第6話 雨の職人街・3
夢中になってナミトモに見入るカオルの横で、マサヒデも色々と見せてもらった。
イマイはマサヒデ達を気にせず、研ぎの仕事を始めて、マサヒデが見終わって鞘に納めると、さあどうぞ、と次の刀を出してくれた。
はたと気付けば、イマイはいくつも行灯に火を入れて、砥石の側に置いている。まだ暗くはなっていないが、天気は雨。イマイの仕事は研師。少しでも手元に隙が出ないように、こんなに行灯を置くのだろう。
「む・・・」
手にした刀を静かに鞘に納め、
「むう、しまった・・・イマイさん、遅くまでお邪魔してしまいました」
「いやいや! 楽しめた?」
「ええ、それはもう、眼福でした。
これほど素晴らしい作を、いくつも見せてもらえるとは」
くす、とイマイが小さく笑って、
「ラディちゃんから聞いたよ。トミヤスさんの実家の蔵。
あのモトカネみたいのが、山になってるんだって?」
「まあ、父上が気に入らないというだけで、それなりの物は」
「ふふふ。早く放逐を解かないとね。
実家に戻れたら、トミヤスさんも好きなだけ見れ・・・」
イマイが言葉を止め、はっ! と目を開いて、
「あ! ああーっ! そうだ、実家! 蔵! 言伝、聞いたよ!
いつでも見に来てって、カゲミツ様がお誘いしてくれたとか! 驚いたよー。
前にトミヤスさんが訪ねてみて、なんて言ってくれたけどさ・・・
帰って来て落ち着いたら、そりゃあもう腰が引けちゃって。
でも、まさかご本人からお誘いというか、お許しというか、あるなんてさ!」
興奮して、すごい早口でまくしたてる。
マサヒデは笑顔で頷き、
「父上は、ホルニさんの作を随分と気に入ったそうでして。
それを研いだ方と聞いて、それはもう、イマイさんにご興味を持たれたようで」
「いやあ、嬉しいよ! 早めに注文終わらせて、時間作らないとね。
絶対に行くからね。もう、ホルニさんも気合入っちゃってるからさ。
2人で一緒に行ってくるよ」
「む・・・そうでした。お訪ねして下さる際ですが、ひとつ、お願いがあります」
「え? 何々?」
「道場へ行く際は、コウアンの、雲切丸の事は、父上には絶対に秘密にして下さい。
ホルニさんにも気を付けて頂くよう、よくお願いしてもらえますか」
「ええ? 何で? カゲミツ様も見たいって!」
「それで済めば良いのですが、あの父上の事です。
聞けば、必ずこちらに見に来ます。
見れば、必ず、力ずくでも自分の物にしようとします」
マサヒデはふう、と溜め息をついて、
「どうせ、手放したくないなら守ってみせろ、みたいな無理を言うに決まってます。
当然、私程度では、父上には敵いませんので・・・
という事で、知られれば、父上に雲切丸を持って行かれてしまいますから」
「・・・それはまた、物騒じゃないか・・・
ううん、行くの、ちょっと怖くなってきた」
マサヒデはにこっと笑って、
「私は息子ですから、そんな事をするでしょうけどね。
イマイさんやホルニさんには、絶対にそんな無理は言いません。ご安心下さい。
欲しい作があれば、ちゃんと金を出すか、相応の物と交換と言うでしょう。
手放せない物を、無理に取り上げるような事も、絶対にしません」
「なら良いけど・・・本当に大丈夫?」
「ふふ、大丈夫ですよ。イマイさんにそんな事は言いません。
何と言うか、がさつと言うか、荒っぽいというか、そういう所はあります。
でも、絶対に言いません。きっと、大喜びで大歓迎してくれるはずです」
「ええ? 大歓迎? カゲミツ様って剣聖じゃないか。
僕みたいなただの職人が、歓迎されるかな?」
「父上は、誰に対しても普段の姿勢、態度を崩しません。
相手が貴族だろうと、物乞いだろうと、変わりません。
さすがに王族なんかになると、変わるでしょうけど」
「そうなの?」
「ええ。ところで、クレールさんはレイシクランですが、お気付きでしたか?」
「レイシク、ラン? 何だっけ・・・聞いた事がある、ような・・・」
くい、とイマイは首を傾けたあと、は! と目を見開いて、
「レイシクラン!? レイシクランって、魔の国の貴族の!?」
驚いて、イマイが大声を上げる。
マサヒデは笑いながら頷いて、
「ええ、そうですよ。普通の方でしたら、それはもう丁重に丁重に、それこそ割れ物扱いでしょう。ですが、クレールさんが挨拶に行った時は、肩を抱きあって大笑いしながら酒を飲んでいたとか」
「はあ・・・そうなんだ・・・」
「もしクレールさんが河原者だったとしても、その態度は変わらなかったでしょう。
父上は、そういう方です」
「身分の上下なんか、関係ないって人なんだ」
「そうです。まあ、剣聖という肩書があるから出来る事ですね。
私が貴族の方々にそんな事をしたら、無礼な! なんて斬られてしまいます。
道場の門弟の貴族の皆さんは、皆友人ですから、別ですけど」
「ははは! トミヤスさんは、もう世界中に知られてる剣客じゃないか!
肩書なんか無くたって、そんな事にはならないよ!」
「そんな事はありませんよ。
マサヒデ=トミヤスは腕を笠に着る、無礼な童。
そう言われて、鼻つまみ者になった挙げ句、最後には斬られるのがおちです」
「そうかな?」
「そうですよ」
「僕も世俗には疎い方だけど、そんな事はないと思うけどね」
「だとしても、私には父上のような事は出来ませんね」
「何言ってるの。君、レイシクランのクレールさんと普通に喋ってたじゃないか。
あ! 僕も普通に喋ってたじゃないか! 大丈夫なの!?」
「それは大丈夫です。私の家族ですから」
「家族?」
「ああ、イマイさんには、話していませんでしたね。
クレールさんは、私の妻です」
「えっ!? ええっ!? ちょっと待って、君、まだ若いよね。
あ、じゃあ、もしかして、挨拶って」
マサヒデは頷いて、
「ええ。私達が結婚した時に挨拶を。
私は放逐の身ですので、一緒に行く事は出来ませんでしたが」
「へーえ・・・」
マサヒデは驚いたイマイを見てにやっと笑い、
「ふふふ。実は、マツさんも私の妻なんですよ」
「ええー!?」
イマイが驚いて仰け反る。
「人の国で最高の魔術師と、レイシクランの令嬢が揃って挨拶に行ったもので、それはもう緊張して、父上も最初はがちがちだったそうです。ふふふ。あの父上が緊張して、がちがちだったなんて・・・見てみたかったですね。ははは!」
「笑い事じゃないよ、それ・・・先に教えてよ。
こないだ行った時、お二人共、僕に頭下げてたじゃないか・・・」
「イマイさんこそ、マツさんの事は知ってたでしょう。
普通に話してたじゃないですか」
「それはー、それはさ、いきなり上座とかに座らされて、驚いちゃって・・・
後で帰って来てから、怒鳴られた時の事、思い出してさ。
そりゃあもう、いつ殺されるかってびくびくしてたんだよ!?」
「ははは! マツさんはそんな事はしませんよ!」
「あの時、凄い怖かったんだから!
何か、黒いもやみたいなのが出てたじゃないか!
絶対やばいって、ちょっと覚悟しちゃったんだよ!」
「あれは、マツさんの体質みたいな物です。
魔力が凄く大きいから、感情が高ぶると、それがどうしても漏れちゃうんです」
「え、そうだったの?」
「ええ、そうなんですよ。あれ、ぱっと見は何か怖く見えますけどね。
でも、普通に、ただ怒ってた女性と同じです」
「そうなの?」
「勿論ですが、害意を向けたりしたら、何をされるか分かりませんよ。
でも、そんな事しなければ、平気です。
もうイマイさんがお客さんの刀を持ってきた事は、気にしてないと思います。
まあ、少しくらいは、お小言はあるかもしれませんが、許して下さい」
「そうだったんだ・・・何か、人が消されるとか、色々言われてるけど」
「実際に消すことは出来ますけどね」
「それは出来ちゃうの!?」
「何度か、その魔術を見せてもらった事はあります」
「ええ!? ちょっとちょっと! 誰か消したの!?」
「いえ。あれ、跡形もなく消しちゃうんじゃないんですよ。
いや、消えちゃうんですが・・・ううむ、どう説明したものか・・・
私は、実際にその魔術をかけてもらったんですよ。何度も」
「はあ!?」
「でも、見ての通りです。私は幽霊ではありませんよ」
「う、ううん・・・」
「何と言うか・・・その、別の場所に飛ばしちゃうってだけなんです。
それで、消えたように見える・・・みたいな感じですかね」
「別の場所に飛ばす? それで消えて見えるって事?」
「そういう事です。父上も、あの魔術をかけられたんですが、打ち破っています」
「え!? カゲミツ様って、魔術も使える訳では・・・ないよね?」
「ええ。魔術は全くです。剣で打ち破ったんですよ。
マツさんが言うには、びゅっとして、ぐっ! とかすると剣で破れるとか・・・
何か、そのような事を言っていたらしいですが」
「何それ?」
「ははは! 私が聞いても、さっぱりでしたよ!
今も、それが何の説明だったのか、全然分かりません。
父上は、感覚派な所がありますから」
「凄い人だって事も分かったけど、何か、面白そうな感じだね?」
「ええ。きっと、イマイさんとも話が合うはずです。
刀には目がない所は、イマイさんと同じです」
「そうかな?」
「確かに、蔵にいくつも刀を放り込んでしまうような事はしています。
でも、それは自分で扱えるかどうか、という所を重視しているからなんです。
気に入って、扱えると見た分は、自分でしっかり手入れしています」
「ううん、自分で扱えるかどうか、か。
僕みたいな只の刀好きでは、中々出来ないね。
どうしても、名前とか時代で見ちゃう所があってさ」
「自分で手入れしきれない蔵にある物だって、門弟に手入れを教えながら、ちゃんと手入れさせているんですよ。それで見る目を鍛えるという所もあるでしょう」
「なるほどねえ」
マサヒデは懐かしそうな顔をして、
「父上は、どんな事も丁寧に教えてくれますから・・・
今、私がこうやって刀を見て楽しめるのも、父上の教えのお陰です」
「うんうん。目が鍛えられてなければ、ただの綺麗な刃物だからね。
誰の、どんな作で、とか全然分からないから、本当に楽しむ事は出来ないよね」
イマイも腕を組んで頷く。
「まあ、別の見方をすれば、趣味の押し付け、手入れの押し付け・・・
そんな風にも言えますが」
イマイはきっと顔を上げ、
「いいや! そんな事はないね!
武術家である以上、得物を見る目、しっかりとした手入れは絶対だ。
無理に押し付けられても、目と手入れは鍛えるべきだと僕は思うね。
そこが鍛えられてない人は、本物の武術家じゃないね!
なまくら押し付けられて、まともに戦える訳ないじゃない」
「ありがとうございます」
「当然だよ。書の達人は筆を選ばず、なんて言うけど、実際はそんな事はない。
達人になるほど、筆を選ぶんだ。手入れさせるってカゲミツ様の教えは正しいよ。
振り方だけじゃなく、見方、選び方もちゃんと教えてるって事だ。
うん、沢山の得物を手入れさせるって事は、理に適ってるね!」
「言われてみれば・・・そんな気もしますが」
「同じ職人として、ホルニさんも同じ事を言うと思うよ。
いや、職人だけじゃないね。武術をやる人は皆そう言うさ。
ね、カオルさんもそう思うよね?」
きりり、とナミトモを見るカオルに、イマイが声を掛ける。
「・・・」
「カオルさん?」
「・・・」
「カオルさん!」
耳元で大声を上げると、カオルが驚いてマサヒデに顔を向け、
「は! はい、何でしょうか?」
「聞いていましたか?」
「は・・・いえ、何をですか?」
口を押さえて、マサヒデとイマイは笑う。
マサヒデが笑いながら、
「ふふふ。夢中になるのも分かりますが、横でこんな大声で喋ってたんですよ?」
「ははは! ラディちゃんみたいじゃないか!」
イマイも膝を叩いて笑う。
カオルは何を言っているんだ、という顔で、
「は・・・いえ、いえ! ナミトモですよ!?」
と、声を上げたが、マサヒデは笑いながら、
「ふふ。カオルさん、そろそろ暗くなります。一度、お暇しましょうか」
「え、もう、ですか?」
カオルが残念そうな顔でマサヒデを見る。
「後で、イエヨシを持ってくるんでしょう。
その時、また見せてもらって下さい」
「・・・分かりました」
カオルは少し俯いたが、イマイはぱっと顔を輝かせ、
「そうだ! イエヨシを見せてくれるんだった!
カオルさん、楽しみに待ってるからね!」
「は。ありがとうございました」
カオルは頭を下げ、ゆっくりとナミトモを鞘に納めて、イマイに差し出した。
「うん、楽しんでもらったようで、何よりだ」
「ナミトモ程の作、生きてこの手に出来るとは思いもしませんでした。
本当にありがとうございました」
カオルが手を付いて頭を下げた。
「また、そんな大袈裟な。何か見たくなったら、またおいでよ。
これもお客さんのだし、研ぎも終わってるから、すぐ出てっちゃうけどさ。
そのうち、また面白いのが来るかもしれないし」
「ありがとうございます」
「カオルさんも、あれほど見事なモトカネを見せてくれたし、更にイエヨシ。
もう、魔剣でも何でも見せてあげるからね。
ま、うちに研ぎに出してもらえたらだけど」
「は」
マサヒデもカオルも、少し目を泳がせた。
魔剣は、すぐ近くあるのだ。
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