谷君。


だが、神林君の表情はみるみる赤くなっている。


恥ずかしさではなく、怒りで。


「どこまで、俺様に恥をかかせたら気が済むんだよ、くそアマ!!」


そう言って、私に食って掛かろうとしたけど


「はーい、そこまで…」


そう言って姿を現したのは、田畑君…


それに数人の先生達。


先生達は、信じられない様子で神林君を見ている。


神林君は、ハッとしてから


「誤解してないでください!これは…そう…安藤に襲われそうな佐藤さんを…救おうとしているんです」


この期に及んで、言い訳を始める。


「図書室に入った彼女を、安藤が追いかけるのを目撃しまして、それで追いかけたら、彼女が安藤君と天野君と辻谷君に襲われそうになっていたので、僕が助けようと…」


必死になって言い訳しているが


「残念だね。先生方は、僕らと一緒に来たんだよ」


天野君の言葉に、完全に狼狽する。


視線が泳ぎだしたが…すぐに…


「いや…さっきのは嘘です。そう…佐藤さんを庇ったんです。彼女が僕を誘惑してきて…それで…そう、彼女に嵌められたんです」


そう言って私を指差す。


「あのさぁ、先生、一緒に来たって言ったよね?」


辻谷君の言葉に


「当然、さっきのやりとり、最初から聞いていたんだよね、先生達も」


天野君が続く。


狼狽する神林君。


そこに


「今まで、俺が先生達を抑えていたの。何でか分かる?」


田畑君がニッコリと笑う。


「先生が、すぐ出たら、君の本性暴けないでしょ?それに、今みたいに佐藤さんのせいにされそうだったからね」


追い打ちをかけるように言う。


それでも、彼は、必死に打開策を練っているのだろう。


目を泳がせながら、必死に考えいる。


田畑君が、ため息をついて


「往生際悪いね。君のさっきの言葉とか、諸々、ちゃんとここに入っているよ」


そう言って、ボイスレコーダーを出す。


用意周到だ。


「もっちろん、佐藤さんもさっきの言葉もね」


そう言って私にウインクする。


途端に恥ずかしくなって俯いてしまう。


「と、いう訳でチェックアウトだよ。神林君。後は、先生達のお仕事ですよ」


ガクンと項垂れる神林君を先生達が両脇に抱えて出ていく。


「覚えてろよ!!」


負け犬の遠吠えなのか、神林君が叫んだ。


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