第19話 忍達の稽古・3
魔術師協会。
からからから、と玄関が開く。
「カオルさん、おかえりなさい」
マツが出て来た。
「只今戻りました」
玄関に入り、手に持ったワインをくい、と上げ、にやりと笑う。
「奥方様。上手く行きました」
「あら。お弁当、喜んで頂けましたか?」
「いえ。3日以内に、このワインを持ってくるのが課題でして」
はて? とマツが小首を傾げる。
「明日向かうと言っておいて、本日持って参りました」
「えっ」
「ふふふ。無事、玄関までたどり着きました。
これにて、訓練は終了。成功です」
「ふ、うふふふ。カオルさん、やりますね」
「ここで喋った事は、すぐに伝わると分かっておりましたから。
明日行く、と口にしておけば、今日は警戒されないと思いました」
「お見事です。さ、上がって休んで下さいな」
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夕餉も済み、まったりと夜の読書の時間と、クレールとシズクは寝転がって読書。
マサヒデは縁側であぐらをかいて、雨の上がった曇り空を見上げながら、ゆったりと団扇を仰いでいる。
「遅くなりました」
「や、おかえりなさい」「おかえりなさい」「おかえり!」
「クレール様、ワインをお持ちしました。
中身をあらためて頂きますか」
膝をついて、す、とクレールにワインを差し出す。
クレールがぱかっと蓋を開けて、
「ありがとうございます!」
と笑った。
ワインを見て笑顔のクレールを見て、にやっとカオルが笑い、
「これにて、私の忍の訓練、成功となります」
「えっ」
蓋を持ったまま、クレールがカオルに顔を向ける。
「3日以内に、このワインを持ってくるのが課題でしたので」
「え、でも、明日って」
カオルはにやっと笑って、
「敵を欺くにはまず味方から、と申します。
ここで明日と言っておけば、ホテルの皆様に伝わるのは分かっておりました」
「はーっははは!」
マサヒデが大声で笑い、膝をぱしぱしと叩く。
「あははは! やるな、カオル!」
シズクもげらげら笑う。
「ふふふ。騙し合いこそ、忍の本領でございます」
ぱち、とカオルが庭に向かって片目を瞑る。
「ははは! 今回はカオルさんの一本でしたね! いや、お見事です!」
マツがにこにこしながら、盆にグラスとコルク抜きを載せて来て、
「さ、カオルさんの成功のお祝いといきましょう」
クレールはむっとしながら、
「ううむ、カオルさん、やりますね・・・」
「ありがとうございます」
「・・・私が注いで差し上げます」
クレールがコルク抜きを取って、むむっ、と蓋を開ける。
「これは、ありがたき幸せ」
カオルがグラスを取ると、きりきりと睨みながら、クレールがワインを注ぐ。
カオルは頭を下げ、ワイングラスを傾けて、満足気にくるりと回し、
「ふふふ。ご主人様、これは良い訓練になりそうです」
「もう!」
クレールがぷん! と横を向くと、皆が笑った。
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笑いながらワインをちびちびと飲んでいると、シズクがぐいっとグラスを空け、
「マサちゃん。私には、何かないの?」
「何か、とは?」
「カオルみたいな、特別な訓練みたいなの」
「シズクさんにですか? 必要はないと思いますが。
厳しく仕込まれたいなら、道場で父上に願えば如何です」
「んー」
「そうだ。魔術を習ってみては?
シズクさんの腕で、魔術も使えるとなると、相当です。
私では敵わなくなりそうですが」
カオルがくす、と笑って、
「ふふ。ご主人様、シズクさんが魔術を使いながら戦えましょうか」
「あっ! カオル! 言ったな!」
「実際に戦えますか?」
「ん・・・むーん・・・自信はない・・・」
「うふふ」
マサヒデははたと膝を叩き、
「そうだ。シズクさんは、勘を鍛えるのが良いかもしれませんね」
「勘?」
「今、庭に何人、どこにレイシクランの方が居ます?」
ほい、ほい、ほい、とシズクが指差して、
「そこと、そこと、そこ。3人」
「前は、こんなに簡単に分かりませんでしたよね」
「ん? まあ、そうだったかも?」
「忍の方には、シズクさんにバレないように潜んでもらう。
シズクさんはそれを見つける。まあ、かくれんぼですね。
どうです。お互いに磨けますよ」
「そう?」
「本気で潜んだレイシクランの忍を見抜ける事が出来たら、他の忍なんか歯も立たないと思います。もう闇討ちなんか何でもなくなるでしょう」
「ふーむ?」
「カオルさんも一緒に試してみますか? シズクさんの勘から逃れられるか」
ぴた、とカオルのグラスが止まった。
シズクはそれを見逃さず、
「ん? カーオールー。お前、自信ないのか?」
「・・・」
「ないんだな? へへへ、今日上手くいったからって、浮かれやがって」
カオルは静かにグラスを置いて、下を向いたまま、
「正直に言って、自信はありません」
「ほう?」
マサヒデも、皆も驚いてカオルを見る。
こういう時は、突っかかって行くものだが。
「ですが、シズクさん。試してみてもよろしいですか」
「おお、いいぞー!」
「では、四半刻(30分)ほど頂けますか。
その間に、私はこの敷地のどこかに隠れます。
シズクさんは、ギルドでお待ち下さい。
四半刻の後、戻って私と皆様を探して下さい」
「む! 騙したりしないだろうな?
敷地内とか言って、別の所に行ったりとか」
「しません。必ず、この敷地のどこかに隠れます」
マサヒデ達はにやにや笑って、
「面白くなってきましたね。では、探す時間を区切りましょうか。
そうですね・・・探すのも四半刻です。四半刻で見つけて下さい。
見つからなかったら、カオルさん達の勝ちです」
「よおし!」
ずん、とシズクが立ち上がる。
「シズクさん。注意しておきますが、この家や庭を壊すのは厳禁ですよ」
「分かってるよ! ふふん、待ってるぞ」
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四半刻の後。
がらっ! と勢いよく玄関が開いて、シズクが戻って来た。
どすどすと歩いて来て、居間にどすん、と座る。
「おかえりなさい。分かりますか?」
マサヒデが尋ねると、
「うん。もう分かった」
「もう?」「え!」
マツもクレールも驚いた。
「お前、カオルだろ!」
びし! とマサヒデを指差す。
「む・・・お見事」
ばさりと変装を脱ぎ捨て、カオルが出てくる。
奥の間の襖が開いて、マサヒデが出て来た。
「ふふふ。流石ですね」
「ちょろいねー! カオル、もう少し精進しな」
「・・・どこで分かりました」
「ふふーん。秘密だよ。これじゃ訓練にもならないな」
「くっ!」
「あーっはっは! 一目で変装見破られちゃあ、忍失格だなあ!
カオルさあ、剣も良いけど、もう少しこっちも稽古しなよ!」
高笑いするシズクに、きり、と小さく歯噛みするカオル。
マサヒデはカオルが落とした団扇を拾って、縁側に座り、
「シズクさん。レイシクランの方々も、場所を変えて潜みました。
どこだか分かりますか?」
「ん? んー・・・」
シズクは目を細め、顎に手を当てて庭を見回す。
じー・・・
静かになった居間に、ちりん、と風鈴の音。
「1人、見つけた・・・あの木・・・かな? 見えないけど、多分・・・
いや、違うかな? ううん・・・」
「3人いましたよね。他には」
「む・・・むうーん・・・」
ぱらり、ぱらり、とマサヒデが団扇を仰ぐ。
マツとクレールが、じっとシズクを見つめる。
「近くに居るんだ。ちゃんと居る。どこかに行ってないな、近くに居る。
けど・・・ううん・・・どこだ・・・」
シズクが鋭い目で庭を見回す。
何度か風鈴が鳴り、ちりちりと蚊遣が燃えていき、はらりと灰が落ちた。
「さ、四半刻です。時間切れですよ」
「くっそー!」
「ふふふ」「うふふ」
ばさりとマサヒデとマツが服を脱ぎ捨たかと思うと、服だけが残って消えた。
「あ! ああっ! くっそおー!」
シズクは思わず大声を上げて、膝立ちになった。
すーっと奥の間の襖が開いて、本物のマサヒデとマツが出てくる。
「どうでした」
「やられたあー!」
ばたん、とシズクが大の字に倒れ、額をぱしん! と叩く。
「くそー! カオル、お前、わざと見つかったんだな!?」
「その通りです。良く分かりましたね。
本物が出て来たと見せかけて、それも偽物というからくりでした」
がば! とシズクが身体を起こし、
「あ! ちょっと待てよ。あの、木に隠れてたのは囮か!」
「如何にも。いつも通り、皆が庭にいる、と思わせる為です。
わざと、ぎりぎり見つかるくらいで、隠れて頂きました。
難しい加減だったと思いますが、流石と言う他にありません」
「くうー! 参った、参った! うーん、敵わないなあ・・・」
「これが忍です」
「ふふふ。皆様、お見事でした。
クレールさん、レイシクランの汚名返上と言った所ですか」
「はい! 皆の者、見事でしたよ!」
クレールは満足気に頷いた。
勇者祭 18 雨 牧野三河 @mitukawa
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