第24話 落ち付きのない部下

 滑走路に用意されていた輸送機は、四機だった。加えて、護衛用の戦闘機三機が待機している。輸送機四機のうち一機はラスとイヴリン、そしてイヴリンが連れてきたモルトス五体と烏一羽が既に乗りこんでいる。他三機は、先程ラスが鎮めたモルトスらを積んでいるとのことだった。


「まさかユンケルスとはな。俺はあっちの方が好きだが」


 アボットと連れ立って指定された機体に移動する途中、横を通過した複葉戦闘機を、アレックスは顎で示した。

 『ケルトニア軍のじゃじゃ馬』と呼ばれているこの戦闘機は、操縦には熟練を要するが、旋回能力でこれに及ぶ機体は存在しない。先の大戦ではアレックスもこの機体を操縦し、敵の機体を幾つも撃墜した。一方、これから乗るユンケルスは、かつて敵国だったテウトニアが民間旅客機として開発した、全金属製低翼単葉機だ。それを戦後、ケルトニアが輸入し、輸送用に改装したのである。

 いつもならここで、一言二言、気の利いたことを言う気配り上手な部下なのだが、今日は黙っている。アレックスは横目でアボットを見ると、鼻で笑った。


「なんだお前。緊張してるのか?」

「いえ」


 アボットは否定したが、その表情筋は明らかに強張っていた。顔色も優れず、階段を上がって搭乗する背中からは、随分と張りつめた空気を醸し出している。

 アレックスは、「小心者が」とアボットに聞こえないよう嘆息した。


 突然、機内から「わあっ!」という、驚いたような悲鳴が聞こえる。声から考えて、先にモルトスらと搭乗していたラスのようだが、急いで階段を上がったアレックスは、目の前の光景に目を疑った。


「や、やあ」


 てっきり射殺済みだと思っていた狂科学者が、機体の隅に山積みされている毛布に挟まっていたのである。毛布を取ろうとしてジャンを発見したのだろう。ラスとイヴリンは尻もちをついており、アボットはホルスターから銃を抜いて構えている。烏はラスの頭の上でジャンに向かってガーガーと威嚇している。落ちついているのは、座席が全て取り除かれた床板の上に並んで座っている、五体のモルトスだけだった。


「何をやっとるんだアホ科学者!」


 思わず大声を出したアレックスに、ジャンが「しーっ!」と人さし指を口の前に立てた。


「静かにしてよ見つかっちゃうだろ! 僕、殺されかけたんだ!」


 それでこの機体に逃げ込んで、隠れていたというわけである。アボットが操縦する予定の機体に入ったのは、ただの偶然だった。


「もうここには居られない! 早く出発してよ!」


 ジャンは癇癪を起こした子供のように、拳で毛布を叩いて離陸を催促する。

 アボットは力が抜けたように銃を腰のホルスターに戻すと、壁に引っ掛けられていた防寒用ジャケットを一着取り、黙って操縦席に座った。


「街の真上だろうと海上だろうと、邪魔だと思ったらすぐに落っことすからな」


 アレックスはジャンを指さし、余計な事はしないようきつく念押しした。こくこくと何度も頷いたジャンが、甲羅に引っ込む亀のように毛布の山の中に身を隠す。


「お、オラティウム空軍基地までは、どれくらい?」


 アボットと同様、用意されていた防寒用ジャケットに袖を通しているアレックスに、歩み寄ってきたラスが訊ねた。

 アレックスは毛皮が縫いつけられたジャケットの襟を立てつつ、「訊くだけ無駄だ。お前の行先は別になる」と答える。そして一拍の後、「多分だが」と付け加えた。


「え、それじゃあ、ど、どこへ?」

「それは俺にも分らん」


 今度は、ジャケットのポケットにねじこまれていた防寒用手袋を装着しながら、操縦席のアボットを一瞥する。断熱処置が施された密閉式の機内とは言え、飛行中の操縦席は氷点下になる事も珍しくない。にもかかわらず、アボットの手に手袋は嵌められていなかった。

 アレックスは手袋が未装着の右手で、腰の銃にするりと触れる。やはり分厚い手袋をしていては、引金を引くのが遅れそうだ。アボットはそう考えたのだろう。ならば……。

 黙して考えたアレックスだったが、間もなく腹を決め、右手にも分厚い手袋をはめた。その手で、ラスの胸倉を掴んで引き寄せる。


「約束しろ案内人。何かあったら、命をかけてイヴリンを守り抜け。五体満足で村に帰すんだ。分ったか」


 相手の耳元で、聞こえる限界ギリギリまで声を落として伝えた。

 狂科学者は頼りにならない。モルトスにいたっては、ただの荷物だ。ならば癪ではあるが、身のこなしだけなら鍛えられた軍人にも劣らない、フールーの案内人に頼むしかない。


「な、何かって?」


 ラスが不安げに訊き返した。


「操縦士を失った機体が墜落するような事態になったらって話だ」


 具体例を提供してラスの胸倉を解放したアレックスは、正操縦士席に座っているアボットの右隣。副操縦士席に向かった。


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