『憂鬱な登校』

どんなに嫌でも朝はやってくる…


ため息をついて、起き上がる。


左手は、まだ少し痛い。


寝不足な目をこすった。


…学校行きたくない


ていうか、航平君と顔を合わせたくない。


どういう顔をしていいのか分からない。


…たぶん、航平君は何とも思ってないかもしれないけど。


大切にしていたキス。


それが、奪われた…


大好きな航平君だけど…


でも


だけど、


"心のないキス"


それは、胸にチクン…と痛みをもたらす。


どうしてキスしたの?


どうして?


触れた唇にそっと触れる。


まだ、憶えている。


航平君の柔らかい唇。


吐息


まっすぐな瞳


すべて、憶えている。


忘れないとって何度も言い聞かせても


忘れられなくて


どうしようもない。


好きな人とのキスなのに…


嬉しくなくて


逆にツライ…


泣きそうになる。


でも、泣いたら、お母さんが心配する。


凛ちゃんも楓ちゃんも心配する。


だから、泣けない。


煩悩を振り払うように首を横に振る。


左手は痛いから、右手だけで頬を叩く。


「しっかりしろ!」


自分に言い聞かせる。


朝食の間、お母さんが心配そうに私を見ていた。


何かあったのではないかって、勘付いているみたい。


さすが、母親、侮れん。


まさか、凛ちゃんに電話してないよね?


それは聞けない。


たぶん、それは、"何かあった"という肯定になるから。


静かに朝食は済んだ。


「行ってきます」


鞄を片手に家を出ようとすると


「美奈」


お母さんの声。


「何?」


いつものように、元気に振る舞う。


「何かあったら言うのよ」


心配そうなお母さんの顔。


…チクン


また胸が痛む。


お母さん、ごめんなさい。


心配ばかりかけてごめんなさい。


「はいはい」


私は笑顔で答えた。


学校への道。


今日のように重苦しいと感じた事はない。


学校に行けば、航平君に会う。


向こうは、何ともないかもしれないけど、私は違う。


航平君は、ちょっとからかっただけ。


航平君は、私の事はどうでもいい。


航平君の周りには、私より魅力的な女の子がいっぱいいる。


航平君は…


航平君は…


必死に、言い聞かせるけど…


やっぱ無理。


だって…


初めてキスだったんだから


「美奈、おはよ」


凛ちゃんが後ろから声をかけてくる。


きゅっと唇と噛んでから


「おはよ」


笑顔で私は答える。


「宿題してきた?」


「もっちろん」


笑顔で答える。


少しの沈黙…


「あのさ…」


凛ちゃんが、少し遠慮深げに問いかける。


「昨日…何かあった?」


って。


やっぱり、お母さん電話したな?


「え?何が?」


「ほら、放課後、古川先生に呼び出されたでしょ?私は部活で、楓は生徒会で、一緒に行ってあげられなかったから…」


そう言って表情を曇らせる。


私は、あはは…と笑い


「あー、先生に、その性格何とかしないと社会で通用しないぞって言われた」


そう答える。


…言えない。


航平君に、キスされた事なんて。


絶対に言えない。


「え?それ、気にしてんの?」


更に聞いてくる凛ちゃん。


私は、手を横に振って


「間違ってないし…このまま、凛ちゃんや楓ちゃんに守られてちゃダメだって分かっているし」


そう笑顔で答える。


「美奈は、そのままでいいよ」


凛ちゃんの言葉に、ちょっとウルッと来ちゃった。


「ダメだよ」


私は、笑顔で答えた。


「もうちょっと強くならないとね」


そう言って笑う私。


あぁ、罪悪感が心を占めている。


凛ちゃんに、大切な親友にウソをついている。


だけど、誰も傷つけたくない…違う、自分が傷つきたくないだけ。


そんな卑怯な私は、罪悪感を隠して学校へと向かう。


途中で、楓ちゃんとも合流した。


「ったく、あの生徒会長、何とかしてもらいたいもんだわ」


そうボヤく。


どうやら、生徒会長が会議ボイコットしたらしい。


「あはは…きっと、楓ちゃんが優秀だからだよ」


私が言うと


「アイツが動かないから仕方ないじゃん。好きでなった副会長じゃないけど」


語尾は、ちょっとウンザリしているようだ。


「ほら、もうすぐ七夕祭りでしょ?楽しみだなぁ」


私は、話題を変えるように言う。


「晴れるといいなぁ」


空を見上げながら言う。


そんな私を二人は


「「可愛い!!」」


と言う。


どこが?


私、全然可愛くないよ…


少しだけビクビクしながら教室に入る。


「何、ビクビクしてんの?美奈は悪くないんだから、堂々としてな」


凛ちゃんは、そう言うけどね


ビクビクしますって


深田さん達もだけど、やっぱり航平君と顔を合わせたら…


どうしよ…


絶対、顔が赤くなる。


やばいよ


やばい


でも、教室には、航平君の姿はない。


少し安堵。


その代りにイライラした様子の平沢さんがいる。


「ちょっと、なんであんたが来てんのよ」


完全に八つ当たりというやつだ。


「あんたのせいで、航平君学校に来てないのよ!責任取りなさいよ!」


これには、楓ちゃんが


「平沢さん、何言ってるの?安藤が来ないのは美奈に関係ないでしょう?八つ当たりならやめてよ」


と、反論する。


だが、平沢さんは、キレたまま


「あんたには関係ないでしょ?引っ込んでてよ!」


と、金切声に近いトーンで叫んでいる。


「じゃあ、安藤が来るか来ないかも、平沢さんには関係ないでしょ?」


楓ちゃんの返しに、完全にキレたようだ。


「なんですって!!」


そう言って、楓ちゃんに手を上げようとしたけど


「はいはい、そこまで」


そう言って間に入ったのは…


田畑良太君。


航平君の親友の一人。


そして…


「生徒会長」


楓ちゃんが小さく呟く。


彼こそが、我が校の生徒会長さん。


彼は、笑顔を浮かべたまま


「坂本の言う通りだよ。航平のアホが学校に来ないのは、佐藤さんのせいじゃない」


そう言った。


「で、でも…」


平沢さんが何か言おうとしたら


「それに、もうすぐ学校に来ると思うよ。潤と一緒に、深田を連れてな」


彼がそう言った瞬間に



【ドクン!!】



胸が鳴った。


そして、同時に胸が痛くなった。


…そうだよね。


深田さんは、大切な幼馴染みだから。


だから、迎えに行くんだよね。


昨日のキスから、何期待してんだろ…


そんなの、あっさり崩れ去る事くらい分かっているのにね。


航平君は、私の事なんて…


どうでもいいわけで…


だから…


あ…また、泣きそう。


でも、泣いちゃダメだ。


泣いたら負け。


必死に涙を堪えた。


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