小森vsカレン

「おい、ちょっ待てっ……!」


 カレンは小森を斬らんと縦に横に、剣を一心不乱に振り回す。

 そんなカレンの攻撃をかわしながら、慌てた様子で彼女をたしなめる小森。


「ここ賃貸やぞ!」


 カレンが剣を振るたびに床や壁につく切り裂かれた跡。

 小森は貸主である大家に、この惨状を見られた時どう説明すればいいか内心焦っていた。


「問答無用です!」


「な、わけあるかぁ! あーっ!!」


 小森が今日一番の叫びをあげたのは、彼女の斬撃で大切なものを真っ二つに切られてしまったからだ。


「30万の5年戦士が……」


 それは机下、床に置かれた――小森の家で一番高価な購入当時、30万相当のゲーミングPC。

 一日の大半を怠惰に過ごす小森にとっては、下手すれば友人や家族よりも大切な存在かもしれない。

 

 そんな思い出深いPCがあっけなく壊れてしまった。

 むき出しのマザーボードを見て、仇討ちの感情が芽生え始める小森。


「このアマぁ! 許さん!」


 小森は激怒した。戦友を亡き者にしたこの女に報いを与えなければと。

 怒り狂った表情を浮かべ、小森はカレンに向かって突っ込んでいった。


「隙あり!」


 ただ、小森は迂闊だった。

 剣を持ちリーチのある相手に、何の策もなしに向かっていったのは。


 カレンの振りかざした剣が小森の腹部を直撃する。


「ウッ……」


 うめき声をあげると、小森は床に倒れこんでしまった。


「フッ、他愛もない」


 カレンは吐き捨てるようにぼやくと、刀を鞘に納めた。


(颯さん、喜んでくれるかな!)


 横たわる小森を見て、カレンはにこやかな笑みを浮かべる。

 それは自身の尊敬する赤羽颯に褒めてもらえるという期待感からだった。


 カレンは颯のことを、崇拝と言ってもいいほど敬っている。

 彼女の何者にも媚びないような毅然とした性格。

 自分よりもはるか上を行く能力に強さ。

 同じ女性でも憧れるルックスやスタイルなど。

 別にレズなどではないが、心の底から尊敬していた。


 そんな時に現れた四六時中家に引きこもる、日本でも上位に入るだらしない男。

 颯さんがこんな男に抱かれる――。

 それはカレンにとってゴキブリが自分の体を這うことよりも許せない行為だった。


(あとはこの男に、Xランクの魔物と戦わせて……)


 それが颯とカレンがここに来た目的だ。


(あれ……?)


 だがここで、カレンの頭の中で疑問符が浮かぶ。

 果たして今ここで伸びてる男が、どうやって日本を壊滅させるレベルの最高ランクの魔物と戦えばいいのかと。


 つい颯思いで斬り伏せてしまったことを、カレンは後悔した。


(どうしよう……。颯さんに怒られる……!)


「おっと! わたしがいない間に随分と部屋を模様替えしたな」


「颯さん!」


 刹那のタイミング。カレンの前に現れたのは、日冒の本部から瞬間移動の能力で飛んできた颯だった。


「ごめんなさい、わたし……。本来の目的なのに、Xランクを切っちゃ……」


「誰が模様替えじゃ、コラァ!」


 その時、部屋にこだまする怒鳴り声。

 声の主を見てカレンは驚愕する。


 小森だったからだ。

 それだけじゃない。確かに斬った手応えはあったはずなのに、立ち上がりわめく彼の体には血の一滴も傷一つついておらず、ピンピンした様子。


「いやぁ……、わたしもおごっていたな……」


 戻ってきて早々、憂うように話す颯。


「中道から小森君のスキルを聞いたよ。わたしの瞬間移動も中々に強力なスキルだと思っていたが……、彼の能力はそういう次元のレベルじゃなかった」


「瞬間移動も発動しないし、斬っても効かない。何なんですか、あいつの能力は?」


 颯に問いかけるカレン。


「瞬間移動でこの部屋から離れ、わたしがゲームに勝つ。斬り伏せられ、自身の体に致命傷を受ける。それらの事柄は全て彼にとっては、不利益をこうむる否定したくなる現象……」


「あの……、颯さん。言ってる意味が分からないんですが……」


「あぁ。わたしも最初聞いた時は、耳を疑ったよ。でも、彼にはそれができるんだ。自分に起きた不利な出来事を、全て綺麗さっぱりなかったことにする。まるで、神のような行いが」


「なっ!? そんな、まさか!」


「――事象の否定。それが彼をXランクに押し上げた、彼の最強の能力だ」

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