第6話 魔力異常の洞窟・5 魔法生物
皆が小屋に座り込んですぐ、遠くで風の音がした。
「あ、来ましたか」
マサヒデが板の向こうに顔を出すと、マツと周りに転がった騎士3人が見える。
騎士達が立ち上がると、マツはこちらを指差した後、すぐ飛んで行ってしまった。
しばらく見ていると、きょろきょろと見回して、こちらに歩いて来る。
「では・・・」
カオルが懐から、紙の束をふたつ出した。ひとつは紙袋の束だ。
皆が何だろう、と、袋を見つめる。
「これは? 袋ですか?」
「皆様が集まってから説明致しますので」
そう言って、カオルは厳しい顔で頷いた。
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騎士達が到着し、
「お待たせしました」
と、小屋の下に入ってきた。
袋を置いて、
「こちらが弁当と、干し肉です。
中は薄明るいので、必要ないかもしれませんが、一応松明も持って来ました」
アルマダが頷いて、
「ありがとうございます。では、座って下さい。
入る前に、カオルさんからお話があるそうです」
騎士達が座ると、カオルは紙の束の紐を解き、皆に数枚ずつ手渡した。
「まず、この紙は地図を書くのに使う物です」
頷いて、皆が受け取り、懐や袂にしまう。
「そして、こちらは紙袋。こちらも持って行って下さい」
と、皆に配る。
マサヒデも受け取って、
「何に使うのです?」
「皆様、もし水たまりがあったら、まず小石を投げ込んでみて下さい」
「水たまり? 小石?」
皆が胡乱な顔でカオルを見る。
カオルは険しい顔だ。
「魔力異常の洞窟ですので、万が一の時の為の用心です。
もしかしたら、魔法生物が湧いたかもしれませんので」
あ、と騎士達が顔を引き締めた。
「魔法生物? 魔獣ではなく? 何ですか、それ」
「所謂、スライムとかゴーレムです」
「え!? あれって本当にいるんですか!?」
マサヒデ、アルマダ、ラディが驚くが、周りの皆は険しい顔だ。
「おります。ゴーレムなどは、力任せに殴って砕けば大丈夫です。
大きな物でも、シズクさんなら素手で壊せるでしょう。
ただ、もしスライムがいると・・・」
「スライムですか? 『ワシ悪いスライムとちゃうわ』ってあれですか?
悪竜男爵退治の絵物語に出てくる奴ですよね?」
カオルは首を振り、
「ご主人様、現実のスライムは災害級の魔法生物です」
「ええ!? 災害級!? 最初に出会う弱い物じゃないんですか!?」
カオルはぐるりと周りを見渡す。
「皆様はご存知のようですね。
ご主人様、ハワード様、ラディさん。良く聞いておいて下さい」
カオルの真剣な表情に、3人が頷く。
「相手は粘体の、水に近い物です。
剣や刀、銃は勿論、シズクさんが鉄棒でぶん殴っても効果はありません。
当然ですが、脳はありませんので、話し掛けてくるようなことはありませんよ。
人で言えば、神経だけで動いているようなものです。神経があるか不明ですが」
「襲ってくるんですか?」
「動きは目に見えないほど遅いですから、その点は平気です。
ですが、1滴でも付着すると大変です。
もし、何か粘った物が付いたと分かったら、周りの服ごと破り捨てて下さい。
肌に着いたら、皮膚ごと、薄く広めに切り落として下さい」
「そんなに慎重にならないといけないんですか?」
「そうです。スライムは、有機物であれば何でも食べて大きく広がっていきます。
着込みにも、表面に手入れの油が塗られておりますから、それを食べますよ。
ゆっくり、ゆっくりと、時間を掛けて、少しずつ広がっていきます。
もし、気付かずに町まで持って帰ってしまったら、大変な事になります」
「どのくらい大変なんですか?」
「土にも栄養がありますから、土の中に染み込んでそれを食べていきます。
ほんの1滴でも土の上に落ちてしまえば、もう手遅れです」
「1滴で、ですか?」
「分かりやすく、恐ろしさを説明します。
1滴のスライムが、日に1滴分の大きさを食べます。
そして、2滴分の大きさになるとします」
「はい」
「次の日、2滴分の大きさのスライムが、2滴分を食べるので、4滴に。
明くる日、4滴分が8滴分に。
3日目、8が16。4日目、16が32・・・
そして、2週間程で65536倍の大きさに。
その次の日には、13万倍の大きさに、26万倍に・・・という訳です」
「ええ!?」
マサヒデが声を上げ、アルマダもラディも驚いた。
「実際はもっとゆっくり時間をかけて大きくなりますが・・・
遅かれ早かれ、枯れた死の土地が広がっていくことになります。
最後はどれだけ肥料を撒いても、どれだけ木や草を植えても、全く育たない不毛の砂漠の地となります」
アルマダが頷いて、
「確かに、災害級ですね。もしいたら、どうするんです」
「ほとんど動きませんから、水たまりがあったら、そっと小石を投げます。
粘って飛沫が飛ばないようなら、その紙袋に入れて、慎重に持って来て下さい。
手ですくわないように、石か何かに少し付けて入れて下さい。
それがスライムかどうか、調べます」
「紙を溶かして破られたりしませんか?」
「大丈夫です。本当にゆっくりしか食べていきませんから、紙で十分持ちます。
ただ、誤って破いてしまわないようにだけ、気を付けて下さい」
「分かりました。で、持ち帰った物がスライムだったとします。
どうやって処理するのです」
「ここから離れて、クレール様に強い火の魔術で一瞬で燃やして頂きます。
松明で燃やそうとしてはいけませんよ。
普通の火の熱程度では、飛び散るので危険です」
「なるほど。処理方法は分かりました。
では、洞窟の中にいる物はどうするんです?
中では魔術は使えないのでしょう」
「周りの土ごと、掘って運び出すしかありません。
もし湧いてしまったとしても、まだ小さいはずです。
1日や2日で、急に大きくなるものではありません。
大八車を用意すれば、我々でも運び出せるでしょう。
運び出したら、大八車ごと一気に燃やすだけです」
「分かりました。取り敢えず、今回は居るかどうかだけの確認で済ませれば良い。
居たとしても、本格的な処分は後日ですね」
カオルは頷いて、
「はい。繰り返しますが、もし居ても、急に大きくなるものではございません。
ですので、慌てて処分しようとする必要はありません。
今回は、進める限り、中の地図を作る事に専念しましょう」
「質問です」
マサヒデが手を挙げ、
「スライムについては分かりました。ゴーレムが居ても、砕いてしまえば良い。
で、そのゴーレムって、実際はどんな形をしてるんです?
やっぱり、おとぎ話と違って、石人形じゃないんですよね」
「違います。勝手にごろごろ転がっている石があったら、ゴーレムです。
人の形などしておりませんし、飛んできたりもしません。
大きくなければ、ほぼ無害と言って良い物です。
ただ、小石程度でも、足元に転がって踏んだら、転んでしまうかもしれません」
確かに、洞窟の中で転んだら大怪我になるかも知れない。
これも気を付けねば。
「スライムみたいに、周りの石を食べて大きくなったりは?」
「しません。砕いてしまえば全く動かなくなり、ただの石くずになります。
転がっておりますので、小石程度なら、すぐに削れて消えてしまいます。
その程度の物は、気を付けて探さずとも良いかと」
「なるほど、ゴーレムについては分かりました。
で、話は変わりますが、魔獣についての質問です」
「魔獣ですか?」
「いえ、魔獣はまず居ないとの話でしたけど」
「はい。それが何か」
「魔獣って、魔力異常の地で生まれるものですよね。
先の話になりますが、この周辺、魔獣が生まれるようになったりしませんか?」
「この近くでは、例え生まれても、あまり危険な物は増えないと思います。
魔力の異常が濃すぎますので、動物が近寄らないのです。
うっすらと、分からない程度に異常がある所で、危険な魔獣は増えます」
「ふむ? うっすらと、ですか?」
「ご主人様は、魔獣の退治はしたことは」
「あります。村の近くの山で・・・ん? という事は?」
カオルが頷いて、
「そういう事です。薄い異常であれば、どこにでもあるものです」
「では、最後にですけど・・・その、あまり考えたくない事なんですが・・・
我々はここに居ますけど、私達が魔獣になったりは?」
くす、とカオルが笑い、
「ふふふ。なりませんよ。まあ、何年も中に住んで居たら分かりませんが。
ですが、もし急に気分が悪くなったり、目眩がしたら、急いで出て下さい。
魔力異常が濃すぎる場所かもしれませんので」
「分かりました。私の質問は以上です」
カオルは皆を見渡して、
「他に何かありますか?」
誰も特に質問はないようだ。
「では、驚かせてしまいましたが・・・
ご主人様、景色を楽しむ事を第一に参りましょう。
魔法生物など、滅多に湧きはしませんので」
「ははは! カオルさんは鉱脈探しが第一でしょうに!」
と、マサヒデは座の雰囲気を変えようと、大きく笑った。
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