第17話 煉獄


地獄だ。


地獄が待っていた。


朝、父よりも早く工房に行き、家に帰れるのは、夜、父が家に帰った後になる。


灼熱の工房で火を熾し、炭を作ることもある。

ただ、スキルが開放される要素が何一つ存在しない。


労働ではなく、ただの監獄だった。



成長期を迎えるまえの体には負担が大きく、何度も吐いて、何度も倒れた。

それでも休むことは一切、許されず僕は働かされた。


「これが働くということだ!シュン!お前が今までどれだけ甘えていたかわかるか?」


「シュン。お父さんも辛い修行を乗り越えて、今の立派な鍛冶師としての仕事があるの。頑張りなさい」


僕はどんどん心が死んでいくのがわかった。


唯一の救いは、「ララン」の球根を植えたのが工房の近くであったこと。

日に日に成長し、弾けそうなつぼみが沢山ついて今にも咲きそうなほどだった。




夜。

灯を消し、家に帰ろうとしたとき、テオドラが待っていた。


「シュンくん、久しぶり。元気?」


「…。ん、ああ。まぁ生きているよ。元気じゃない」


「そっか。ねぇ、少しゆっくりしていかない?」


「いや、ごめん。疲れてるんだ。ゆっくり、寝たい。本当に、疲れたんだ…」


「うん。そっか。これ、私が作ったクッキーなんだけど、帰りながら一緒に食べない?」


「…。ごめん。疲れすぎてて何も食べたくないんだ…」


「お父さんのお仕事、そんなに大変なんだね…」


「…。うるさいな!疲れているって言っただろ!ごちゃごちゃうるさいんだよ!静かにしてくれよ!疲れてんだよ!こっちは!テオドラはっ!!」



ふわっと抱きしめられた。

僕の頭は細い腕で固められ、ほっぺたに慎ましい胸が押しつけられた。

絞り出した僕の声は、サラサラした銀色の髪の毛を揺らす。

揺れるたびに甘い頭の奥がジーンとするような甘い匂いがする。


「頑張ったね、シュンくん。いいよ。少し休もう?」


全身が痛かった。

悲鳴をあげて僕に訴えかけていた「このまま死んだ方が楽になるんじゃないのか?」って。

でも死ねなかった。

外の世界を見て回りたかった。


矢野峻やのしゅんとしての人生の大半をかけて作った世界。

それを模倣して作られた世界。


まだ何も見ていない。

死ねなかった。

だけどこの生活から逃げ出せずにいた。


「頑張ったね。シュンくん。私は、シュンくんの味方だから」


「っ……」


「私ね、こう見えてすごいんだよ?世界を滅ぼせちゃうくらい。だから、シュンくん。私がシュンくんのお父さん、消しちゃおうか?」


「……。いいよ。消さなくても…」


「いいの?」


「うん。いい…」


「そっか。まだ頑張るの?」


「まだ僕は弱いから……」



こみ上げてきたのは吐き気のような嗚咽だった。

誰も聞き耳を立てる人なんていなかったけど、テオドラの暖かい抱擁は、僕の声を隠してくれた。

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