子どもの見つめる先
佐々井 サイジ
第1話
一歳七か月になった息子は十一キロになり、抱っこすると腰にじんわりと痛みが広がり、そのまま貼りついて取れない。理想は部屋を暗くして絵本を読んでウトウトさせてから息子のお腹に一定のリズムで触れるうちに寝てくれることだ。でも絵本を読もうと声を掛けると「うー」と激しく首を振り拒絶する。
「生後三ヶ月のときに寝かせてた方法が子どもが一番安心するんだって」
息子を寝かせるのに小一時間かかった私はソファーに座って腰をさすっていた。妻がスマートフォンで調べて手に入れた知識を共有してくれた。
「じゃあ、抱っこじゃないと寝れない体質にしたのは俺たちってこと?」
「そうなるね」
妻の笑顔は完全に引きつっていた。私も同じ表情だろうと思った。
息子のぐずり声が聞こえた。途端に大声の叫びに変わった。
「寝てからまだ一時間も経ってないのに……」
「私が行こうか?」
「いや、いいよ。俺が行く」
正直、妻に代わってほしいとは思うが、間もなく臨月を迎える身体に負担をかけたくない。
「どうした? 寂しかったのか」
「うん」
意味が分かっているのか、わかっていないのかは不明だが、はっきりした返事する息子に今度は自然と頬が持ち上がった。はっきりした言葉はまだまだ喋れないが、バナナを「バババ」、ごちそうさまでしたを「でーでーでーでーでー」という息子が愛おしくてたまらない。リビングから差し込む光で、息子の頬に小さく膨らんだ涙が見えた。
小さく揺らしながら子守歌を歌う。息子の目は開いたまま、天井を見上げ続けている。一歳半になってから毎日こんなかんじだ。学生時代に心霊番組をよく見ていた私は、天井に霊がへばりついているのではないか、また、長い髪が垂れ下がっているのではないかと余計なことを想像して息子と一緒に見上げることができなかった。
とはいえ、ここ一ヶ月、ずっとこんなかんじだ。「寝ようね」と声をかけても、目を見開いて天井を凝視したまま動かない。私は目玉だけを上に向けた。しかし、おかしいものは何も見えない。息を深く吸い込んで一気に頭を上げた。そこには顔も長い顔もなく、いつも見飽きている天井がうっすらとみえるだけだった。目を凝らしても結果は同じだった。
子守唄を十回ほど繰り返し歌うと、息子はようやく息を立てて眠り、慎重に膝を曲げてから子どもを寝かせ、手を引き抜いた。
リビングからの光が大きく差し込んできて振り向くと、妻がドアから顔を覗かせていた。私は口だけを動かして「寝たよ」と伝えた。ドアが閉められたあと、しばらく掛布団越しに息子のお腹をとんとんと優しくたたき、起きる気配がなくなるまで待った。
服が擦れて音が出ないよう慎重につま先だけを床に落とす。ドアに向かって一歩踏み出すと右足がボールのようなものを蹴ってしまった。息子が散らかしたものが残っていたのだろうか。蹴ってしまった方向に目を凝らすとドアの前に黒いものがある。ボールのようにきれいな球体をしているわけではなさそうだ。むしろところどころ小さな凹凸がある。近づいてみると、それは急に反転し、顔が動き出した。
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