第三話:魔法陣

「おお、やっぱり海陽ハイヤンはいいな!」

 夜行汽車に揺られること八時間。

 朝八時に海陽ハイヤン帝国に到着した。

 晴れ渡る空がとても高く遠く見える。

「今度は酔わなかったな、アルカ」

「寝てたからね」

 海陽ハイヤン帝国の首都、煌安こうあんはとても華やかな城塞都市。

 建物一つとっても、屋根のへりに吊るされた朱色に金模様の行燈ランタンや、梁に施された雲系模様の極彩色の彫刻が美しい。

 空中では色彩豊かな霞棲かせい幻想種族を模した凧が泳いでいる。

 鳳凰、麒麟、四聖獣……。

 夜になると凧は花火に変わり、夜空を彩る。

 まるで毎日がお祭りのようだ。

 歩いている地元の人々の服装も、伝統的装束である深衣しんい旗袍チーパオを現代風にしたもので、とても格好いい。

 キョロキョロと周囲を見渡しながら歩くこと十分。

「はやく職業技能組合プランタに行こうぜ。……って、どの職業技能組合プランタに所属するつもりなんだ?」

 煌安こうあんの中央通りには、大小様々な商店と並んでたくさんの職業技能組合プランタがひしめき合っている。

 その理由は簡単。

 職業技能組合プランタの仕事内容によっては、狩りや探索で得た獲物の余剰分を商店で売り、依頼料以上にお金を稼ぐことが可能だからだ。

 ここまで来ると、甲冑や異国の服装を身に着けた探索者サーチャーたちも多く目に入るようになってくる。

「お前の知識を活かすなら、薬舗やくほが営んでる薬草採取プランタだな。でも、それじゃつまんないだろ? せっかくなら力を見せつけたいよな! よし! 傭兵プランタにしようぜ!」

「なんでその二択なのさ……」

「お前、調薬と魔法以外何かできたっけか?」

 アルカは渋い顔をしながら下を向くと、「やってみないとわからないじゃないか」と小さな声でつぶやいた。

「まずは人脈を作るんだろ? 得意なことから始めて評判を広げろよ」

 ピクロに正論で殴られ、何も言い返せないままアルカは薬舗が経営している職業技能組合プランタへと向かった。

 外観は昔ながらの地域密着型薬舗といったおもむきで、正面は雨戸も引き戸も全て開けられており、風通しがいい。

 薬草と木の香りが漂っている。

 客がふらりと立ち寄って薬の相談が出来るように、入ってすぐ土間を囲むように腰かけられる高さの板間が広がっている。

 鍼灸師による鍼治療も店舗の奥にある治療室で可能らしく、客足は絶えない。

 そんな薬舗の三階から五階が職業技能組合プランタになっているようだ。

「あの、すみません」

 アルカが入って行くと、鹿化種族の男性が笑顔で近づいてきた。

「いらっしゃいませ。可愛い猫ちゃんですね。本日はどのような症状でご来店くださいましたか」

「あ、患者ではなく、職業技能組合プランタに所属したくてまいりました」

「おお! 人手が足りなくて困っていたのです! さぁ、こちらの記入用紙にお名前と保護者の方の同意書を添えて三階へどうぞ!」

 アルカは微笑みながら「ありがとうございます」と言うと、靴を脱ぎ、用意されていたスリッパをはいて三階へと階段を上って行った。

「くくく。またお前、子供だと思われたな」

「ま、まあ、翡翠も海陽ハイヤンも成人年齢は二十歳だし。十八歳を成人とみなすのは魔人族の伝統ってだけで……」

「でも就職の自由は十八歳から保障されているだろ」

「……身分証見せるからいいんですぅ」

 ピクロはまだ笑っている。

 実年齢よりも幼く見られてしまったが、海陽ハイヤンにはアルカやピクロに嫌な視線を投げつけるひとはいない。

 それだけで過ごしやすく思えた。

「ん? どうして……」

 三階へ上ると、少しだけ血のにおいがした。

 広い空間にはボックス席や大きな丸テーブルにたくさんの椅子などがあり、その半分がひとで埋まっている。

 ただ、薬草採取には似つかわしくない装備のひとしかいない。

「ようこそ! さぁ、こちらで受付を」

 今度は烏化種族の男性に手招きされたアルカ。

 言われた通りに受付へ行き、色々と記入してから身分証を見せると、すぐに会員証ライセンスを発行してくれた。

「翡翠出身なんですね。私の妻も翡翠人なんですよ」

「国際結婚ですね」

「ええ。しかも、種族も違うんです。ふふ。まさに運命を感じました」

 なぜか惚気のろけを聞かされ、「じゃぁ、雑談はこの辺にして、仕事の説明をしますね」と地図と方位磁石を渡された。

「我々、薬草採取プランタ『七里香チーリーシィァン』では、普通の採取方法では手に入らない貴重な薬草や薬効のある素材を入手することを目標としています。そのためには、過酷な状況に身を置いていただくことも考えられます。ですので、これから試験をし、ナイトシェイドさんがどの程度の危険に立ち向かえるかを精査させていただきます!」

 そう言って男性が筆で丸を付けたのは、地図に記されている山林だった。

桃晶タオジン山に生息している岩石油熊イェンシーヨウシィォンを倒して腹を裂き、胆嚢たんのうを一つ持って帰ってきてください。居場所はその方位磁石が指し示してくれます。岩石油熊の磁気にだけ反応するように改造してありますので」

 方位磁石を見ると、くるくるしていて、確かに北を指していないことだけはわかった。

「一つ注意事項があります。秋はあらゆる動物が冬眠に備えて殺気立っている季節です。こんな時期に恐ろしい試練を課すことになってしまって申し訳ありません。くれぐれも、安全第一、命を大事に考えて挑んでくださいね! 期限は本日から一週間ですので、ゆっくりと作戦を練って取り組んでください。ご武運を!」

 とても輝かしい笑顔で「行ってらっしゃいませ!」と言われたが、今更後悔しても遅いようだ。

 地図をもう一度確認しようと、一番近いテーブルセットに腰かけた。

「やっぱり、固有名詞は共通語じゃないんだね」

「お前だって翡翠語が出てるぞ」

「あ、やっぱり?」

「そんなことより、やったな、アルカ! お前にピッタリのプランタじゃないか」

 ピクロがそう声をかけた瞬間、ボックス席の方から笑いが起こった。

「ぬいぐるみ連れてるお子ちゃまに何が出来るのかなあ?」

 藍色の深衣しんいに銀色の甲冑を身に着けた三十代くらいの青年が、アルカを揶揄するように声を上げた。

「ここは俺らのプランタなんだよ。初心者と外国人は引っ込んでな」

 それに続き、赤い旗袍チーパオに最低限の装備を身に着けた妖術師風の男が言葉を繋いだ。

「そうそう。取り分が減るのは困るんだよねぇ」

 水色の深衣しんいに軽装備を身に着けた弓術師の女が口紅を塗り直しながらため息をつき、アルカを睨んだ。

「大丈夫っしょ。秋の岩熊イェンシィォン相手じゃ、泣きながら逃げ帰ることになるだけだし」

 緑色の旗袍チーパオを着た一番若い二十代前半くらいの青年が、双剣を抱きしめながら愉快そうにわらった。

「言わせておけばこのっ」

 アルカはすぐにピクロのしっぽを掴み、立ち上がると、階段を降りて靴を履き、外に出た。

「おい! 言い返させろよな!」

「だめだよ」

 ピクロは弱気なアルカを叱ってやろうと口を大きく広げたが、次にアルカが言った言葉に、動きを止めた。

「こういうのは実力を示してわかってもらわなくちゃ」

「え、お前……」

「いつもお師匠様が言ってたんだ。『弱い奴ほどよく吠えるから、お前が魔法の爆音で目を覚ましてやれ』って。今回はそういうことでしょう?」

 澄んだ深紅の目。

 まったく悪意の感じられない声色と表情。

 ピクロは初めてアルカの言葉に感心した。

「いいね。そうしようぜ」

 アルカは赫世空間鞄パラレルバッグから朱色の漆塗りの箒を取り出すと、それに跨り空へと浮かんだ。

「ピクロも乗る?」

「いや。自分で飛んでいく」

 二人は特に何も用意することなく、地図に印をつけてもらった山林へと向かって飛び立った。


 眼下の景色を楽しみながら飛ぶこと一時間と少し。

 指定された山林、桃晶タオジン山の上空へ到着した。

「お腹空いたなあ」

「俺も」

「ピクロは勝手にわたしの魔力食べればいいじゃない」

「なんだよ。それじゃ味気ないって言うか……。お前たちが食べてるご飯も好きなの!」

「ああ、そういうことね。美味しそうな匂いをさせたら岩石油熊がんせきゆくまも寄ってくるかもしれないし。何か作ろうか」

「肉を焼いてくれ。肉」

「はいはい。わかったよ」

 二人は山林の中へと降り立つと、さっそく赫世空間鞄パラレルバッグから調理道具一式を出し、冷凍しておいた肉や野菜も取り出した。

 手に魔法陣が浮かべ、その力を行使した魔法で石や岩をかまどのように積み上げ、その上に網を渡し、下に小枝から順に薪を積んで火をつける。

 しゃがむのが面倒だったので、火をつけるのには足の甲から出した魔法陣を使った。

 火で温められた網の上にフライパンを乗せれば、立派な自然のコンロの出来上がりだ。

「解凍なら任せろ。なんていったって俺は蒸気の悪魔ジャック・オ・スチーム様だからな」

「うんうん、よろしく」

 ピクロは冷凍されている食材を蒸気で包むと、一気に温めた。

「ほらよ。野菜が蒸し野菜になっちまったけど……、まあ、炒めりゃ同じだろ」

「水分でべちゃべちゃになっちゃうよ。蒸し野菜として食べたほうがいいかも」

「じゃあ、それで。全部お前にやる」

「まったく。食事したいなら野菜も食べなよ」

「嫌だ! なんか身体が清められてる気がして気持ち悪いんだよ」

「変なの」

 フライパンに油をひいてから肉を乗せると、じゅーっという良い音がする。

 あたりに良い香りが漂い始めた。

 二人で口論未満の他愛のない話をしながら作ること十五分。

 蒸し野菜と甘辛肉炒めナッツ入りが完成した。

「お皿洗うの面倒だから蒸し野菜に乗せて食べよっと」

 ピクロはフライパンから直接肉だけを、アルカは器に盛っておいた蒸し野菜に肉とタレをかけてお腹いっぱい食べた。

 汚れたフライパンや菜箸さいばし、器はピクロの蒸気で油分を溶かしてから、アルカの指先から出した魔法陣による水の魔法で洗う。

 すると、洗剤を使わなくてもとても綺麗になるのだ。

「……あ、来たみたいだよ」

 アルカが視線を向けた先には、岩石油熊がんせきゆくまがのそのそと歩いている。

 どうやら、こちらを警戒しているようだ。

「一頭でいいって言ってたよね」

「どうせなら一番大きいのがいいが……。いまいちわからないな」

「翡翠にはいない種類だもんね」

 こちらを威嚇するように近づいてくる岩石油熊は全部で四頭。

 その中に、一際煌めく岩を背中と腹に生やした熊がいる。

 体長は魔獣にしてはあまり大きくはなく、五メートルといったところ。

「あのキラキラしてる奴にしようぜ」

「いいよ」

 ピクロがにやりと笑った瞬間、周囲に霧が立ち込め始めた。

 アルカや、食事の時に出たにおいがすべて消え、視界も不透明になっていく。

 熊たちが鼻を鳴らす。

 魔法を使わなくても、キラキラと輝く熊は濃霧の中でも簡単に視認することが出来る。

 アルカは音を立てないよう気を付けながら位置に着き、瞳から出した魔法陣で狙いを定め、左手の魔法陣から黒い影の弓矢を出し、熊の眉間に撃ち込んだ。

 さすがは岩石油熊。

 一矢だけでは死なないようだ。

 熊は痛みと怒りで興奮し、周囲の木をなぎ倒し始めた。

 アルカは素早く熊の正面へと周り、二回続けて矢を放った。

 熊が立ち上がったまま動きを止め、荒い息を吐き出す。

 低い地鳴りのような雄叫びの後、ようやく熊は絶命し、それに驚いた他の熊たちは一目散に逃げていった。

 霧が晴れ、その中心に陽の光を浴びて美しく輝く熊の死体が転がっている。

「簡単だったな」

「試験だからそこまで難しいものはやらせないんじゃない?」

「それもそうか。あの馬鹿どもは煽るだけ煽ってお前をビビらせようとしてたってことだな」

「よく知らない人のことを馬鹿なんて言っちゃだめだよ」

 アルカは悪態をつくピクロに呆れながら熊に近づき、右手と左手から魔法陣を出して熊の背中と腹に生えている煌めく岩を振動で壊した。

「ただの岩か、それ」

「いや、違うみたい。これ、ベリルだよ。あの、アクアマリンとかエメラルドとかの」

「すげえじゃん! 売ろうぜ!」

「そうだね。その前に、お腹を切って胆嚢たんのうを出さなきゃ」

 右手の魔法陣からセラミックのナイフを出すと、腹を裂き、筋膜を開いて手を突っ込み、胆嚢を切り出した。

「うわ、大きいね」

「これは何に効果があるものなんだ?」

 ピクロは鼻をつまみながら少し離れた。

ひぐまのだと鎮痙ちんけいとか解熱げねつに使ったりするけど、この岩石油熊のはどんな効能があるんだろうね」

 アルカは鞄から保冷袋を取り出すと、氷入れの部分に左手魔法陣から出した氷を入れ、袋の部分に胆嚢をそっとしまって封をした。

「帰ろうか」

「おっと、宝石も持って帰ろうぜ」

「ああ、そうだった」

 砕いたとはいえ、こぶし大のベリルが二十個以上ある。

 それらをすべて鞄にしまい込むと、再び箒に乗り、二人は煌安こうあん目指して飛び立った。


 薬舗に着くと、箒から降り、靴を脱いで三階へと上がっていった。

「おや? もう逃げ帰って来たんでちゅか?」

 またあの四人の探索者サーチャーたちが薄笑いながら突っかかってきたが、今度はピクロも気にしていないようで、「雑魚ざこは吠えてろ」と小声で言いながら笑っている。

 受付へ行くと、さっきの烏化種族の男性が「地図がわかりにくかったでしょうか」と心配そうな顔で聞いてきたので、鞄から胆嚢が入った保冷袋を取り出し、「取ってきました」と渡した。

「……え?」

 何故だかわからないが、部屋にいる全て人々が動きを止め、アルカを凝視した。

 あの四人も、「は?」と言いながら目を丸くしている。

 空気が一変した。

 アルカは場の雰囲気に不安になり、保冷袋を開きながら「え、試験の内容合ってますよね……?」と小声で言った。

「あの……。確認してください。これでいいんですよね? 合ってますよね?」

 受付の老若男女たちがわらわらと集まり、中身を確認した。

「あ、合ってます! 本当に⁉ すごいです! え、まだ五時間しか経っていませんよ! 新記録です!」

 受付の人々がカウンターから出てきてアルカに賞賛の言葉を浴びせ始めた。

「品質も特級です! どうやって手に入れたのですか⁉」

「も、もしかして、緑柱リュヂュを倒したとか⁉」

 アルカは頭の中で言われた言葉を変換し、「それって緑柱石ベリルが生えた熊のことですか?」とたずねた。

「そうです! あの山林の長ですよ!」

「あ、じゃぁ、これも納品した方が良いのでしょうか」

 そう言ってアルカは大量のベリルをカウンターに出した。

「うわ……。え、いったい何者なんですか。ナイトシェイドさんは」

「た、ただの魔人族の魔法使いですが」

「そんな、ただの魔法使いがパーティも組まずに緑柱リュヂュを倒せるとは思えません。すごい、すごすぎますよ!」

 その時、あの四人の探索者サーチャーたちが「インチキだ! インチキに決まってる!」と騒ぎ出した。

 銀色の甲冑を着たリーダー格の男が立ち上がり、アルカを見下しながら言った。

「お前のようなガキがたった一人で緑柱リュヂュを倒したなんて信じられるわけないだろ。うちの妖術師と勝負しろ」

 雲行きが怪しくなってきた。

 受付の従業員たちが「それは言いすぎですよ、藍玉ランユーさん」と諫めるも、「詐欺師と手を組みたいのかよ」と恫喝した。

 アルカは初めてのことにさすがに動揺したが「わかりました。勝負しますので、従業員の皆さんを怯えさせるのはやめてください」と頭を下げた。

「ふん! 殊勝な心掛けだな。表に出ろ」

 藍玉ランユーは妖術師に「朱雲ヂュユン、徹底的にやれ」と言い、二人で欄干から外へと飛び降りた。

「わたしたちも窓から出ようか」

「おう。いいぞ」

 アルカとピクロも欄干から外へと出た。

 一階の靴箱に仕舞われていた靴を履き、薬舗の裏にある薬草の休耕地に向かう。

 数十歩離れたたところに立ち、互いに見合う。

 観客は野次馬含めて五十人ほど。

「おいガキ、さっさと杖出せ」

「あ、わたしは杖を使わないので」

「はあ⁉ 舐めてんのか!」

 藍玉ランユーはアルカの行動すべてが癇に障るようだ。

 慌てて降りてきた受付の従業員たちが「せめて安全にお願いします」と、審判を申し出た。

「では、お二人とも良いですか」

「子供に怪我させるの嫌いなんだよね、俺」

 朱雲ヂュユンは背丈ほどもある杖を構えながら余裕を見せた。

「わたしはいつでも大丈夫です」

 アルカは楽な姿勢で立ち、笑顔で言った。

「では……、両者準備! ……始め!」

 朱雲ヂュユンは本当に遠慮などしないようだ。

 間髪入れずに炎球が飛んでくる。

 ただ、それらは全部アルカに当たる前に、アルカが目から出した魔法陣によって消滅していく。

「おい! 朱雲ヂュユン! 本気でやれよ!」

「や、やってるよ!」

 藍玉ランユーに怒鳴られ、朱雲ヂュユンは焦り出した。

 アルカは右目に装着した魔法陣で相手の様子を見ながら、ずっと何もせず立っている。

「くそ! 当たれ! 当たれ!」

 朱雲ヂュユンは雷撃を落としたり、暴風をアルカにぶつけようとしたりするものの、ことごとく消滅させられていく。

 頭に血が上り、額から角が伸びた。

「ああ、サイ化種族だったんですね」

 朱雲ヂュユンは突然後ろから聞こえてきた声に驚き、振り向くと、そこには笑顔のアルカが立っていた。

「な、お、お前……」

 アルカは「勝負ですから」と、拳につけた雷の魔法陣で思いっきり朱雲ヂュユンを殴った。

 朱雲ヂュユンの頬から身体に電撃がはしり、次の瞬間には気絶し、白目をむきながら土の上に倒れた。

「勝ちました」

 アルカは反対側で魔法を防いでいた自身の幻影と魔法陣を消すと、手を挙げた。

 藍玉ランユーは唖然としながら立ち尽くし、誰も朱雲ヂュユンに駆け寄ろうともしない。

「こ、この勝負、ナイトシェイドさんの勝利です!」

 慌てて審判が叫び、一呼吸遅れて拍手喝采が起こった。

朱雲ヂュユンさん、大丈夫ですか」

 アルカが差し出した手を取り、立ち上がった朱雲ヂュユンは、大きくため息をついた。

「こんなことになってごめんな。藍玉ランユーには言えなかったけど、君の身体に流れる魔力の質を見れば、相当強いことは魔法使いなら誰でもわかる。それに、君が連れてる悪魔。あんなのに魔力を食べさせることが出来るんだから、魔力量も相当あるんだろうね。おめでとう。君は強いよ」

「ありがとうございます」

 アルカはゆっくり頷いた。

「ただ、体術には慣れてないみたいだね」

「バレましたか」

「電撃は痛かったけど、拳はそうでもなかったから」

「精進します」

「ふふ。それ以上強くなる必要性を感じないけどね。藍玉ランユーには上手く言っておくから、気にせずプランタで活躍してくれ。じゃ、またね」

 朱雲ヂュユンは疲れたように力なく微笑むと、藍玉ランユーたちの元へと戻って行った。

 それと入れ替わるように、ピクロが空中を泳ぐように寄ってきた。

「一人だけまともだと、あの性悪パーティじゃ辛いかもな」

「ピクロも気づいてたの?」

「うん。あいつだけ、お前のこと睨まなかったし」

「そうだね」

 二人でボーっとしていると、烏化種族の受付従業員が走ってやってきた。

「ナイトシェイドさん、おめでとうございます! さっそく、ライセンスを更新しましょう」

「何か変わるんですか?」

「行動可能地域と狩猟可能種が大きく増えますよ。というか、ナイトシェイドさんの場合は上限が無くなりますね。このライセンスの権限は他国の職業技能組合プランタでも共通なので、もし国外での合同任務になった時も、それは適用されますのでご安心を」

 アルカはライセンスを渡し、薬舗へと戻って行った。

 三階へ行くと、あの四人の姿はなく、先に戻っていた探索者サーチャーたちから「おめでとう!」「すごかったよ!」と改めて褒められた。

 ただ、哀しいことに、探索可能等級レベルが違うらしく、誰からもパーティには誘われなかった。

「ま、しばらくは二人で頑張ろうぜ」

「そうだね。ちょっと寂しいけど、しょうがない」

 窓側の席に座り、いつの間にか橙色に染まっていた空を眺めながら、ライセンスの完成を待った。

 これからどうなるのかはわからないけれど、とりあえず、実力を示せたことにホッとしたアルカ。

 机に頭を乗せ、頬で冷たい感触を楽しむ。

 どんどんと太陽が出ている時間が短くなっていく。

 心地の好い風に身を委ねながら、アルカは明日からの日々を楽しみに微笑んだ。

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