小学校の図書委員会で無双した話

六野みさお

無双した話

 学生生活で避けては通れない活動のひとつに、『委員会』があります。環境委員会や放送委員会みたいなアレですね。花壇の花に水やりをしたり、お昼の放送をしたり……ちなみに、私の小学校には『給食委員会』なる委員会がありました。これは毎日今日の給食の原材料名を全て読み上げる謎の委員会で、放送委員会がヒット曲を流す前の退屈な時間を作り出していました。おそらく食べ物に興味を持ってほしいのだとは思いますが、もっと他にやり方があるでしょう。


 しかし、小説界隈の方々にとっては、最も身近な委員会は『図書委員会』でしょう。本好きなら絶対一回はやったことがあるはずです。私もその例に漏れませんでした。ということで、今回は私が小学校時代に、図書委員長として無双した話をします。


 さて、まずは私の小学校の図書室の地理的な立地を説明しなければなりません。私の小学校は折れ曲がりのない3階建てであり、校舎の南側に校庭があり、その東側に比較的広い運動場があります。図書室は3階の中央部にあり、窓からは子どもたちが校庭で鬼ごっこをしているのを見ることができます。


 私は比較的低学年のときから、図書委員長の座を狙っていました。ですから、6年生の最初に今年の委員会を決めるとき、クラスの定員2に対して5人が手を挙げたのは絶望的でした。しかし、なんとかジャンケンで勝つことができたのです。ここを抜けてしまえばあとは普段の信用がありますから、簡単に図書委員長になることができました。


 私の小学校では、委員会に入れるのは5年生からでした。まあ、6歳児に委員会をやらせると大変なことになりそうですから、妥当であるといえるでしょう。とはいえ、みんなが委員会の仕事を真面目にやっているわけではありません。たとえば図書委員会の場合、図書委員会の主な仕事は休み時間に本のバーコードを読み取って貸し出しと返却の手続きをすることなのですが、これをやりたがらない人が多いのです。本当は平等に当番を決めているのですが、実際はみんな休み時間になるとサッカーをしに飛び出していってしまうのです。それで、必然的にどんなときでも図書室にいる私がカウンターに入って仕事をすることになるのです。


 こうなれば、実権を握るのは容易です。まず私は司書の先生を懐柔することから始めました。私は『小学校の図書室は自由であるべきだ』と考えたのです。我々は普段、図書室や図書館では騒いではいけないと教わります。しかし、果たして小学一年生がそれを守るでしょうか。先生が「静かに!」と怒鳴るたびに、生徒は萎縮してしまい、結果的に図書室、本を怖がってしまうのです。これはよろしくない。とりあえず司書の先生は、私が薦めた『獣の奏者』に感動したらしく、私の言うことを何でも聞くようになりました。


 私はむしろ、小学校の図書室はコミュニティであるべきだと考えていたのです。本を通じて、クラスや学年の違う多様な人と交流できる場所にしたかったのです。もしくは、教室に居場所がない人がリラックスできる場所としても。


 また、緊急避難場所でもありました。たとえ生活委員長が「廊下を走るな!」と追いかけてきても、図書室に逃げ込めば安全なのです。生活委員長が「そいつをこちらに引き渡せ!」と迫ってきても、「うん、そうだねえ、でも君も追いかけるときに走っていたよね?」と追い返すことができます。なお、この手はいじめっ子に追いかけられたときにも使えます。


 私の小学校の生活委員会は、校則を守らない生徒を断罪する風紀委員会のような性格を帯びており、生活委員長はかなり権力のあるポストだったのですが、私は生活委員長をも懐柔することに成功しました。「俺の言うことを聞かないと、探偵チームKZを図書室に追加するように働きかけてやらないぞ?」と言えば一発なのです。


 そう、図書委員会のもうひとつの大きな仕事は、生徒の希望を聞き、司書の先生に本を買うように働きかけることでした。どれくらいこれらの希望を先生に上げるかは図書委員の一存ですから、これも図書委員の権力が強化される一因だったのです。


 私が図書委員長だったころ最も小学生に人気だったのは、いわゆる『サバイバルシリーズ』でした。これは子どもたちがなぜか極限状態に巻き込まれてしまい、それを機転と知識で乗り越えて生還するという筋で構成されている漫画です。意外と国際性が強く、日本人がたまに出てくると『謎の日本人』とわけのわからない紹介をされ、常に韓国人と言い争いをしているキャラになっていたりします。そしてそれをなだめつつモンゴル人の主人公が無双していたりします。それはともかく、このシリーズの新刊を望む声がかなり高かったのです。


 さて、このサバイバルシリーズみたいな大人気作が図書室に入ると、貸し出し希望者が殺到して大騒ぎになってしまいます。そのため、私の小学校には『予約制度』なるものが導入されていました。これはある本が貸し出されていた場合、その本を予約しておけば返却されたときに優先的に回してもらえる仕組みです。ただこれも、待っている人数が多くなると機能しなくなっていました。サバイバルシリーズなら10人待ちはよくあることです。予約してから自分のところに回ってくるまで1年以上かかることもありました。こうなると回ってきたときには読む気がなくなっていることもありますし、6年生になると「悪いが諦めろ。この本はすでに15人待ちだ。絶対にお前が卒業するまでに回ってこないぞ」となってしまいます。


 他に人気があったのはすみっコぐらしシリーズです。サバイバルシリーズは低学年から高学年まで男女問わず読まれていましたが、すみっコぐらしは中学年女子が中心でした。


 この中学年女子というのが、図書室のヘビーユーザーでした。ほぼ毎日図書室に来て、すみっコぐらしやら『子どもでもわかる占い』だとか『学校の怪談』のシリーズやらに集団でキャーキャー言っていました。そして珍しいことに、本を読む人は偉いという謎の風潮があり、読書家がクラスを支配するという謎のスクールカーストが生まれていました。


 これは私の小学校が『本をたくさん借りた人を表彰する制度』という変な制度を作ったことに起因します。誰が何冊本を借りたかは図書室のパソコンに全て記録されているのですが、これを集計し、年度末にその年度で最も多く本を借りた人を表彰することによって読書を推進しようという、一見素晴らしい企画なのです。しかし、これが中学年女子にスクールカーストと対立を招いていました。


 わかりやすく説明しますと、3年生の同じクラスに読書家が2人いたのです。この2人のどちらが最多貸し出し賞を獲得するかで争っていました。この読書家の2人がなぜかクラス内のカーストの最上位になってしまい、それぞれ5人程度の取り巻きがいて、あらゆる方法で自分たちのリーダーに最多貸し出し賞を取らせるために策を練っていました。たとえば、リーダーに5冊本を借りさせて、それを5人で手分けして読むという方法がありました。別にわざわざ読まなくてもいいのですが、彼女たちは『借りた本は読まなければならない』という謎のマイルールから脱却できていないので、とにかく本を借りて超高速で読んで返すことを繰り返していました。だからこそ、比較的読むのに時間がかからないすみっコぐらしと占い本が重宝されていたのです。


 私自身ももちろん休み時間は全て本を読むのに使う男子だったのですが、それでもいかんせん読む本のページ数が多いので、最多貸し出し賞を取ることはできませんでした。要するに名誉のために冊数を稼ぐだけの中学年女子2名の次だったのです。私の次の順位だった5年生の女子には恨まれていました。なぜなら私が人気の少女小説のシリーズの新刊を全て先に借りてしまうからです。


 これは、図書室が新刊がいつ入るのかを公開していなかったことが原因です。これを公開してしまうと、新刊が入った日に貸し出し希望者が図書室に殺到し、物理的な取り合いになって本が破れる危険があったのです。それから、このシステムは教室が3階にあって図書室に早く着ける高学年が有利になるという批判もありました。ですので、いつ新刊が入るかはあくまで秘密であり、たまたま行ってあればラッキー、そいつのものになるという感じにしなければならなかったのです。ところが、図書委員はもちろん新刊が入る日を知っていますから、新作の少女小説は私が一番先に持っていくことになります。


 ここで「男が少女小説を読むな!」と叫ぶ保守派はとりあえず潰しておきます。少年も少女小説を楽しんでもいいではありませんか。それに、私の小学校の図書室は蔵書が少なく、私は少年小説は低学年から中学年のうちに読み終わっていて、高学年になると少女小説に手を出すしかなかったのです。熱烈な読書家は女子が多く、少女小説の方が新刊が追加されやすいという面もあります。


 先述の通り、私の時代の図書室は喋ってもいいことになっていましたから、毎日女子たちがKZのカップリングについて議論を戦わせていました。若武やら上杉やらが素晴らしい挿絵とともに絡んでいるのは妄想がはかどるものです。俗に『青本』といわれていた青い鳥文庫、『緑本』といわれていた角川つばさ文庫は少女小説の宝庫であり、カップリング論争はここのレーベルが中心でしたが、三国志でカップリングを考えているようなレアケースもありました。青い鳥は古典も強く、赤毛のアンでは例のギルバート君が超絶美少年の挿絵とともに描かれていました。まあ5ページ後にアンに石板で殴られるんですが。とにかくこれに生徒会幹部の女子がどハマりしていました。


 この生徒会幹部の女子と生活委員長はスクールカースト的地位は高いのですが、なぜか2人とも腐女子で、彼女たちの圧力で追加された少女小説は数知れません。私が少女小説を読むようになったのは彼女たちの影響もあります。青い鳥なら若おかみやら黒魔女さんやら夢水清志郎やらを、角川つばさなら怪盗レッドやら天才作家スズやらを、彼女たちに「読まされ」ていました。若い方なら題名を見て悶絶しているかもしれません。当時は私も楽しく読んでいたのですが、最近怪盗レッドを読み返して、どうして私はこんなトンデモな小説に興奮していたのだろうと恥ずかしくなりました。生徒会幹部の女子は現在(高校)でも同じクラスなのですが、当時の話はお互い避けています。黒歴史なのです。


 また、図書室がコミュニティになったことで、図書室は情報が集まってくる場になりました。誰が誰に告白しただの、誰と誰が仲違いしただの、全学年の井戸端会議が聞こえてきてしまうのです。これも図書委員の権力の一因でした。あるとき四年生で女子の転校生が来たのですが、この事実は数日前から図書室では噂として入っていました。このため当日にはその転校生がどれくらいかわいいのかを見極めようとする野次馬で教室前が満員になりまひた。しかし、転校生は気にせず初日から図書室にやって来てカップリング論争を仕掛け、そしてカップリングの権威だった生活委員長と生徒会幹部に認められてしまったため、速攻で社会的地位を獲得しました。彼女はのちに図書委員長になったようです。


 私自身は、6年生の後半になると少女小説すら読み終えてしまい、誰も読まない『大判日本の歴史』のような学術系にシフトしていました。これはかなり古いもので、生活委員長と生徒会幹部はこのような時代遅れの本はさっさと処分して少女小説を入れろと主張していましたが、私が説得しました。


 もしかすると、小学校の図書委員長だった時代が私の全盛期だったかもしれません。別にこれは今の私がただのヲタクになっているという自虐ではなく、本の力はすごいものだということです。いつかこれを題材に一本小説を書いてみたいとも思いますが、まあそれはいずれ。

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