第18話 妖精との遭遇



なんだアレ。


「ララン」の花が咲いた。

青い、真っ青な花が咲き乱れ、満開の花畑の中に、燐光、ぼんやりと金色に光るところがあった。

ゆっくり、声を殺して、花畑の中に入っていく。


テオドラの抱擁には魔法が掛かっていたみたいに、次の日から僕はかなり元気になっていた。

疲れ方がすごく緩やかになっていたこともあるけど、満開の花と不思議な現象に一気に疲れは吹き飛んだ。


せっかく咲いたラランの花を踏んでしまい、折れたはしから甘い香りが広がっていく。

すごく幻想的だった。


この世界が日本ではなく異世界だって思ったとき以上に幻想的な状況だった。


おお!っと思わず声が漏れてしまう。


「まじか!もしかして妖精?」


青い花が集まってベッドみたいになっていて、発光元である4枚の羽がちらちらと鱗粉を撒き、おぼろげに光っていた。


やばい、触ってみたい。妖精かよ!触りたい。虫みたいなのかな?それとも人と同じなのかな?温かい?冷たい?固い?いや、質感からして人っぽいし柔らかそう。うわー。触りたい。触れてみたい。言葉は通じるのかな?いやいやテレパシーみたいな感じ?テレパシーならこの思考を読まれちゃってる?どうしよ!うわー!妖精かー!欲しい。飼ってみたい。何を食べるんだろう?何を飲むんだろう?花畑にいるくらいだから花の蜜とか飲むのかな?そもそもラランの毒って効いてない感じ?飛べるのかな?鱗粉は毒があったりするのかな?いや、飛べないものを飛べるようにするんだ!きっと!いや、そうであってほしい!


「うるさーーーい!」


ガバッって起き上がって、紫色の瞳が僕を見据える。


「なによ、あんた!アタシがせっかく気持ちよく寝てたのに!ブツブツうるさいのよ!」


とある界隈では感染者が続出するであろう特徴的な声。

薄いピンク色のポニーテールに様々な花を象った髪飾りが揺れて、ほっぺが膨らんでいる。


あっこれ、怒ってる。


ビシッと僕を指差し、静かにしなさいよ!と睨みつけてまたそのまま倒れるように寝てしまった。


アレ?酔っ払ってる?


「ねぇ、ハチミツ酒とか飲む?」


小さな体がピクッと反応した。


「ねぇ、きみはハチミツ酒飲める?」


むっくりと小さな体が起き上がる。

なんだか目が座ってる気がする。

なんだかヤバい感じ?


「アンタねぇ。ほんの少しまえ、アタシがなんて言ったか覚えてる?」


「え?」


「こんにちはー!誰かいませんかー!?誰かいるー!?いないのー!?もしもーし!ハロー!」


ふわっと飛んできたと思ったら、僕の頭をこんこん叩き始める。


特徴的な金色に輝く蝶みたいな4枚の羽。

軽やかに翔んでいて、少しだけ金色の鱗粉みたいなものが舞う。

金糸の刺繍が入った深緑色のめちゃくちゃ丈の短いドレスがひらひら舞っている。


「え?じゃないよ!何よ!頭、空っぽじゃないの!スカスカよ!スカスカ!スカスカにもほどがあるわ!肥やしすら入ってないじゃん!おらぁっ!」


「痛っ!なんで蹴るんだよ!」


ひゅんと風切る音とともに、ゴツンと頭を蹴られた。

さすがにこれは痛い。


「痛くない!今のは、眠りを妨げられたアタシの怒りよ!そしてこれは、いい気持ちで寝ていたアタシの怒り!そしてこれは、いい夢を観たいと思っていたアタシの怒り!そしてこれは!貴重なハチミツ酒で楽しい気持ちになっていたアタシの怒り!」


「だから、ハチミツ酒を飲む?って聞いてんじゃん!」


ゴツゴツと頭をサッカーボールのように蹴り続ける酔っ払いを、ぐっと掴んだ。


「ちょっと!何よ!何すんのよ!手を離しなさいよ!アタシが何したってゆーのよ!」


「いや、ずっと蹴ってるじゃん。友達になりたいなって思ったのに」


小学校のとき、後ろの席から消しゴムのカスを頭にふりかけられたり、とがった鉛筆で刺されたりしても僕は怒らなかった。ノートを隠されたり、破かれたり、捨てられたりしても僕は怒らなかった。

だって、友達になりたいと思わなかったから。


500mlペットボトルくらいの大きさの妖精は、「離せ!えっち!離せ!どこ触ってんのよ!えっち!」とわめいている。


「ちょっと静かにしてよ」


「え、嘘。アタシ、叩かれた?あんた、ここで死んじゃうよ?」


ペチンとデコピンがあたり、妖精の顔から怒りが消え、さらなる怒りに染まった。


「もう謝っても許してあげない。いい?アタシを掴んだ無礼な奴として未来永劫、語りつづけてやるわ!」


パチパチと空気が爆ぜるような小さな紫雷が、妖精を掴んだ僕の右手ごと、まといはじめた。


「後悔しなさい。【紫電の槍】」

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