『祭りの後の昼休み』

昼休みー


七夕祭りは、午前中だけ。


午後は、通常授業。


私は、出来るだけ凛ちゃんと楓ちゃんと一緒にいる事にした。


怖かったから。


私は、神林君の方を見ないようにしている。


航平君も見ないようにしている。


「おーい、神林。フラれちまったな」


冷やかしの言葉を浴びせられても


彼は冷静に受け流して


「そうだね。ほら、佐藤さんて恥ずかしがり屋さんだからね」


そう答えている。


「ひゅーひゅー、だってさ佐藤」


男子の冷やかしが私にもくる。


「いい加減にしな!」


凛ちゃんが一蹴してくれた。


「ちぇっ」


男子がつまんなそうにしている。


いたたまれない。


どうしたらいいの?


もう…こんなところ居たくない。


ギュッと拳を握りしめる。


その上に凛ちゃんの手が重なった。


「大丈夫」


凛ちゃんの声が安心する。


私は、笑顔で返した。


そこに


『3年4組、津川凛さん、至急職員室まで来てください…繰り返します…』


凛ちゃんを呼ぶ校内放送。


凛ちゃんは私の手を引いて


「美奈、行こう」


そう言って私の手を引いてくれた。


「おぉ、心中か?」


冷やかす男子の声。


「違うわよ!」


否定する凛ちゃんの声。


その後も冷やかす声が聞こえたけど、聞こえてないフリした。


職員室の前で、凛ちゃんを待っている。




『たぶん、大会の事だろうから、すぐ戻るわね。何かあったらすぐに職員室に駆け込んでくるんだよ』


凛ちゃんは、そう言って中へ入っていった。


せめて、保健室に行くって言えばよかったかな?


退屈な時間が過ぎていく。


ふと、深田さんと小林さん、それに前田さんが階段を上がっていくのが見えた。


何だろう?


すごく深刻な顔をしていたけど…


いつもだったら、たぶん怖くて足が動かないのに


この時は、何故か足が動いていた。


無意識に彼女たちの後を追っていた。


この階段は、屋上まで通じている。


でも、屋上は危険だから施錠されている…ハズなんだけど


ドアが開いていた。


隙間からこぼれる声。


『…何してんのよ?』


屋上から深田さんの声。


ビクッとしてしまう。


でも、それは私に向けられていなかった。


『何の事?』


小林さんが返した。


『航平の事よ』


深田さんの言葉に鼻で笑って


『何?私が航平君と付き合って悪いの?両想いになったんだから仕方ないでしょ?』


そう答えた。


『違う!航平が好きなのは…あんた、まさか…』


『な、何よ』


小林さんの狼狽する声。


『まさか、あんた、それを盾に航平を脅したんじゃ?』


『違うわよ!私のキモチに航平君が!』


『平沢にでもチクるとでも脅したの?』


『違うって言っているでしょ!!航平君は私が好きになったの!』


『…寧々』


深田さんは、悲しげに言う。


『それ…虚しくない?好きな男を脅して、心は別の人間に囚われているのに…虚しくない?』


しばらくの沈黙。


『うるさい!うるさい!うるさい!』


小林さんが走り出す音。


まずい!!見られたら!!


思わず、ドアの横にある用具入れの陰に隠れる。


勢いよくドアを開けて小林さんが去っていく音。


そして、静かに屋上から出る深田さんと前田さん。


『やっぱり…そんな事だと思っていたけど…』


前田さんの言葉に


『私が悪いんだわ。あの事を寧々に話したから』


ため息をつく音。


『優奈のせいじゃないよ』


前田さんの慰める声。


二人が見えなくなるまで、私は隠れていた。


何?


どういう事?


今の話を整理すると


航平君は、小林さんに何かを脅されて付き合っている。


それは、平沢さんに知られてはいけない事で


小林さんは、それを盾に航平君と付き合っている?


何?


ちょっと分からないよ…


どういう事なの?


そこでふと思い出す。


凛ちゃんを職員室で待っていた事を。


心配性の凛ちゃんだから、私を探しているはず…


急いで戻らないと…


階段を下りだすと、運がいいのか悪いのか


航平君に遭遇してしまう。


拳を握りしめてから、彼の横をすり抜けようとした…けど


天性のドジというか…


何というか…


ゴム製の滑り止めに足を引っ掛けて、落ちそうになる。


あ…


これはダメだ…


怪我する…


せめて、顔だけでも守らないと…


なんて呑気な事を考えていた。


でも、腕を掴まれて


ぐいっと引かれて


筋肉質な胸に顔をうずめる。


え?


高鳴る鼓動


静止して動けない


耳から聞こえる早鐘のような鼓動


掴まれている腕が…熱くなっている気がする。


あぁ、私、航平君の胸に抱かれている。


今、この時間で止まればいいのに…


そんな事が頭をよぎる。


でも、すぐに現実に戻った。


『美奈ぁ』


遠くから凛ちゃんの呼ぶ声が聞こえたからだ。


パッと航平君から離れて


「ご、ごめんなさい」


と、頭を下げる。


「いや…別に…」


小さな航平君の声。


「あ、あ、ありがとう」


もう1回頭を下げてから


「私、行きます!」


そう行ってから、階段を下りた。


「どうしたの?」


耳まで真っ赤になっている私を凛ちゃんは怪訝そうに見る。


「なんでもない」


首を振る。


「何かあった?」


凛ちゃんは騙せない…かもしれない。


「あとで話すから」


それだけ言うと


「分かった」


凛ちゃんは、納得してくれたようだ。


さて…どう話したらいいのだろう?


やっぱり、深田さん達の会話から?


う…凛ちゃんに嫌われるかも…


でも、職員室を離れた理由を話さないとならないだろうし


何より、凛ちゃんは騙せない。


正直に言おう。


親友だもんね。


私達が、過ぎ去った後、柱の陰から誰かが出てきた。


それが誰であったかは、その時の私には分からず


それを知ったのは、放課後の話だった。


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