第7話 攻略対象者その4 アレンフォード

  ティアレーゼの私室に重い溜め息が落ちる。

 子供用の小さな文机の上に一枚の封筒。

 子供に充てられたにしては、上質過ぎるそれは、金箔の装飾と封蝋に王家の紋章が捺されている。


 もう一度、ピラッと宛名を見る。間違いはない。

 そこにははっきりと、ティアレーゼの名前が、子供が書いたにしては綺麗な手蹟で、しっかり書かれていた。


 内容は読まなくてもわかる。

 この国の王子、アレンフォード•エル•ヴァルム殿下からの、個人的なお茶のお誘いだ。


「毎月、毎月、送って来るなんて、意外とマメなのかしら」


 確か、オスカーと同じ歳だったと記憶しているが、今はまだ兄弟は居らず、ヴァルム王国唯一の王子殿下だ。


 二年前の王子宮で催されたお茶会で、ちょっとしたアクシデントがあってから、この手紙が送られて来るようになったのだがーーーー。


「グーパンで殴られた挙句に言動をダメ出しされて、服までひんむかれた相手をよく誘う気になるものね。嫌がらせなのかしら!?」


 大いに、有り得る。

 なんせこのアレンフォード王子は攻略対象者の中でも軍を抜いて性格が悪い。そして腹黒い。


 失礼にならない程度でお茶の誘いは受けているがーーーー王子の性格もだいぶ丸くなったとは思うけど、そこはかとなく黒さが漂うのだ。


 あの一件で、ティアレーゼが堅苦しい場が苦手な事はわかっているだろうし、嫌がらせの可能性が高い。


「先月行ったんだから、断っても良いわよね。病み上がりだし」


「何を断るんだ?俺は諦めないぞ?」


 急に背後から聞こえた声にティアレーゼ息を吸い込んで驚く。


 ヒューッと変な悲鳴になってしまったが、小さく済んだので、部屋の外には聞こえていないだろう。


「レオン、急に現れないでって言ってるのに。びっくりするじゃない。それに、私が着替え中だったらどうするの?」


「別に?どうもしないが。ああ、裸を見られるのが駄目なら、俺の妻になれば良いだろう?」


「•••••一体なんの話よ?!もう」


 レオンはティアレーゼの手にある封筒を見て顔を顰める。


「断るんだよな、その招待」


 そのつもりだけど、と言いかけてティアレーゼは黙る。


「ねぇ、先月の王宮でのお茶会で。レオン、貴方もしかして、ガゼボの周りの薔薇を。総ての花弁を落、としたでしょう?」


 ティアレーゼがじっとレオンの瞳を見ればそれが左右に動く。


「え、あ、いや!だって、お前、俺の招待は全部断るだろうが!」


「当たり前でしょう?人間がホイホイと精霊界に行って良い訳ないでしょうに」


「父上も母上も歓迎してるぞ。問題は無いじゃないか」


ーーーー人間サイドからしたら大ありなんですよ、とティアレーゼは溜め息に乗せて吐き出した。


「それに、なんでいつもティアレーゼと二人っきりなんだ。気に入らないな」


「私に聞かないでくれる?こっちが聞きたいわよ。嫌がらせでしょう、どうせ」


「お前、一体何を仕出かしたんだ••••」


「二年前のお茶会で、王子サマをグーパンした?」


「疑問符付ける意味がわからんが••••」


歳の近い子供達を集めた顔合わせのパーティでの出来事だった。

前世を思い出してはいなかったが、影響はあったのだろう。

どこぞの劇の、クソ王子擬きの様な呆れた言動、そして幼い令嬢に対するあるまじき行為にブチ切れたティアレーゼは、休憩なのか、侍従を伴い木陰に隠れた王子に物申したのである。最初は言葉で、次に物理で。


ーーーー令嬢に謝ってこい、と。


そこで、敏いティアレーゼは気が付いてしまったのだ。

王子が背中や肩を庇っている事を。

侍従にも気が付かせず、痩せ我慢をして。

袖を捲れば抓られ血豆がいくつも出てくる。


速攻でティアレーゼは剥いた。驚く侍従を無視して王子を剥いたのだ。


そこで目撃した、数ある痛ましい傷。

言葉を失う侍従に指示し、控室にいる筈の義母を呼んでもらい、王子の家庭教師による虐待が発覚した訳で。


誰にも見られずに、内々で処理出来た事は良かったけど、流石にグーパンは怒られた。それはもう、こってりと。


その詫びで訪れた王子宮では、あのクソ王子、お腹でも壊したのか、憑物が落ちた様だったとティアレーゼは記憶している。


思えはアレからよね、この招待状が届くようになったのって。

たまの様子見も兼ねて、誘いを受けていたが、今の所は闇堕ちの気配はない。


こんな事は人間じゃないレオンにだって言えないので、曖昧にごまかす。


大体この王子には興味が沸かなかったから、ゲームでも放置気味だったし。


「そっち、断るならば、別にいいが。俺との契約は断るなよ?」


「精霊との契約は、十歳の時に教会で儀式をして、呼ばれてくれた相性の良い精霊とするの!そう言う決まりなんだから仕方がないでしょうに」


闇契約にしてしまう訳にはいかないのだ。

悪役令嬢への道が開いてしまう。


「ならば、その儀式とやらで、俺がティアレーゼに呼ばれれば良いんだな?」


「レオンじゃない精霊の方が相性良いかも知れないし、分からないわよ、そんなの」


精霊界の王子なんだから、この辺の事情は詳しいだろうに。


「上級の奴らが呼ばれ行くわけないだろう?まぁ、よほど惹かれた奴じゃないと、まずないだろうからな。興味なければ聞かないから良くは知らんな。それに、俺、オウジサマだからな?お前に惹かれた精霊を抑えるなんて簡単だぞ」


「ハイハイ、それじゃぁ、二年後に忘れてなければ会いましょうネー」


忘れて構わなくてよ!

と投げやりなティアレーゼの言葉にレオンの片眉が跳ね上がる。


「はぁッ!?何言ってるんだ、お前。俺が離れわけないだろう?ただでさえ虫が寄って来るのに。追い払う身にもなれ」


ーーーー何言ってんだコイツ。


ティアレーゼは、思わず半眼でレオンを見てしまう。


「とりあえず、その封筒の中身、返事を書け。俺が届けてやるから。どうせその招待状もアイツの精霊が届けたんだろう?」


「良いの?それは助かるけど••••良いの?精霊の王子がこんなお使いしちゃって」



いいさ、序だしなって、レオン、一体なんのついでよ?



数年後、この時の呑気さを責めたくなるとは思わなかったティアレーゼであった。




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