第21話 再会
ラスが免れたのは、手錠だけだった。移送日までこの施設に監禁される旨が言い渡され、荷物は防護服を着た二人に没収された。マッキンリーは、上層部にラスの報告をすると言って、フェロックスを収容していた部屋から出ていった。
ラスとアレックス、アボットの三人は、ジャンの研究室に招かれた。一緒に昼食をとろう、とジャンが誘ったのだ。
「大体いつも、移送場所が決まるまで数日かかるよ。嬉しいなあ。君とは仲良くできそうだよ、ラス」
ジャンがうきうきとした足取りで、三人を研究室まで案内する。
ジャンの研究室は、巨大な本棚が向かい合い、床には書類が散乱していた。よくもまあこんな汚い部屋に招いたものだと、アレックスは呆れる。
中央にある四人がけのテーブルに客人を座らせたジャンは、奥のデスクに移動すると、山積みになっている紙類を床に落としてその下から電話を発掘した。受話器を取って、内線ボタンらしきものを押す。
「やあ、ジャンだよ。昼食を四人分おねがい」
それだけを簡単に告げて、受話器を下ろした。
ほどなくして、料理人らしき恰幅のいい男が、配膳カートを押して現れる。配膳カートには、トレーが四つ。トレーの上には、肉と野菜を煮込んだシチューと、パンとコーヒーが並んでいた。
男は終始無言。雑な手つきで、客人三人とジャンの前に昼食を乗せたトレーを置くと、配膳カートを押して部屋を出てゆく。扉を閉める際、「皿は自分で持ってこい」と仏頂面でジャンに言った。
ジャンが笑顔で「はいはい」と手を振り、料理人を見送る。アレックスは、資料棚らしきものの上に山積みされた食器を一瞥した。恐らくこれらの食器も空になれば、あそこに積み上げ放っておかれるのだろうと予想する。
「これ牛肉ですよね。フェロックスにやったやつの残りとか?」
アボットが、スプーンでビーフシチューをかきまわしながら顔をしかめる。アレックスは構わず、最も大きな肉の塊をスプーンですくい上げて口に運んだ。
「あいつらは切り身なんぞ食わんだろう」
咀嚼しながら、アボットに言う。
フェロックスが牛を食べるなら、生きた丸ままのはずである。プールの底に転がっていた牛の骨も、頭蓋骨から脚の骨まで全て揃っていたように見えた。
「よく食べられますね、中佐。さっきの部屋の臭いが、まだ鼻に残ってる……」
アボットは、鼻を強くこすっている。デリケートな奴だ、とアレックスは嘆息した。ジャンなどはフェロックスに引けを取らないくらいの食いっぷりだというのに――と、正面の席でシチューをかっこんでいる狂科学者を比較対象にしかけたアレックスだったが、いや、これと比べるのは流石に間違っているな、と考えを改める。
「嫌ならパンでも食ってろ」
フェロックスだらけだった部屋を連想させそうにない丸パンを指さしてやると、アボットは「そうします」と素直にパンを千切って食べ始めた。
「ほら、君も早く食べて。口の大きい人は健啖家の傾向が強いっていうんだよ」
ジャンが、人相学らしき学説を根拠に、隣のラスに料理をすすめる。ラスは暗い表情のまま、黙って料理を見つめているだけだ。
ジャンは暫く黙って、ラスが食器を手にするのを待っていた。その間、壁掛け時計の秒針が、三十回ほど鳴る。とうとう三一回目にして、いつまでたっても腕一本動かさないラスに痺れを切らしたジャンは、両手を上げて諦めを表現した。
「いいんだ気にしないで。僕、人相学にはあまり頼らないタイプだから」
そう言ってまた、シチューをむさぼりはじめる。
「じ、自由に、してもらえなかった」
ぽつり、とラスが呟いた。
やはりラスは、マッキンリーの言葉を真に受けていたらしい。というよりは、額面通りに受け取っていたのだろう。アレックスは、もっとよく考えろ、と苦言を呈しかけたが、それより先にジャンが「そうだよねえ!」とラスに強い共感を示した。
「所長ってホント嘘つきなんだ。僕もしょっちゅう騙されるんだよ。だから僕、あの人のこと大嫌い!」
赤茶色の液体にまみれた口角を下げ、マッキンリーへの不信感をあらわにしたジャンは、マッキンリーの巧妙な口車に乗せられたこれまでのエピソードを、半年前から遡って順番に語りはじめる。
「いつまで続くんだこれは」
「昨日か今日の恨み事が出るまでじゃないですか?」
アレックスのぼやきに対し、アボットが気の長い答えを返した。
とその時、扉が大きく開かれた。数人の人間が、どやどやと押しこまれるように入ってくる。そのうち五人は、モルトスだ。アレックスは、思わず立ち上がった。その五体には、見覚えがあったのだ。
最後に、黒い物体を頭に乗せた若い女が「ちょっと放してよ! ここどこなの!」と喚きながら若い兵士に押され、後ろ向きに入ってくる。しかし入るなりさっそく、落ちていた書類に足を滑らせた。
「ぎゃ!」
仰向けに転がった女が、色気の無い悲鳴を上げる。
女は、顔が隠れるほどに大きな荷物を抱えていたため、床に手を付けなかったのだろう。その転がり方は、めくれ上がったスカートから太腿があらわになるほどに、豪快だった。
女の頭に乗っていた黒い物体は、女が転倒する直前に翼を広げると、頭から飛び立ち、将校風のモルトスの頭にとまって、カアと鳴いた。烏だ。
「メイ!」
席を立ったラスが、烏に駆け寄る。
「イヴリン!?」
一方アレックスは、机の向こうで転がっている女を覗きこんだ。顔は荷物に押し潰されていて確認できないが、その女が纏っている白衣は、別れ際に妹が着ていたものだった。
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