第10話 開眼・3


 マサヒデとカオルは、夕餉の時間まで興奮しながら、剣を振るっていた。


 シズクもクレールも、緊張してじっと2人を見ている。

 マツは廊下から「一体どうした?」と、ちらりと皆を見て、夕餉の支度を始めた。


 とんとんとん・・・

 包丁の音。

 ぴた、とカオルの動きが止まった。


 夢中になっていたが、気付けば、もう夕餉の時間だ。

 日が沈みかかり、2人の姿が赤く染まっている。


「あ! ご主人様、申し訳ありません。もう夕餉の支度をしませんと」


「ああ・・・もうこんな時間か・・・じゃあ、私も上がりますか」


 にやにやしながら、2人はいそいそと水を浴びに行った。


「ふう・・・」


 2人の立ち会い稽古を見ていたシズクが、息を吐く。


「やばくなったね。私、もう一生勝てないかもね。

 カオルまで身に付けちゃってさ・・・」


「シズクさんも勉強すれば良いじゃないですか。

 棒だから、刀と違って、難しいかもしれないですけど」


「あれ、棒で出来るかなあ・・・出来る気がしないなあ」


 ぱたぱたとカオルが台所へ走って行く。

 しばらくして、マサヒデも戻ってきた。


「クレールさん、あなたのお陰で私もカオルさんも強くなれましたよ。

 まだまだ小手先程度ですけど・・・いや、ありがとうございました」


「いえ! お役に立てるのは嬉しいですよ!」


「マサちゃん、もうカゲミツ様から三手ももらえないね」


「シズクさん、何言ってるんです。父上も、この振り使えるんですよ。

 じゃあ、大して変わらないですよ。しかも、まだ掴んだばかりなんですから」


「む・・・そうか。カゲミツ様も使えたのか。

 そりゃそうだね、じゃなきゃ、教えられないもんね」


「そういう事です。大して変わらないんですよ」


「大して変わらない、て事はないと思うけど・・・

 あれって私の棒術でも使えるかな? 私、我流だけど」


「出来るんじゃないですか? サマノスケは棒術もやってたそうですし。

 でも、シズクさんには必要ないと思います」


「え? なんで? 力が強いから?」


「そうです。しっかり腰を落として型通りに、なんて振らなくても良いんですよ。

 適当に軽く手で振るだけで、誰でもなぎ倒せるんですから。

 結局、今までと全然変わらないんですよ」


「な、なるほど! そうだよな! マサちゃん、頭良いな!」


「それで、父上から三手もらってるでしょう。

 じゃあ、私がこの振りを身に着けたって、同じって事ですよ」


「うーん、同じって事はないと思うけど。

 どう見たって、あれおかしいよ。普通じゃないよ」


「まあ、確かにすごいと思いますけど・・・やっと基礎が分かった所ですよ。

 私、今まで10年鍛錬して、何とか今の振りになったんです。

 ということはですよ、この振り方で、今までと同じ格になるには?」


「あと10年?」


「そういう事です」


 ぶんぶんとシズクが顔の前で手を振る。


「ないない。それはないねー。その基礎が普通より格が全然上だもん。

 てことは、今までと同じになるのに、10年ってことはないね」


「そうですかね?」


「だね。私はそう見たね!」


「ううん・・・そうでしょうか。私は違うと思いますけどね・・・」


「じゃあ、たくさん練習しないといけませんね!」


「そうですよ。私が思うに、びっくりするかもしれないけど、って感じですね。

 分かっちゃったら、相手も用心しちゃう。びっくりしてる時に決めないと」


「ううん・・・そうかなあ?」


「そうですって。出来たから興奮しちゃいましたけどね」


 味噌汁の匂いが台所から漂ってくる。

 急に腹が空いてしまった。


「ううん・・・美味しそうな匂いだ。

 今日は、1日中、身体動かしてたから、腹が空いちゃいましたよ」


「ずっとくるくるしてましたもんね!」


 照れくさそうに、マサヒデが頬をかく。


「いやあ、夢中になっちゃって・・・」


 きゅうう・・・


「あ! お腹鳴った! シズクさん、聞きました?

 今、マサヒデ様のお腹が鳴りましたよ! あははは!」


「あはははは! 聞いた聞いた! あははは!」


「別に、おかしくはないですよ・・・あれだけ動いてたんですから。

 やめて下さいよ、恥ずかしい」


 台所から、マツがにこにこと膳を持って出て来た。


「うふふ。賑やかじゃないですか」


「さっき、マサちゃんのお腹が鳴ったよ! あははは!」


「あらあら」


「夢中でずっと動いてましたから、気付いたらすごく腹が空いてしまって・・・」


 くす、とマツが笑い、す、す、膳を置いた。


「すぐに皆さんの膳が揃いますからね。

 マサヒデちゃん、良い子で待ってるんですよ」


「ちゃん、てなんですか! ちゃん、て」


「うふふ」


「ぷっ!」


「うくく・・・」


「私達から見たら、16なんて赤子も同然ですもの。ねえ?」


「そうですね!」


「だね! ぷすーっ! ぶは! あははは!」


「むう・・・」


 皆がけらけら笑っている所に、カオルも膳を持って来た。


「お待たせ致しました」


 す、す、す・・・と膳を並べて・・・

 きゅ・・・

 は! とカオルが頬を染める。


「あ! 今カオルの腹も鳴った!」


「鳴った! 聞きましたよ! あははは!」


 カオルを指差して、シズクとクレールがまた笑い出した。


「・・・」


「カオルさん、女性がお腹を鳴らしたら恥ずかしいですよ? うふふ」


「あははは!」


「やめて下さいよ、皆さん! もう、早く食べましょう! 頂きます!」


 マサヒデがさっと箸を取ってがつがつと飯をかきこむ。

 真っ赤な顔で、カオルも箸を取る。


「い、い、ただきます」


「頂きまーす! あははは!」


「うふふ。頂きます」

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