それぞれの戦い
小森がゴブリンロードと戦っていた同時刻。
他の場所でもSランクの者同士の戦闘が起こっていた。
しなる鞭のように全身を伸ばし、佐倉に攻撃を畳みかける巨大な粘液状の魔物。
攻撃に合わせ、佐倉は手に持つメイスでカウンターを返した。
しかし、体がゴムのように柔軟なその魔物にはまるでと言っていいほど、攻撃が効いていなかった。
「チッ! やっぱりスライム相手に物理攻撃じゃあ、決定打にかけるな……」
佐倉は盾を構え、キングスライムの攻撃を受け止めながら一人愚痴っていた。
佐倉健はタンク系の冒険者だ。
彼の本来の役割は魔物の攻撃を受け止め、パーティの生存率を上げるガード役。
しかし今、彼の周りに冒険者はいない。
光龍を仕留めに一人先を歩く小森のことは言うまでもなく、別れたほうが一般人の救出活動の効率が上がると、颯とカレンとも佐倉は別行動をとっていた。
タンク系であるが由縁、佐倉は魔法系の攻撃を一切使えない。
上位種になればなるほど物理攻撃に対し耐性のあるスライム系のモンスターは、佐倉にとっては攻撃手段のない言わば天敵のような魔物。
Sランクまで育った、キングスライムであれば尚のことだ。
しかし佐倉は、この状況で一切焦りを感じていなかった。
――まあ、別にそれならそれで構わん。今の俺の役目はこのSランクの魔物の注意を引き付け、その隙に颯や小森さんが自由に動けるようサポートすること……。
英雄は二人もいらない。今日もおとなしく、俺は裏方に回って光龍が討たれダンジョンが消えるまでの時間を稼ぐとしよう……!
***
「颯さん、あそこにいるのって……?」
カレンが指さした方向、積みあがる瓦礫の上に一匹の魔物が威風堂々と君臨するように立っていた。
犬のような双頭を持ち、尻尾が蛇の姿をした全身が黒色の魔物。
「あぁ、オルトロスだ」
オルトロス。それは先ほど佐倉が言っていたこの有楽町を徘徊する、強力なSランクモンスター三体の内の一匹。
自分より格上のランクの魔物を前に、カレンは唾を飲み込む。
「フッ……、また人間か。揃いも揃って、またわしに屠られに来たか……」
深みのある低温な声で、オルトロスは二人に語り掛ける。
「カレン、相手は君の格上だ。わたしが囮になって奴を引き付ける。だから、まずは倒そうとするよりも生き残ることを……」
「キャーーー!!」
その時、遠くからこだまする甲高い悲鳴。
「まさか、このあたりにもまだ人が残ってるのか!?」
悲鳴を聞いて、颯は驚いた表情を浮かべる。
もし今、ここでSランクの魔物と自分らが戦おうものなら、悲鳴の主である取り残された一般人が巻き込まれてしまう。
颯の内心は焦っていた。
「助けに行ってください、颯さん」
しかし、颯とは違ってカレンは焦っていなかった。
空間魔法で自身の得物をひずみから取り出し、刀を構えるカレン。
「相手はSランクだぞ。カレン、君のランクは……」
そんなカレンに、颯は心配そうな様子で問いかける。
それも無理もないだろう。何故なら、カレンのランクはAランク。
ランクで言えば、向こうのほうが上だからだ。
「わかっています。相手のほうが強いことは! でも、颯さん。わたしがSランクになるにはどこかで必ず、自分より上の魔物と戦わなきゃいけない……。今がその時なんです! 信じてください。わたし、絶対に勝って見せますから……!」
そう言い切ったカレンの勇ましい表情を見て、颯は自分が少し彼女に対し過保護すぎたことを反省した。
――最初に出会ったときは、泣き虫だったのに……。
カレンの歳はもう17。人の成長は早い……。
「わかった。ただ、無理はするな。まずくなったら、すぐに引け……! 命あっての冒険者だ。逃げることは恥じゃない」
「はい、了解です!」
カレンが元気よく返事をすると、颯は瞬間移動の能力でカレンの前から姿を消した。
「ほう、おぬし一人でわしを殺るつもりか……? 傲慢な人間よ。その細首へし折ってくれるわ!」
その瞬間、オルトロスがカレン目掛けて瓦礫の山から飛び降りた。
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