小森vs颯――②

 東京、霞が関のとあるビル。最上階、ガラス張りの部屋にポツンと置かれた机の前に40そこそこの一人の男が座っていた。

 スーツを着込む白髪交じりのその男の名は、中道なかどう修一しゅういち

 役職は日本冒険者協会会長。つまり彼が、日冒の現トップということになる。


「はあ……。また、マスコミに色々言われんな……」


 中道は溜め息混じりに一人ぼやいた。

 今の彼の頭の中は、有楽町に現れたXランクの魔物。それによって受けた被害の、責任の所在を追及してくる報道陣にどう対応すればいいかどうかだった。


「あいつら、寝て起きたら物事が全部きれいさっぱり解決するって思ってやがる。Xランクを討てる人間なんか、そんないねえっつうのに!」


 そんな中道が憤りを感じている時だった。

 彼の目の前に突然、赤い髪をストレートにおろした女が音もなく瞬間に現れる。


「おぉ、颯か……」


 いきなり出現した颯に、つい面食らってしまう中道。


「それで件はどうなっている?」


 だがすぐに、日冒のトップらしい面構えに戻ると彼女に問いかけた。


 件というのは言うまでもない、同ランクの小森人志にXランク魔物の討伐を依頼することだった。

 颯とカレンは中道に任命される形で、小森の家に赴いたことになる。


「ええ、もう終わりましたよ。彼はわたしのすぐ横に……」


「いないけど?」


 颯が横に視線を移した瞬間、彼女は驚愕する。


「はは! 颯、お前の面食らった顔を見るのは久しぶりだ。大方、瞬間移動のスキルで無理やり小森をこっちに連れてきたつもりだったんだろ?」


 そう。中道が言う通り、颯の持つ祝福の力は瞬間移動。自分、あるいは自分の触れている物体や生物を、瞬時に他の場所へと飛ばすことのできるスキルだ。

 ただし、飛べる先は颯が一度行ったことのある場所に限る。

 それさえクリアできれば、マーキングといった類も必要なくリスクなしに何度も飛ぶことが可能だった。


 豪快に笑う中道を尻目に、颯は一人考える。

 何故、小森がこの場所にいないのかと。

 先程、颯は確かに小森の肩に触れ一緒に跳んでいった感触もある。


 なのに、彼が見当たらない。


「あ。でもそれ、小森のスマホか?」


 颯は足元に視線を落とす。

 そこには画面上でストップウォッチのカウントをする、小森の持っていたスマホだけが日冒の会長室へと飛んできたのだ。


「あいつをXランクに推薦したのは俺だ。その功績のおかげで俺は日冒の会長の座を掴み取り、以降10年間。俺はこの霞が関の最上階でふんぞり返っている」


 戸惑う颯に対し、得意げに語る中道。


「別に肩を落とす必要はないぜ? おかしいんだよ、あいつの能力は。俺たち凡人とは違う神に選ばれたとしか思えないようなスキル。でも、一番におかしいのはあいつの人格だ。どうだ? あいつ、依頼を受けてくれそうか?」


「いや……。あまり乗り気じゃなさそうだったから、わたしの貞操を賭けて勝負している最中だ」


「はは! こいつはおもしれえ! まあでもそれぐらいやらなきゃ、引き篭もり上等のあいつは動かねえな。そうだ、颯。ヒントをやるよ。あいつの能力を攻略する方法は……」



***



「今ってさ、すごい時代だよね」


 小森は自室から突然消えた颯のことにかまうことなく、玄関で自分のことを睨みつけるカレンに向かって語りかける。


「携帯一つの場所も宇宙にあげた人工衛星でほら! この通り、どこにあるかわかる。どれどれ……? あっ、ここ! 日冒のビルじゃん。ふ~ん、なるほど。あの颯さんって人の能力、大方瞬間移動ってところか?」


 モニターの前で地図サイトを開いた画面を眺める小森。


(何故だ……!?)


 そんな様子の小森を見て、カレンは心の中で困惑していた。


(颯さんは、自分の触れたものを違う場所に飛ばす瞬間移動の能力。触れるのも汚い、あのふしだらな男の肩に確かに颯さんは触れた。なのに飛んだのは颯さんだけ……。あいつのスキルによるもの……?)


 カレンは考え事をする最中、何もない空間に手をかざした。

 直後ヒビが入ったような、カレンの手の前に現れた小さな空間のひずみ。


(空間系の能力……)


 小森はモニターから目を反らし、カレンのほうに視線を移す。


(いや、違うな)


 カレンはそこから一本の日本刀を取り出すと、ひずみはすぐに消え去った。


(空間系の能力にしては規模が小さすぎる。おそらく今のは制約スキル……!)


 制約スキルとは、本来その人物が覚えられないような魔法やスキルを、自らに縛りを貸すことで習得できるようになるスキル。

 カレンの空間魔法は、自身の得物である刀のみを収納するという縛りによって会得したもの。


(本命はあの刀……! なるほど。剣士にとっては命より大事な刀を、限定した空間魔法でつねに取り出せるようにする。あのバージン、意外と考えるな……)


(颯さんの能力が不発動した理由はわからない。けどもし仮に、あいつのスキルが能力を無効化する能力だとすれば、わたしの物理攻撃で押し切る……!)


「お前、ただの颯さんのバーターじゃねえな。ランクは?」


「Aランクです。剣持カレン、いざ参る!」


 カレンは鞘から刀を抜くと、小森目掛けて走り出した。

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