第10話 合理性の抜刀


 イマイは縁側に座る3人の方を向いて、


「すみません! 魔術使える方、いますよね?

 ここ、魔術師協会ですから」


「はい」「はい!」


 マツとクレールが返事をして、手を挙げた。

 イマイが縁側に少し近付いて、座って地面に丸く円を描く。


「この辺に、このくらいの大きさで、土の壁を立ててもらえます?

 高さは人と同じ高さくらいで。横向きの方が、皆さんも見やすいかな。

 石みたいにあまり硬くしないで下さい。普通の土でお願いします」


 イマイが少し下がった所で、マツが手をふわっと上げ、ぼん、と土の壁が立った。


「ありがとうございます。じゃあ、カオルさん、こっち来て下さい。

 ここ、僕の横に並んで。壁の方向いて」


「は」


 カオルがイマイの横に並び、軽く頭を下げた。


「確認するけど、カオルさん、手裏剣使うんだよね?」


「はい」


「じゃあ、ひとつ、その壁に向かって投げてみて」


「は」


 しゅ! とカオルの手が振られ、ぴいん・・・と壁に手裏剣が刺さる。

 手の速さにイマイが驚いて、


「速いね!?」


「恐縮です」


「ごめん、もう一度やってくれる?

 どこから投げたか見えなかったから、上から投げてくれるかな。

 今度は投げ終わった所で、手を止めて」


「は」


 カオルが懐から手裏剣を出して、右手に乗せる。

 振りかぶった直後、しゅ! ぴいん・・・と震えて、手裏剣が刺さった。

 カオルの手が前に出た所で止まっている。

 イマイがカオルの手を指差し、


「はい、この手の位置ー。右手が前に伸びてるよね」


「は・・・ああっ!」


 カオルが驚いてイマイの方を見た。

 イマイがにこっと笑って、


「あ、分かっちゃった? ここに鞘を出すと・・・」


 イマイがカオルの腰から小太刀の柄を持ってきて、伸びた手の上に乗せる。

 マサヒデの方を向いて、


「こういう事。もう抜く形になってるよね」


 鯉口を切り、すー・・・と鞘を引いて、イマイが手を離す。


「ね? さ、左手は鞘を持って。

 あとはこのまま左足を引くか、右足を出すか。膝を落とせばすぐ抜ける」


 とす、とカオルが一歩出ると、するっとそのまま小太刀が抜けた。


「・・・」


「さ、納めて、ここに戻って」


 す、と鞘を出して、小太刀を納め、カオルがイマイの横に戻る。


「おお、納刀も出来てるね。じゃあ、今度は下から投げてみようか。

 同じように、投げ終わった所で止めて」


「は」


 ぴ! と下から手裏剣が投げられ、ぴいん・・・と壁に刺さる。

 今度は手の平が上に向いてしまっている。

 イマイは同じようにカオルの小太刀を出して、そのまま柄を手の平に乗せた。


「さて、こうなるとどうなるかなー?」


 鯉口を切って、すー・・・と鞘を引いていく。


「カオルさん、手、見て。今、手の平が上を向いちゃってるよね。

 ここで柄を握ったら?」


「逆手で、抜けます・・・」


「そう! そういう事! 当然、横から投げた時も同じ。

 投げ終わった所に、鞘を持ってくれば良いだけだよね。簡単でしょ?

 普通に抜きたければ、手をひっくり返すだけ。

 これで、手裏剣を投げながらの滑らかな抜刀が出来るね」


 にこにことイマイがマサヒデの方を向いて笑う。


「トミヤスさん、どう? これが僕なりの応用かな」


 マサヒデは頭を下げ、


「お見事としか言いようがありません」


「じゃあ、次が最後・・・」


 と言って、イマイがカオルの方を向いて、言葉を切った。

 カオルは抜きかけの小太刀の柄を右手に乗せたまま、じっと右手を見つめている。


「カオルさん」


 と、マサヒデが声を掛けると、は! とカオルが顔を上げ、


「は! 失礼しました!」


 慌てて小太刀を納め、頭を下げた。


「い、いや・・・うーん、そんなに驚く事だったかな?」


「は!」


「全部、こうなればこうなる、って理からきてるんだよ。

 そうすると、じゃあ、こうしたならこうすればって応用が広まっていくから。

 カオルさんなりの応用も、きっと見つけられるはずだよ。

 全ては、合理なの」


「ありがとうございます!」


 と、カオルが大声を上げた。


「う、うん、元気良いね・・・じゃあ、次で最後だから。さ、頭上げて・・・

 トミヤスさんも、カオルさんの隣に並んで近くで見てて」


 マサヒデがカオルの隣に来て、イマイのすぐ側に立った。


「合理性を突き詰めると、どうなるか。

 二人共、今から瞬きせずに僕を見ててね」


 と言って、イマイが鞘を持ち、ぴた、と止まった。

 ぴり、と庭に緊張感が走る。


「あ、のー・・・」


 と、声をあげ、右手を上げて、イマイがぺこぺこと笑いながら頭を下げる。


「ごめん! 久し振りだから、ちょっと練習しとけば良かったかも!

 失敗したらごめんね!」


 かくん、と皆の力が抜けた。


「や、ごめんごめん! やり直し、やり直し。

 じゃあ、改めてもう一度。二人共、瞬きせずに僕を見てて」


「はい」「は」


「よし・・・」


 イマイがくるんくるん、と肩を回し、首を回し、たらん、と手を垂らす。

 少しして、す、と右手が前に出る。

 左手が、鞘に添えられる。


「いきます!」


 鯉口が切られた。

 瞬間、ふ、と左手が少しだけ、動いたように見えた。

 右手が握られ、がち、と刀が止まり、少し鞘が上を向いた。


「あっ・・・とお・・・失敗しちゃったな。

 いやあ、怠けるとこうなるね。今のは悪い例って事で・・・

 しまったあ、鞘、痛めてないかな?」


 イマイの刀が鞘から伸びて、柄が右手に乗っている。

 皆、驚いてイマイの抜きかけの刀を見ている。


「・・・それは・・・」


「うん。鞘を前に出すってのを省略するだけ。

 1、2が1になる。分かるよね。

 合理性を突き詰めた結果は、この抜き方になるんだ」


 カオルが驚きながら、


「つまり、つまり、鞘から、投げて抜いた?」


 イマイが頷いて、


「そうそれ! 鯉口切っちゃえば、刀が鞘から抜けて、出てっちゃうでしょ。

 右手に向かって、ひょっ! と鞘を出す。刀は前に飛んじゃうよね。

 それを右手に乗せるだけ」


「それは、理屈ではそうですが・・・」


 すー、と抜きかけの刀を納め、左手で鞘を前に出し、柄を右手に乗せる。


「理屈がそうなら、後は出来るようにするだけだよ。

 さて、普通にこうやって、左手を前に出せば、自然と肩も腰も前を向く。

 左側を下げるのに、戻る時間が出来ちゃうよね」


 そのまま、すー、と左手を下げていき、抜きかけの所に鞘が戻る。


「最初から肩も腰もこの位置なら、こうやって戻す分が省略出来るよね。

 だから、鞘は前に出さず、右手に向かって投げて置いちゃう。

 で、1、2で抜けてたのが、1で抜ける。ね? 合理的でしょ?」


「・・・」


 イマイは、す、と抜きかけの刀を納め、


「ま、大道芸と同じだって。二人共、もう普通に抜くのは出来るでしょ。

 練習すれば、これくらいすぐ出来るようになるよ。

 長いのはちょっと難しいから、普通に抜いた方が無難だけど・・・ねっ!」


 ふ、と左手が動いたと見えた瞬間、右手に刀が抜かれていた。

 マサヒデにもカオルにも、全く見えなかった。

 驚いて、目を丸くして抜かれた刀を見つめる。


「出来た! どう? どう? これが、合理性を突き詰めた抜刀!」


 縁側から、ぱちぱちぱち、と拍手が上がった。

 イマイは縁側に座るマツ達の方を向き、


「いやー、ありがとうございますー。

 照れちゃうなあ。ははは・・・」


 と、ぺこぺこして、刀を納めた。


「これが、僕が教えられる応用の最後かな。

 トミヤスさん、カオルさん、どうだった?」


「勉強になりました」


「ありがとうございました」


 驚いた顔で、拍手を上げる縁側に座った面々。

 照れ笑いを浮かべ、顔を赤くするイマイ。

 マサヒデとカオルは深々と頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る