第5話 謎の多いランマル先生

 不味すぎて舌が麻痺するのでは、と思う。

 いっそ麻痺してほしい。

 味については形容し難い感情が渦巻いて、言葉にならない。


「ーーーー•••••」


 この不味さは誰にも言い表す事は不可能だろうと思う。

 いくら出来の良いティアレーゼでも無理です。

 なのに、どうしてランマル先生はそんなに嬉しそうなのか。


「いやぁ昔から良薬は口に苦しと言うからね」


 苦いレベル超えてますよ先生。

 相変わらずの和テイストな衣装に容姿。

 この辺はきっとゲーム制作陣のこだわりもあったと思う。

 そう言えば、先生は穂乃果一番の推しだった。攻略対象者じゃないけど、このランマル先生が出てくる場面は全て見たと言ってたし。


 ゲームのランマル先生は、東の大陸のその先の島国出身と言っていた。

 随分遠い所からと思ったけど、そうだった転移魔法を使える人がいる世界だったと思い直す。

 無制限に使える訳じゃ無いけど。


 西の医療術を学びにやってきたランマル先生は、一人の女性と恋に落ち、それがグランツ公爵家の使用人だった事から、ランマル先生も公爵家に仕える事になったんだよね。


 だから本邸から離れた別邸で生活している。そこが病院も兼ているのだ。

 騎士団も怪我がおおいし、魔物討伐などで入院が必要な人も出てくるからね。


 この先生に関しては、攻略対象者じゃないからか、ゲームと設定は変わっていない?

 脇役キャラなので、よく知らない分からない事が多い。

 うーん、今の所、狂ってるのはランマル先生の味覚だけだと思う。

 お子様共々、円満なご家庭で何よりです。


 あ、そうそうびっくり事実は判明した。


 ーーーーそう、妻がティアレーゼの乳母、ハンナなのだ。


 息子がティアレーゼよりも半年早く産まれていて、体格がよその子と比べても大変良い。

 身体強化能力に既に目覚めていて、グランツ公爵の名で、王都の騎士養成学校に入学させる為、グランツ公爵家の騎士団長に預けられている。


 不味い薬っぽいナニカを遂に片付け、勝利を確信したティアレーゼはハンナに淹れて貰ったお茶で口直しをする。


 闇堕ちしてるのはこの薬じゃないかと思う。

 ーーーー割と本気で。


「そう言えばお嬢様。何故あんな夜中に温室へ?」


 ああそうだった。夢だと思ったけど夢じゃなかったんだ。あの夜の出来事は。


 そう、流れ星が落ちてきて来たと思ったのよね、ティアレーゼは。


 あの光は攻略対象者ーーーー人では無い。

 精霊の王子、レオンだ。






 夜中に目が覚めてしまったティアレーゼは、いつもならほんのり灯る就寝灯が、沈黙している事にビビって、シーツに潜ろうとしたんだけど、その時にカーテンの隙間から強烈な光が射し込んだ事に驚いたのだ。


 星が降ってきた!ってお子様が思ってしまうのは無理も無い。

 暗闇の恐ろしさもぶっとんで、そっと外を覗くとキラキラした塊が温室の方に見えて、好奇心の赴くまま、バルコニーから飛んで見に行ってしまったのだ。


 でも何と説明すれば良いやら。

 ティアレーゼは温室でレオンと合った後に倒れてしまい、早朝の手入れをしにきたロンバートに見つけてもらってーーーー風邪熱を出して寝込んだのが真相。



「温室に流れ星が落ちたと思ったの」


 うん、実に子供らしい言い訳だ。嘘じゃないし。


「黙ってお屋敷から抜け出すのはお止めください。お願いですからーーーーティアレーゼ様」


 ギュッと、ティアレーゼの小さな手を握るハンナの手が震えていて、自分の立場を考えた。


 そうだった。ティアレーゼは公爵家の令嬢だ。何かあればハンナの首が飛ぶ。物理で。


「ごめんなさい。ハンナにはお叱りがいかないようにーーーー」


「違います、そうでは無くて!」


 最後まで言い終わらないうちに、ハンナの珍しくも大きな声が、かぶった。


「心臓が縮上がる思いを致しました。いつぞや、エリスの花を持ち帰った時も、まだ日が登らぬ朝に、ロンバートに抱えられて気を失ったティア様を見た時も•••••」


 そこまで言われて気が付いた。

 ハンナは実の子と同等以上に、ティアレーゼを大切に思ってくれている。

ティアレーゼも、母親の様に慕っていた。


「あーーーー。うん、心配掛けてごめんなさい、ハンナ。もうしないから、泣かないで?」


この言葉をこの後に早速破ってしまうとは、ティアレーゼは想像もしてなかった。





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