第11話 実践、無願想流
翌朝。
日課の素振り。
これをどうしようか考えたが、素振りは今までと同じで良い、と考えた。
別にくるくる振り回さなくて良い。
掴んだ振りの無駄を、少しづつ削ぎ落としていく。同じだ。
握りが大きく変わってしまった事。
無願想流の振りが出来た時、今までと握りが全く変わってしまったのだ。
カオルと夢中で振り回して、夕餉に戻ろうとした時、はっきりと変わっていた。
今までは、小指、薬指からぐっと握っていた。
それが、全体的に、緩んだ感じになってしまった。
改めて木刀を握っていると、何か頼りない感じがする。
受けが変な感じがしたのは、きっとこの握りが中途半端に変わっていたからだ。
剣先に囚われない事。
普通は剣先なのだが、剣先、と振ると、何かおかしい。しっくり来ない。
前にカオルと立ち会った時、剣先で弾かなかった。
あの時、何か掴んだような感じがあった。
まだ分からないが、おそらく、真ん中辺りか、もっと鍔に近い方だ。
指先は「この方向だ」と筋を導くだけ。
そこに、身体を着いていかせるように、刀も着いて行かせる感じだ。
剣先より柄に近い方を意識すれば、剣先が勝手に着いて行き、振られる・・・
おそらく、指先に身体が付いて行くのと、近い感じだろう。
最初は、指が先、身体を後から・・・だと思っていたが、違う。
これだと流されてしまう。得物に振り回されるのと同じだ。
指先を意識して最初に振って身体を動かすから、そうなっていた。
身体をくいと動かせば、勝手に手は前に出るのだ。そこで指先だ。
出された手の方向を指先で決め、身体を着いていかせるだけ。
指先の方向に、刀は勝手に振られていく。
動かす順を追えば、身体、手、最後に剣。結局変わらない。やっぱり基本だった。
違う所は、そのまま、指先に導かれた刀に自然に身体を着いて行かせる所。
自然と、しっかり筋が出来る。沿って刀が振られていく。
芯が勝手に出来る。崩れない。
身体も着いて行く。手振りにならない。
つらつらと言葉にして考えると難しいが、実際に振ってみればなんてことはない。
くっと身体を動かせば、自然に手は前に出る。
後は指先で方向を決めたら、つっぱらずに、身体を任せるだけで良い。
自然に流れて行き、剣が出る。
おそらく、これが無願想流の太刀の道だ。
一度振れれば感覚で分かる、というのは、やはり正しかった。
「よし!」
構えて、振る。
しゅっ!
はっきり分かる。
音だけは良いが、まだまだ全然出来ていない。無駄が多すぎる。
一振り、一振り、削ぎ落としていくのだ。
素振りは荒砥石、ゆっくりの素振りが仕上げ砥石。
一度研ぎ澄ましたら、また素振りをして、ゆっくりの素振りをして、研ぎ直す。
しゅっ・・・しゅっ・・・
なぜか、懐かしい感じがする。
幼い頃。
おそらく、父上に、初めて木刀を握らせてもらった時だと思う。
小さな木刀を持った自分の手。この像をはっきりと覚えている。
多分、これが一番古い記憶だと思う。
後は、ぼんやりとしか覚えていない。
後ろに父上と母上がいて、何か言っていた。どんな顔だったかは思い出せない。
門弟達もいた。門弟達も、自分の後ろで何か言っていた。
木刀と、自分の手だけをはっきりと覚えている。
もう一度、あの小さな頃に戻って、振り直すのだ。
振りながら、何故か涙が出て来た。
しゅっ・・・しゅっ・・・
----------
訓練場。
カオルとシズクも来ている。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます!」
「この稽古も続けていますから、そろそろ、私も少し攻めていきますよ。
父上のように激しく打ち込みませんので、ご安心下さい」
「はい!」
「全く、父上ときたら・・・私は可能な限り、寸止めにしますので・・・
皆様、その節は驚かせて申し訳ありませんでした。
師範役は、私、シズクさん、カオルさんと順に回していきます。
シズクさんも、カオルさんも、最初は生徒役でお願いします」
「はい」「分かった!」
「では、最初の方」
「はい!」
おや。盗賊職の冒険者だろうか。
形はいわゆる刺突剣だが、レイピアにしては随分と短い。
スモールソードという物か? この訓練場の稽古では、初めて見る得物だ。
・・・これは、勇者祭の参加者かもしれない。
ちら、とカオルを見ると、眉間が厳しい。
「初めての方、ですよね。珍しい得物です。ここの稽古では初めて見ました」
「は! よろしくお願いします!」
「では、いつでも」
ぱ! と飛び込んできて、突いてくる。
「お!」
速い。思わず声を上げてしまった。
次々に突きを繰り出してくる。これはすごい。
ナイフのように近くもなく、レイピアほど遠くない。
微妙な距離で速い。受け流すのが難しい。
さ、と離れて、突きを斜めに避けながら、手が自然に出るのに合せて・・・
ぱん。
胴に軽く当てた。
「ここまでです」
「む・・・参りました」
うん、と小さく頷く。
まだまだ荒いが、今のは中々良い振りが出来た。
だが、まだ寸止めが出来るほど振れていない。
ぺこ、と頭を下げ、冒険者が下がって行く。
「次の方」
「はい!」
剣だ。
新しい振りの、良い練習になりそうだ。
「では、いつでも」
真っ向から振り下ろしてくる。
中々速い。
右足を後ろに回し、半身になって、避ける。
斬り上げて・・・おっと。剣を前で立てている。受けられる。
踏み込んで、剣先が地を擦るくらいの高さで回し、脛にぽん、と当てる。
「ここまでです」
「く、ありがとうございました」
頭を下げ、冒険者が下がる。
今のは良かったかもしれない。
偶然だが、脇構えになった。
右足を下げたから、腰より後ろくらいに剣先が置かれた。
剣先を後ろに置いておけば、読みづらい軌道がさらに読めなくなるだろう。
だが、守りが難しくなる。
避けからの反撃に使うようにすると、良いかもしれない。
「次の方」
「はい!」
槍。
長物は、今までは懐に跳び込むのが大変だった。
だが、今なら・・・
「では、いつでも」
さっ!
おっと、足払い。
後ろに跳ぶように避けたら、振りに乗って・・・
ぱあん!
しまった。もろに左腕に・・・
「あ! しまった!」
「うあっ!」
からん、と冒険者が槍を落とす。
慌てて駆け寄り、
「すみません、慣れない振り方をしたもんだから・・・」
「いえ、構いません」
「ううむ、私もまだまだですね・・・」
「はは、トミヤス様がまだまだだなんて・・・いや、参りました」
いてて、と言いながら、冒険者は槍を持って下がって行った。
マサヒデも元の位置に戻る。
「では、次の方」
「はい」
す、とカオルが手を上げた。
昨日のシズクとの立ち会いもあってか、しん、と静かになった。
冒険者達の目が、カオルに注がれる。
マサヒデの顔もきっと引き締まった。
「どうぞ」
す・・・とゆっくり立ち上がり、静かにマサヒデの前に立つ。
カオルも、無願想流の振りは分かっている。
「ん?」
カオルは小太刀を片手ではなく、両手で下段に構えた。
流石のカオルでも、まだ片手では無理ということか?
あの振り方、カオルの身体の使い方なら、すぐに片手でも出来そうだと思ったが。
いつも通り、無形に構える。
「では、いつでも」
さ! とカオルが跳び込んでくる。
いつもより、少し離れている。
すわ、すわ、すわ、と流れるように、カオルの身体が浮いたり沈んだり横になったりして、変な角度から小太刀が飛んでくる。
「お、と、と・・・」
綺麗に切先で狙ってくるから、身体が動いたら少し下がれば簡単に避けられる。
お手本のように綺麗すぎるから、逆に避けやすい。
剣ではなく、身体だ。動いたら剣が飛んでくる。そこでほんの少し下がれば良い。
(よし)
まだ身に付けたばかりだからだろう。
分かりづらいが、これなら何とか受け流せないこともない。
長さもこちらの方がある。
避けて、小太刀が届かない所で返すか・・・
「うっ!?」
ぱん! と竹刀が斜めに跳ね上げられた。
下から来た小太刀が、両手持ちから右片手になっている。伸びた。
まずい!
反射的に座るように横に沈みつつ、跳ね上げられた竹刀、指先・・・
ぽん。
マサヒデの竹刀がカオルの肩の上に乗った。
ばん!
カオルの小太刀はマサヒデの背中の上を斜めに通り、地を叩いた。
「ふう・・・ここまでです」
「・・・」
「ひやっとしましたよ。さ、カオルさん。下がって。流石ですね」
ぽん、とカオルの肩に手を置くと、
「参りました・・・」
と、とぼとぼと肩を落として帰って行った。
おお! と冒険者達から拍手が上がった。
殆どには、振りの速さと両手から片手にした所しか分かっていないだろう。
派手にカオルが浮いたり沈んだり・・・あの剣筋の凄さは、見えていただろうか。
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