小森vsゴブリンロード

――周りに仲間はいねえ。所謂、ソロの冒険者って所か?


 ゴブリンロードは見定めるような目で、小森のことをじっと見つめ考える。


――鎧や武具を身に着けている様子でもねえ。得物は振るわない。恐らく奴は魔術師タイプの冒険者……!


 ゴブリンロードがSランクと呼ばれる所以は、魔物には似つかないその知能の高さだった。

 人間と同じように思慮し、物事の道理を深く見極めることができる。

 それでいてかつ彼には人間よりも勝る圧倒的な腕力と、彼の命令を速やかに執行する数十匹にも及ぶ手下のゴブリンが控えているのだ。


 彼を討伐しようと、民間と公共の名だたる冒険者たちが有楽町にやってきたが、彼の判断力と部下を率いる統率力で、ほとんどの者が返り討ちにあってしまった。


 ゴブリンロードには野望があった。

 好きなように殺し、奪い、犯す。それはゴブリン族がこの世界を支配し、自身が王として君臨する野望。

 光龍がダンジョンの外に出たことによって、自身も下界へと降りたつことができた。


 ゴブリンロードは遠方に輝く光を見て、メラメラと思いを滾らせる。

 今はまだ、光龍には勝てない。だが行く行くは奴を超え、私が世界の頂へと立つ!

 その障害になる者は全て排除する……!


「ッ!?」


 その時、小森が何もない空間に手をかざした。

 ゴブリンロードは魔法が飛んでくると思い、身構える。


 だが、それは魔物の杞憂に終わった。

 小森の手の前に、小さな空間のひずみがヒビ割れたように現れる。

 ヒビから出てきたのは、火球や雷撃といった魔法ではない。

 

 刀身が短くさらには鍔のない、独特な形状をした青銅のつるぎ

 名を天叢雲剣。日本の古代より伝わる三種の神器の内の一つ。

 小森と同じ最高ランク、Xランクの業物。

 無論、このことをゴブリンロードは知らない。


「へえ~。お前、剣士タイプだったんだな」


 感心したように話すゴブリンロード。


「ついさっき、俺より一回り年下のJKが面白い技を披露してたもんでな。俺もやってみた。中々、便利なもんだ。自由に得物を収納できるのは」


 小森が言うJKとは言うまでもない、剣持カレンのことだ。

 先程、小森の家でカレンが使っていた、剣を収納する空間魔法も小森は習得した。

 どうやら小森が知らなかっただけで、近年この魔法はかなりメジャーらしくショップに売っている魔術書で簡単に身に着けることができた。


「となると、俺らはサシ・・の果し合いだな?」


 ゴブリンロードは背負っている人の丈をも超えるメイスを取り出し、威圧するように勢いよくコンクリートの地面を叩きつける。


「今までの人間はどいつもこいつも寄ってたかってきたもんだ。久々にサシ・・で勝負できてうれしいぜ」


 さっきから繰り返される、ゴブリンロードのサシという言葉。


「ハッ! 驕るなよ、魔物風情が! お前なんか秒でのして……」


「いや、のされるのはお前だ」


 ゴブリンロードがそうつぶやいた瞬間、地面から勢いよく飛び出た二本のか細い腕。

 緑色をしたそれぞれの腕には小さなナイフが握られていた。

 その刃先が小森の両足の甲に深く突き刺さる。


「お前、一対一じゃなかったのか……?」


 痛みのせいか、苦悶な表情を浮かべながら魔物に問いかける小森。


「おいおい卑怯だとは言わせるなよ? 戦いなんて勝てばいいんだからなぁ!」


 ゴブリンロードが先ほどからサシという言葉を使っていたのは、地面に潜らせていた部下のゴブリンの存在を悟らせないため。

 メイスで地面を叩いたのは、威圧するためではなく地中にいる部下に送った襲撃の合図。


「よ~し、弓兵隊構えろ!」


 ゴブリンロードが片手を上にあげると、積もった瓦礫の死角などから続々と姿を現す子供くらいの背丈の小さなゴブリンたち。

 彼らは皆、矢筒を背負い筒から抜いた矢を弦に構え、両足をナイフで貫かれ身動きの取れない小森へと照準を合わせる。


「剣士タイプは離れて戦えば、恐るるに足りん」


 ゴブリンロードが手を下ろすと、矢の雨が一斉に小森のほうへと降り注いだ。

 大量の弓矢が小森の体に突き刺さったのを確認すると――


「じゃあな、名も無き冒険者」


 魔物がぼやくようにそう呟き、亡骸となった小森に背を向けその場を立ち去ろうとした。


「誰が名も無き冒険者だって?」


 それは青い稲妻だった。ゴブリンロードが振り返ると、色のついた無数の雷が自身の部下を襲っていた。

 雷に貫かれたゴブリンは一匹残らず焼け、絶命する。


「これだから、魔物はバカだ……。日本を牛耳るつもりなら、せめててめえよりランクが上の三人は頭に入れておくべきじゃないか?」


「ランクが上だと……?」


 ゴブリンロードは自身がSランクで、光龍がXランクだと認定されていることを今まで殺してきた冒険者から聞き知っていた。


 魔物のランクはEが個人の大人、Dが数十人の大人、Cが数百人の大人を殺せる強さ。Bが町、Aが市、Sが県、Xは国を壊滅させられるレベルだとゴブリンロードは聞かされていた。

 そして冒険者のランクは、倒した魔物のランクによって決まる相対的評価だということも。


「いや、待て……! 何故、お前の体は無傷なんだ!?」


 ゴブリンロードは雷撃の発生源を見て、狼狽える。

 それは先ほど体に大量の矢を浴び、絶命したはずの小森だったからだ。

 小森の体から、いや正確には彼の持ついびつな形をした青銅の剣からほとばしるようにに走る青い稲妻。


 天叢雲剣――。それは世界で右に出る物はない最高峰の雷属性の剣だった。

 天叢雲剣は持ち主の魔力を高濃度に圧縮し、強烈な雷を放つ武器だ。

 特にこれといった技量も必要もなく、魔力さえあれば誰でも扱うことができる。


 しかし、天叢雲剣は無視できない猛烈なデメリットも存在していた。

 それは強力な雷を放つあまり、自身の体も雷を食らいダメージを受けてしまうということだ。

 雷の強度が上がれば上がるほど、持ち主に対しての反動が強くなる。


 これが天叢雲剣がXランクに認定され、国に厳重に管理されることの由縁だった。


 しかし、そんな天叢雲剣のリスクを帳消しにできる稀有な存在が、この世に存在していた。


 事象の否定――。このスキルは、自身に起きる不利益な現象をなかったことにする神の御業としか思えない強力なスキル。

 自身が足をナイフで抜かれ、全身を矢が貫く。剣の反動で体が雷に焼ける。

 これらの事象は小森にとっては不利になることだ。彼はそれを拒み、否定する。


 天にも昇らんとする勢いで膨れ上がる稲妻を見て、ゴブリンロードは理解した。

 自身がどれだけ強くなってもたどり着けない境地にいる者がこの世に存在するということを……!


「お前! Xラン……」


 魔物が言い切る前に、青い電撃がゴブリンロードの体を直撃した。

 倒壊するビル群の合間に轟音が轟いた。


「まっ、知らないのは罪だな! まあ、知ってたとこでどうにもなるわけじゃないけど……!」


 丸焦げになりピクリとも動かなくなったゴブリンロードに、ケロッとした様子で小森は軽口を叩く。


「でもお前、一応腐ってもSランクだな。今の一撃で殺すつもりだったんだぜ?」


「慈悲を……」


 全身が黒く焼けたゴブリンロードの口から出る、今にも消え入りそうな言葉。


「う~ん……、その言葉。今まで殺した人間から聞いた時、お前はどうした?」


 小森は躊躇いもなく二撃目の稲妻を魔物に向け放つと、ゴブリンロードの体は跡形もなく塵となって消えていった。


「うん! 二年振りの実戦だけど、ブランクはなさそう!?」


 小森は小さな笑みを浮かべ独り言を言うと、空間魔法で剣を収納する。

 そして彼は、光龍の放つ光のほうへと向かって再び歩み始めた。

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