第三章 抜き打ち稽古、終了

第11話 流星刀


 イマイから抜刀を教えてもらった後、マサヒデ達は居間に戻った。


 マサヒデが座ると、イマイは早速とばかりに、持って来た刀を差し出す。


「さあさあ、トミヤスさん。これ見て。

 もーう今日はね、これ見せたかったんだよ!」


「こちらは?」


 イマイは笑って、口に指を当て、


「本当は持ち出すのなんていけないんだけどさ、これお客さんの。

 だから、当たらないように離れて練習したんだ」


「ええ!? お客様の物を使ってたんですか!?」


 皆が驚いて、マサヒデに差し出された刀を見る。


「普段は絶対にこんな事しないよ。トミヤスさんだから、特別。

 良いじゃない、瑕は付かなかったんだからさ。

 さあさあ! これもすごいよ! 研ぎ上がったばかり!

 トミヤスさんの驚く顔が見たくて、これ持って来たんだから」


「はあ・・・では」


 と、刀を取り、軽く頭を下げて、抜く。


「うっ!?」「え!?」


 マサヒデとカオルが声を上げる。

 マツ達も覗き込んで、


「あら、落ち着いて見ると、綺麗ですね」


「すごい綺麗ですね!」


「ほんとだね!」


「ふふふーん。無銘だけど、当てられるかな? さあ、誰の作だろう」


 にやにやと笑いながら、イマイが胸を張る。


「樋が、2本・・・二筋樋・・・」


「ご主人様、これはホルニさんの打った物では?」


「いや、違います。似ていますが、これはホルニさんの物ではない」


「さすが! トミヤスさんは分かってるなあ。

 カオルさんは引っ掛かったね。似た奴を持って来たんだ。

 じゃあ、カオルさんは外れ。さて、トミヤスさんは誰と見るかな?」


「・・・沸が深い。湾れ(のたれ)がすごく緩やかで、乱れている。

 金筋も通って、地景の働きが良い・・・」


 小さく呟いたマサヒデに、クレールが、


「マサヒデ様、のたれって何ですか?」


 と聞いたが、マサヒデは刀に夢中だ。

 イマイが笑いながら刀を指差して、


「あのね、刀の刃の白い所あるでしょ。やんわーり、波みたいになってるじゃない。

 ああいうのを、湾れって言うんだ」


「へえー」


「波になってなくて、真っ直ぐなやつは、直刃(すぐは)って言うの。

 直線の『直』に『刃(やいば)』って書いて、直刃ね」


「じゃあ、きんすじって何ですか?」


「金筋って言うのは、あの白い部分に、筋が出てるやつね。

 近くで見ないと分からないかもね」


 クレールは目を細めて、


「ううん・・・良く見えませんね?」


「ふふふ。危ないから、あまり顔を近付けちゃいけないよ」


「はい」


 す、とマサヒデが刀を立て、


「戦争時代より前か・・・始まった頃の作と見ました」


「当たり! もう分かったかな?」


「無銘。二筋樋。穏やかな湾れ・・・もしや・・・ムネサダでは?」


「お見事ー!」


 ぱちぱちぱち、とイマイが手を叩く。

 え! とマツが驚いて片膝を立て、皆が「うお?」と背を反らす。


「ムネサダ!? まさか、国宝の!?」


「いやいやいや、国宝じゃありませんよ!

 ただの特別重要刀剣。重要美術品だったかな?」


「た、ただの!? そんな物を練習に!?」


 はは、とイマイが笑って、頭をぽりぽりかく。


「いやあ、持ってくるの緊張しました」


「持ってくるという所ですか!? 練習に使ってたじゃないですか!

 さっきだって、マサヒデ様の刀が当たりそうに!」


「その辺は大丈夫ですよ。だってトミヤスさんだもん。

 当たらないように、離れてましたし」


 きりきりきり、とマツが歯ぎしりをする。


「あ、あなたは! 国の重要美術品を、な、な、何だと・・・」


 あまりのマツの形相にイマイは驚いてしまい、正座した足の隙間に手を入れて、


「え、はい、あ、すみません」


 と、頭を下げた。

 カオルが慌てて、


「イマイ様、奥方様は、以前、王宮で働いていた事が御座いまして・・・

 こういった物にはお厳しく・・・」


 ば! とマツがカオルに顔を向けて睨みつけ、


「当たり前の事です!」


「ははっ! 仰せの通りで御座います!」


 と、カオルが手を付いて頭を畳に付ける。

 マツは呆然としたマサヒデを「きっ!」と睨みつけ、


「マサヒデ様! すぐに納めなさい!」


「は、はい」


 慎重に刀を納め、ささ、とイマイに差し出す。

 イマイも慌てて受け取って、桐箱にしまう。


「ぷっ!」


 と、後ろでシズクが吹き出した。


「あははは! マツさん、こないだ、コウアンの事を聞いた時も、同じような事言ってたね! 畳ばんばん叩いてさ!」


「ああー! そうでしたね! マツ様、畳をぱんぱん叩いて!」


 クレールもくすくす笑い出したが、マツは2人に厳しい目を向け、


「あのコウアンとは違います!

 これは、既に国から重要美術品とされているのですよ!

 もし瑕でもついたらどうするのです!」


 シズクは背を縮こまらせたイマイを指差し、


「あははは! そこに研師さんがいるじゃん! 誤魔化せるって!」


「シ、シズクさん! あっ、あっ、あっ、あなたという人は!」


「ねえ、イマイさん、どうせ、どっかの美術館のでしょ?」


「あ、はい、そうです」


「てことは、飾られてるんだよね?」


「はい」


「ぷー! ははは! じゃあ、ここで見てたって同じじゃん!

 美術館まで行かなくて良かった良かった! ね、マツさん?」


 にやにやするシズク。

 ぎりぎりと歯ぎしりをして、シズクを睨むマツ。

 背中から、もやが出始めている。


「う!?」


 と、イマイが驚いて腰を浮かせ、桐箱を掴んだ。

 マツが少しでも動いたら、逃げて行きそうだ。

 シズクは手を前に出して、


「まあまあ、マツさん、そんなに怒らないでよ。

 イマイさんも、マサちゃんに見せてあげたくて、厚意で持ってきたんだから」


 クレールが拳を握りしめるマツの袖を掴んで、


「そ、そうですよ、マツ様。イマイ様のご厚意なんですよ。

 いけないと分かっていても、マサヒデ様にお見せしたかったという。ね?」


「く、く・・・」


「マツ様、ここはお収め下さい。悪気があって持ってきたのではないのですから。

 普段はそんな事はしないって・・・

 マサヒデ様だから、特別だって仰っておりましたし。ね?」


 ふるふると震える手を下ろし、マツはゆっくりと座った。

 マツはぐっと目を瞑り、


「そうですね・・・ご厚意ですもの・・・」


 ほ、と皆が胸を撫で下ろし、イマイも腰を下ろした瞬間、


「イマイ様!」


「はい!」


 マツの大きな声が響く。


「次回から、そういう物でお見せしたい物が御座いましたら、お持ちせず!

 お呼び頂ければ、マサヒデ様が参ります!」


「はい!」


「その上、お客様の品を無断で振り回すなど、言語道断!

 研師として失格とは、お思いになりませんか!」


「はいー!」


 と、イマイが畳に頭を擦り付けた。


「ふう・・・分かれば宜しいのです・・・分かれば・・・」


 しーん・・・と部屋が静まった。

 恐る恐る、カオルが茶を注いでいく。

 ふん、とマツが鼻を鳴らし、湯呑を取った所で、からからー、と玄関が開いた。


(助かった!)


 と、皆が玄関の方を見、ささっとカオルが玄関に出て行く。

 すぐに、カオルとラディが入ってきた。


「あ」


「や、やーあ! 元気?」


 イマイが固い笑みをラディに向ける。


「どうも・・・お邪魔します」


 と、ラディが座った。

 刀を手に持っている。

 強情橋から持ってきた物だろう。


「丁度良かった。マサヒデさん、こちらを。

 イマイさんにも見てもらおうと思っていました」


 と、ラディが刀を差し出す。


「ああ、これは先日のですか。良い物でしたか?」


「まあ、珍しい物ではありますが・・・」


「珍しい物?」


「これは流星刀です。

 念の為、お父様にも確認をしてもらいました」


「おお、流星刀ですか」


「え? 流星刀? それは珍しいね」


 イマイも身を乗り出す。

 マサヒデが刀を取って、すーっと抜く。


「へえ・・・やはり白いですね。肌がすごく特徴的だ」


「やっぱり、流星刀は面白いね。独特の肌が出るよ」


 マツが目を細めて、


「マサヒデ様? また重要美術品ではないでしょうね?」


「だとしても問題ないでしょう。個人蔵の物が私の物になっただけなんですから。

 強情橋で、投げ捨てられた物ですよ」


「む・・・まあ、そうですが・・・」


「マサヒデ様、普通の刀と色が全然違いますけど、流星刀って何ですか?

 かっこいい名前ですね!」


 マサヒデはにこっと笑ってクレールの顔を見て、


「隕石を使って作られた刀の事を、流星刀って言うんですよ」


「ええー!? 隕石ですか! へえー・・・かっこいいですね・・・」


「へえ・・・すごいね、隕石で・・・英雄譚とかに出てきそうだね」


 クレールとシズクがまじまじと流星刀を見つめる。

 全身が白く輝く姿は、まるで刀とは別の物に見える。


「もの凄く丈夫で、絶対に折れない欠けないなんて言われてますけど・・・

 実際どうなんでしょうかね? イマイさんはご存知ですか?」


「ううん・・・」


 と、イマイは眉をしかめる。


「折れない欠けないって、実際は柔らかいって事なんだ。

 頑丈っていうのとは、全然違うんだよね。誤解が広まっただけだよ。

 だから、扱いはすごく難しいと思うよ」


「ほう? 古刀と同じ感じですか」


「いや、もっとというか、遥かに柔らかいね。

 少し知ってる人は、斬れないとか言うけどさ・・・

 実際は、まあ、斬れるは斬れるんだけど・・・」


 そう言って、イマイは流星刀をじっと覗き込むように見て、


「ううん、打った刀匠と、使い手によるって所かなあ・・・

 これは斬れると思うけどね・・・でも、どうかな・・・」


 顎に手を当てて、イマイは首を傾げる。


「使い手はカオルさんだから問題ないでしょう。

 ラディさんは、どう見ます?」


「使えるか、とは、思いますが」


 少しラディが口を濁す。


「どうしました? 珍しいから、磨り上げるのは惜しいですか?」


「いえ、何とか使える、という程度です。

 武器としては、数打ちと大して変わらないかと。お父様も、同じ意見です。

 珍しいという部分では、価値はあると思いますが」


「僕もそう思うね。綺麗だから、飾っておくのが良いと思うよ。

 実戦で使うとなると、不安だよね。僕なら使わないかな」


「ふむ・・・」


 マサヒデが腕を組む。


「珍しい物と言えば・・・」


 にや、とマサヒデが笑った。


「カオルさん。これと交換で、父上の刀、1本もらってきましょうか。

 流星刀と交換なら、良い物を出してくれると思いますよ」


「おおー! マサヒデ様、良い思い付きですね!」


 クレールが声を上げる。


「蔵には銘刀が何本も転がってますし・・・

 流石に、特別な物はくれないと思いますが」


 ぴく、とイマイが反応し、前屈みになって、


「何々? 特別な物って?

 トミヤスさんのお父さんって、剣聖のカゲミツ様でしょ?

 興味あるなあ、教えてよ。何があるの?」


「珍しい物では、三大胆とか、魔神剣とか・・・まあ、色々です」


 さすがに、月斗魔神の事は軽々しく口に出せない。

 はあ! とイマイが目を見開いて、口を開け、


「三大胆!? 魔神剣!? 凄いじゃない!

 魔神剣て、カゲミツ様が持ってたの!? 本物!?

 ずっと所在不明って、刀剣年鑑には載ってたけど・・・」


 驚いた顔のイマイを見て、マサヒデは笑い、


「イマイさんも機会があれば、道場を訪ねてみて下さい。

 ホルニさんの刀は、父上もそれはもう気に入ったそうです。

 研ぎを手掛けたのがイマイさんだと知れば、喜んで迎えてくれるでしょう」


「行く行く! 絶対に行くよ!」


「ははは! まずはコウアンをお願いしますよ!」


 笑いながら、マサヒデは流星刀をカオルに差し出した。


「では、父上から、お好きな物を貰って来て下さい」


「は」


 カオルは恭しく流星刀を受け取った。

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