第5話 魔力異常の洞窟・4 医療品
ラディが敷かれたローブの上に、ポーチの中の医療品を慎重に並べていく。
包帯。消毒薬。軟膏。針と糸。ピンセット。メス数本。小さな鉗子。
ポーチに入る程度の、最低限の簡単な物だ。
一緒に見ていたクレールが、並べられた物を見て、
「ラディさん」
「何でしょう」
「この針ですけど」
「はい」
「これ、シズクさんに通りますかね?」
ラディは首を傾げ、
「シズクさんが縫うような怪我では、普通の手術器具ではとても・・・
治癒魔術でないと、手に負えません」
「あ、それもそうですね」
クレールはメスを指差し、
「これ、手術に使う奴ですよね? ラディさんて、手術もするんですか?」
「病院で働いておりましたので、簡単な怪我を治療するくらいの心得はあります。
皆さんも着込みは着ていますし、念の為です。
出番が無ければ良いのですが」
「ううん、そうですね・・・治癒魔術が使えませんから」
「ええ・・・植物はないでしょうから、毒はないと思いますが」
ううむ、とラディが腕を組む。
「いや、ここは山ですね。
中で毒霧が出てしまう事もあります」
クレールも腕を組んで、眉を寄せた。
「毒ですか・・・怖いですね」
2人がじっとラディの治療器具を見つめていると、がさがさと音を立てながら、薪を拾いに行っていた4人が戻って来た。
「お待たせしました」
と、マサヒデが声をかけ、皆が薪を脇に置いて、ラディの後ろに立つ。
「おや、治療器具ですか?」
「はい。念の為、持って来ました」
と答えて、ラディがポーチに医療品を仕舞っていく。
クレールも顔を上げて、
「マサヒデ様、洞窟の中に銃を持って行ってはいけないそうですよ」
「え? 駄目なんですか?」
「狭い所で撃ってしまうと、跳ね返って味方に当たってしまったりとか。
音が大きいから、耳がやられたり、もしかしたら崩落なんて事もあるかも」
「ううむ、なるほど・・・そうですか」
マサヒデは、ちら、と革のケースに入って置かれた八十三式に目をやってから、懐の四分型拳銃を取り出して、隣に置いた。カオルもミナミ新型を出して置く。
アルマダが2人の銃を見て、
「おや。マサヒデさんも銃を?」
「ええ。先日、クロカワ先生とお会いしまして、その時に頂きました」
「えっ!? クロカワ先生? 来ていたんですか!?」
「アルマダさんも知ってるでしょう。強情橋の」
「あれ、クロカワ先生だったんですか!?」
アルマダが驚いて口を開けてしまった。
「ははは! そうなんですよ! 読売に大袈裟に書かれてしまって、誰も相手をしてくれないとか、得物なんか別に集めていないのに、とか。面白かったですよ」
シズクが横に立って、
「クロカワ先生、強かったよねえ! 私までころころ転がされちゃって」
マサヒデが笑いながら、
「そりゃあそうですよ。相撲力士だって投げ飛ばせるんですから」
「ええ!? あんなに小さいのに?
ちょっと待って、熊族の力士も投げれるのかな?」
「相撲力士としか聞いていませんが、出来るでしょうね。
シズクさんだって、軽く投げ飛ばせるんですから」
「すごいね、クロカワ先生・・・」
「お別れした時には、道場に行くと去って行きましたが・・・
そうだ。カオルさん、道場にクロカワ先生はいました?」
「申し訳ございません、私、蔵の方へすぐに参りまして、稽古には。
カゲミツ様に挨拶に行きました際は、道場にはお見えになりませんでしたが」
「おや、そうですか・・・では、もうどこかへ行ってしまったかもしれませんね」
と、首を傾げたマサヒデに、アルマダが顔を近付け、
「マサヒデさん、ひどいですね!
私も、クロカワ先生に稽古してもらいたかったのに」
「いや、そこは申し訳ありませんでした。
でも、ばたばたして忙しかったんですよ。
集めた得物を鑑定してもらって、寄付したり、売ったり。
アルマダさんの所にも、剣が2本行ったでしょう?」
「む・・・」
にや、とマサヒデが笑い、
「ほら、そのお腰の物も変わってたりして」
と、ちらっとアルマダの腰に目をやると、アルマダが目を逸らす。
「まあ、そうですが」
くす、とラディが小さく笑った。
剣をアルマダの所へ届けたのは、ラディなのだ。
「実は、もう1丁同じ拳銃がありましてね。
予備にと考えてるんですが・・・」
「もう1丁?」
「最初は、アルマダさんにあげようって思ってたんです。
でも、鎧の篭手で上手く扱えないかなって。
しかし、気になるのであれば、如何です?」
ふむ、とアルマダが顎に手を当てた。
軽く下を向いて、少し考えた後、
「ううむ・・・いや、気にはなりますが、結構です。
仰る通り、篭手を着けていては、扱える物ではないでしょう」
「じゃあ、物以外でお詫びとしましょう」
「物以外?」
マサヒデがカオルの方を見ると、カオルが小さく笑って頷く。
「技術なんてどうです? これも教えて貰ってたので、忙しかったんですよ」
「技術? 何ですか?」
「剣に使えるかどうかは分かりませんが、抜刀術です。
如何です? アルマダさんなら、剣にも応用出来るかも」
「抜刀術・・・ですか。
剣に応用・・・ううむ、出来ますかね?」
顔を改めて、アルマダが顔を向ける。
シズクがにやにやしながら、
「ハワードさんも、見たら絶対ビビるよ。凄いんだから」
「本当ですよ! 凄いんですから」
と、クレールも笑顔でアルマダを見る。
アルマダは訝しげな顔で、
「そんなに凄いんですか? ですが、そんな技術をたった数日で出来るとは」
「コツさえ掴めば簡単ですから。もちろん、基本中の基本ですけど。
剣に使えないにしても、面白い技術ですから、見て損はありませんよ」
と、マサヒデが小屋の外に出て、
「さ、アルマダさん、私の前に。
互いに剣がぶつからないよう、少し離れましょう」
アルマダがマサヒデの前に立つ。
「じゃあ、アルマダさん。抜いて下さい。本気の速さで。
私は、アルマダさんが抜いてから、抜きますよ。後出しです」
しゃ、とアルマダが剣を抜いた瞬間、マサヒデの刀が抜かれていた。
「う!?」
マサヒデの抜き打ちはかなりの腕だが、さすがに後出しで負ける程ではない。
明らかに自分が先に抜いた。なのに、既に先に抜かれている。
マサヒデが笑いながら、
「後出しでしたよね。ほら、アルマダさん、剣を納めて。
面白いでしょう? さあ、もう一度、見てて下さい」
マサヒデが鞘を前に出すようにして、刀を納める。
(おや。今の納刀は?)
アルマダが眉を寄せて、剣を納める。
お、とマサヒデがカオルに顔を向けて、
「おお、そうだ。カオルさん、あのモトカネは抜けるんですよね?」
「はい」
「じゃあ、カオルさんもどうです。
アルマダさんと、抜き打ち勝負と行きましょう」
「ふふ。では失礼して・・・」
カオルがラディの前に腰のジョウサンを抜いて置き、置かれたモトカネを取って、アルマダの前に立つ。
「ハワード様、こちら、御覧下さい。
このモトカネ、小太刀ではなく、普通の打太刀で御座います」
と、横にしてアルマダの方に差し出す。
「確かに・・・カオルさんには、少し長いですね。
何とか、抜けるか抜けないかでは?」
すっと腰に差して、
「では、こちらで抜き打ち勝負と参りましょう。
私も、ご主人様と同じく、後出しで参ります」
きり、とアルマダが小さく歯を噛み締めた。
カオルは真面目な顔で、別に馬鹿にしている訳ではない。
だが2度も『後出しで』と言われては、流石にプライドが許さない。
「・・・」
アルマダが剣の柄にゆっくり手を掛けた。
腰を落とす前に、カオルが、
「では、分かり易いように。しかと御覧下さいませ」
右手を軽く前に出した。
横で、マサヒデが頷く。
「・・・ありがとうございます」
と言った刹那、アルマダが腰を落とした。
しゃら、と細い音を立てて剣を抜いた瞬間、カオルの左手が動いた。
「む!?」
アルマダが「取った!」と思った瞬間、カオルの刀が抜かれた。
振られた剣が、カオルの刀の手前を走って止まる。
やはり、自分の方が遅かった。
当たっていれば、剣の重さで弾けていたかもしれない。
だが、間合いの内で、カオルの剣先が首の左側に届いていればどうなったか。
自分の剣がカオルの刀を押して、自分の首を飛ばしていた。
「何故・・・」
「どうです、この抜刀術」
マサヒデが声を掛け、カオルが横で納刀した。
「む・・・ううむ・・・」
落とした腰を上げて、アルマダが剣を納める。
マサヒデの方を向いて、
「左手で鞘を出している。右手はそのまま?」
「惜しい! 左側と気付いたのは流石です。
出す所より、引く時の動きに気付いて欲しかったですね」
「引く所ですか」
マサヒデが右手を前に出し、柄を乗せた。
横を向いて、アルマダに左半身を向ける。
「こうやって、左手で鞘を出して、柄を右手に乗せますね。
この後の、私の左側の動き、良く見てて下さい」
膝を外側に曲げて落としながら、左手の鞘を引いていき・・・
「こうです」
ぴん、とマサヒデの刀が抜けた。
アルマダは眉を寄せて頷き、
「む、む・・・なるほど。そうやって抜けば、腰が自然と落ちる。
腰を落としてから抜くのではなく、鞘を引いて行けば、腰が落ちる。
という事は、つまり、一拍速くなる・・・ですね?」
マサヒデが頷いて、
「その通りです。流石はアルマダさん、すぐに仕掛けがバレてしまいますね」
「ううむ・・・」
アルマダが腕を組んで唸った。
マサヒデが納刀して、アルマダの方を向く。
少し考えて、アルマダがぽん、とベルトの鞘が固定されている所に手を乗せた。
「剣の鞘は、このベルトに固定されています。
鞘を前に出す、引く、の動きが出来ませんね・・・
出来ませんが・・・ううむ・・・」
顎に手を当てて、アルマダが考え出してしまった。
「後で騎士さん達とご相談なされては?
すぐに取り入れられる技術ではないでしょうし」
「そうですね・・・」
と、小さな声を返したが、きりきりと頭から音が出そうだ。
「ご主人様、私達も座って休みましょう。
すぐに皆様も参られましょうし」
「そうしましょうか。さあ、アルマダさんも」
「ううむ・・・はい」
アルマダが頭から煙が出そうな顔をして、あぐらをかいて座り込んだ。
マサヒデも座り、カオルはモトカネを腰から抜いて、ラディの前に置いた。
「あ」
ジョウサンを取ると、ラディが小さく声を出して、手を少し上げた。
にや、とカオルはラディに笑顔を向け、腰に差し、マサヒデの隣に座る。
ぽんとジョウサンの柄に手を置き、
「ふふ。ラディさん。こちらは、また今度ですよ」
「はい・・・」
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