第6話 攻略対象者その3 精霊王子レオン

ティアレーゼは本を読むのも飽き、そろそろ部屋に戻ろうと泣きやんだハンナと共に廊下を歩く。


オスカーは執事修行で、ヨーゼフに付いている。

ランマル先生は騎士団の方へ行ったし、ハンナと二人で、さて、何をしようかと迷う。


ーーーーああ、でも少し眠いかも。


「まだ病み上がりなのですから、少しお休みなさいませ」


ハンナの優しい提案に乗って少しの昼寝をしようか。

ドレスを脱いで寝間着に着替える。

落とされる光量と光を遮るカーテンが優しい。


あ、ランプの魔石を替えてくれたんだ。良かったです!


ベットに潜れば直ぐに眠りの妖精が囁く。

うつらうつらしているティアレーゼの瞳に、そっとハンナが下がるのを写した直後、もう意識は無かった。






ユサユサと身体が揺れる。

気持ち良く寝ている時に邪魔をされるのは、不機嫌の元になる。

ティアレーゼも例外ではなく、腕を振るってイヤイヤするが、揺さぶる力は強くなる一方だった。


ティアレーゼは身体を丸めて、抵抗するが、中々起きないティアレーゼに、揺さぶる相手が痺れを切らしたのか、遂に耳元で大きく叫ばれた。


「オイ!起きろ!!」


「ななななな、何!?何事なの!?」


文字通り飛び上がって起きたティアレーゼの目に飛び込んで来たのは、温室でであった人外美貌の王子ーーーー精霊の王子様レオンだった。


「ーーーーレオン?」


「良かった起きてくれて。お前の同意が無いと国へ連れ行けないからな。行くぞ!」


突然の事にプチパニックを起こしているティアレーゼに説明も無くレオンが腕を取る。


え、行くぞって何?どこへ?国って、レオンの国?

ティアレーゼの思考がグルグル回る。


「とにかく、頷け!はい、でもいい、頼むから!」


ティアレーゼは、切羽詰まって言うレオンに思わず「はい?」と言ってしまう。

肯定の返事では無い。疑問の「はい?」だが、レオンは都合良く取ったのか、わざと知らない振りをしたのか。

よし、と一言いうと、レオンは呼び出した魔法陣の中にティアレーゼごと飛び込んだ。





クラリと目眩がした瞬間、ティアレーゼが居たのは大きな寝台のある、まるで王様の部屋の様な豪華な部屋だった。



「母上!父上の様子は!?」


長く、緩やかに波打つ金の髪、新緑とも、深い緑とも見える煌めく瞳、真珠色に輝くドレスに蜉蝣の羽の様に薄いケープ。

少女にも、ろうたけた美女にも見える不思議な、それでいて圧倒的な美貌が眩いーーーー恐らくは精霊の女王、ティターニア様だ。

レオンが母上と言っていたしね。


「お前、エリスの花を俺にくれた時、これで母上と••••父上が、助かるって言っただろう?あの時の俺は母上を助ける為に、エリスの花が欲しいとしか言わなかったのに。父上の事は言わなかった筈だ」


「そう、でしたか?覚えて無いのですが」


ティアレーゼはあの時はまだ、前世の記憶は思い出していなかった。

無意識に出てきたのだろうか。


だが、察しの良いティアレーゼは、ここに攫われた理由がわかった。

エリスの花で女王は助かったが、精霊王の魔毒が身体から抜けないのだろう。


ティアレーゼはレオンと出会った時の事を思い出す。


温室でバッタリであったレオンは、聖獣を従えて発光していた。

流れ星だと思ったのに光る人間だった事にティアレーゼはがっかりしたのだけれど。


『この辺りにエリスの花が咲いている、とこの土地の精霊から聞いた。俺は精霊王の息子レオン。頼む、エリスの花が咲いているなら分けて欲しい。魔毒のーーーー母上がそれでたすかるんだ。精霊界にはもう咲いていない。礼はする。この通りだ』


必死に頼み込んでくる綺麗な少年にティアレーゼはいくつか株ごと渡した。

きっとその時に、余計な一言を言ってしまったのだろう。


今思えば少し頭が痛かった気もするし、前世とゲームの内容を思い出す前兆だったのかも知れない。





ああ、やっちまいましたかと思うも、放っておける状況では無いので、ティアレーゼはゲームの知識、知っている事を話す。


「邪竜を退けた時に竜の鱗が剥がれませんでしたか?その鱗、欠片ですが、王様の足の小指の隙間に棘の様に刺さっているんです。それが原因かと。棘を抜いて、解毒をすれば助かる、かも?です」


王と女王はゲームの中では精霊界を襲った邪竜と戦い、退けるも深手を負ってしまう。

邪竜の魔毒に侵されて、解毒が出来るエリスの花が必要になるが、今の精霊界にはないのだ。

唯一咲いてる情報がティアレーゼの屋敷だった。

そこで、ティアレーゼはレオンを使役ーーーー隷属させる事を条件にエリスの花を渡すんだけど、間に合わずに女王は死んでしまう。


ティアレーゼが渡すのを愚図った所為なんだけどね。


コレがレオン闇堕ちの原因なんだけど、女王は解毒が間に合った様だ。

女王の癒しの力が復活して、王も何とか生きてるし。


棘さえ抜いてしまえばエリスの花の解毒作用で助かる、筈だ。


いきなり現れた怪しい少女の言う事なのに、女王に躊躇いは無くて、王の足を目の高さまで持ち上げると、「あったわ!コレね!」ってどこから出したのか、ピンセットで摘むと、勢い良く引き抜いた。


爪ごといちゃったような気がするんだけど、王様大丈夫かな。


顔色が更に悪くなったのは、ティアレーゼの気のせいじゃないだろう。


女王は、どす黒い瘴気を放つそれを小瓶に入れて、蓋をする。


レオンは王様の鼻を摘んで、口から薬っぽいナニカを流し込んでいるんだけどーーーー精霊界でも良薬はあんな感じなのかしら。


暫くすると、王の顔色がみるみるうちに、良くなってきた。

もう大丈夫だろう。

盛大にイタイ!と叫んで起き上がりましたが、その辺は女王と息子さんに聞いていただきたい。



「あの、御用が済んだのでしたら、帰りたいのですが。家の者がーーーー黙って連れて来られたもので。私が居ないとわかった大変な事になるんです」






大慌てでレオンに連れ帰ってもらったおかげで、抜け出した事をハンナにバレずに済んだ。


これで攻略対象者のレオンの闇堕ちも阻止した事になるのだが、ティアレーゼにとっては悪役令嬢にならずに済むので良いが•••••何かを忘れているような気がしてならないのだ。


ティアレーゼは、攻略対象者にはこれから徐々に、出来るだけ関わらないようにしていって、そっとフェードアウトする所存なのだ。


ヒロインとお好きに遊ばせ!なのだけどーーーー。

ゲームスタート、どうなるのかしら?




「おい、聞いているのか!?」


「ーーーーえ?ああ、まだいたのですか?早く帰った方が•••••」


「聞いてなかったのか?お前、まだ契約精霊が居ないだろう?俺がお前と契約してやる」


一瞬ポカンとしてしまうも、ティアレーゼは直ぐに我に返ると、一刀両断する。


「ーーーー却下します」


面倒な事はお断りに限るッ!

それに、レオンと契約したら悪役令嬢ティアレーゼと同じ状態になってしまう。

少しでも被る状況は避けたいと思うのは当然だ。


「どうしてだ?今なら俺の守護聖獣もついて来るぞ!」


「お帰りはあちらです」




それからティアレーゼは、食い下がるレオン王子を帰すのにやたらと精神力を使ってしまい、ようやく帰ってもらえた時にはぐったりしてしまう。


ベットへダイブしたティアレーゼは、これからレオンが毎日のように、公爵邸へ訪れるようになるとは微塵も思っていなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る