第9話 開眼・2
にこにこしながら2人が素振りを終えて、縁側に戻って来た。
クレールが茶を淹れて、湯呑を差し出す。
「ありがとうございます、クレールさん!
あなたのお陰ですよ! 私、分かりましたよ!」
「良かった! 私、お役に立てましたね!」
「クレール様のお陰です! ご主人様、さすが女性を見る目がありますね!」
「今回は本当にそう思いますよ! クレールさんが妻で良かった・・・
本当に、本当に良かった・・・ううっ・・・」
笑いながら、マサヒデが泣き出してしまった。
「マ、マ、マサヒデ様? そこまでですか!?」
「うう・・・クレール様・・・」
くるり。カオルまで泣いている!?
「カオルさんまで!?」
がば! と、カオルがクレールに抱きついた。
ころっと湯呑が落ちて、床に茶が滲む。
「ああ! クレール様!」
「ひゃあ!」
「ううっ! クレールさん!」
ば! とマサヒデまで、クレールに抱きついた。
茶を流しながら、湯呑が転がって行く・・・
「うぶぁっ!?」
「クレールさん! クレールさん!」
「クレール様! ぐすっ」
「くっ、く・・・苦しいー・・・」
シズクがのしっと立ち上がって、2人をクレールから引き剥がした。
「ほらほら、嬉しいのは分かるけど、クレール様が潰れちゃうって」
「うう! すみません! 嬉しさのあまり!」
「ぐしゅ・・・クレール様・・・」
「ほらほら、泣かないで。はい、手拭いあるから、涙拭いて」
シズクが2人の手に手拭いを渡し、濡れた床を拭く。
すんすんと息を鳴らしながら、マサヒデとカオルが涙を拭いた。
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泣き止んだマサヒデとカオルは、今度は興奮してふんふん鼻息を鳴らしながら、顔を赤くしている。
「カオルさん、私、今ので『太刀の道』ってのが、少しだけ分かった気がします。
父上が半分の力で振れって言ったのは、これだったんですね。
あんなに軽く振ってたのに、今までより速く振れてた気がしますよ」
「私もそう感じました! そう、軽く振ってたのに、速かったです!
ちゃんと重さも乗って、あれならしっかり斬れるはずです」
「刀の進む方に着いて行く・・・『太刀の道』だった。
速く振るようにしちゃいけないんですよ。何というか、こう静かに振る感じ?」
「それです! その感じ! 分かります、私も感じました!
速く振ってはいけないんですよ! むしろゆっくり静かに・・・
あのゆっくりの素振りに通じる物がありますね」
「戻しやすくなかったですか?」
「分かります!」
「ですよね! 基本なんですよ、やっぱり、基本でしたよ」
「そうです。やっぱり基本だったんですね。カゲミツ様の言う通りでした。
自然に刀の行く方について行くだけだったんですよ」
「指先で方向を変えるだけで良いんですよ。後は何も考えず付いて行くだけ。
振れば勝手に芯が出来る。父上の言う通りでした」
「刀で道を作るんじゃなくて、刀が道を作ってくれて、そこを通るだけ・・・
そんな感じですよね? 太刀の道って、きっとこれですよね」
「そうそう! 人によっては違うと思いますけど、私もそう感じます」
「ご主人様、やりましたね・・・!」
「やりましたよ! でも、やっと基本中の基本が掴めただけです。
もっともっと、先があるはずですよ」
「ご主人様、少し打ち合ってみませんか?」
「良いですね! 互いに見てみましょう!」
2人はまた庭に下りて行って、「おお!」「なんと!」と声を上げながら、打ち合っている。
「シズクさん、お二人共、大はしゃぎですね!
お役に立てて良かったです。えへへ」
にこにこするクレールと違って、シズクは険しい顔で2人の打ち合いを見ている。
「クレール様は分からないと思うけどさ、あれ、相当やばいよ。
あれが基本だって言うんだから・・・かなりやばいよ」
「そうなんですか?」
「うん。滅茶苦茶に怖いよ。カオルまで使えるようになっちゃって・・・
10年もしたら、マサちゃん、次の剣聖になるかもしれないよ。冗談抜きに」
「ええ!? 本当ですか!? すごいですね!」
「すごいだけじゃないよ。怖いんだよ、あれ・・・
あんなの、見たことないよ。尋常じゃないよ」
「そんなにですか? どのくらい?」
「マサちゃんが魔術師で、今までクレール様と同じくらいの腕だったとするじゃん。
それが、急にマツ様くらいの魔術師になったくらい、やばいよ」
「えっ? そんなにですか?」
庭で打ち合っている2人を見ても、クレールには良く分からない。
あの踊ってるような振り方は、そんなに恐ろしいのか?
だが、いつもにやにやしているシズクが、真剣な顔だ。
「あれは、やばいね・・・さっき、半分くらいで振ってるって言ってたじゃん」
「言ってましたね」
「振りの速さ、分かるかな。半分で、今までとほとんど変わらないよ。
全力だったら、今までの倍くらいの速さになるんだよ」
「強さが倍になったんですか?」
「もっと強くなったと思うね。振る方向がたくさん増えちゃったから。
急に10倍くらい強くなっちゃったかもしれないよ」
「わあ! すごいじゃないですか!」
「クレール様さ、朝起きたら、魔力がマツ様くらいになってたら・・・
それ、やばいと思わない? そんな感じだよ。あれ」
「うーん・・・」
「半分で振ってて、同じ速さと同じ斬れ味だとするじゃん。
てことは、半分しか体力使わないから、今までの倍の時間は戦えるじゃん。
それでさ、さっきみたいに、ぴょんぴょん飛んだり出来るじゃん。
適当な方向に振ったら普通は斬れないけど、斬れちゃうから、適当でいいし」
「えっと・・・えへへ、まだ良く分からないです」
「そうだね・・・魔剣ぶんぶん振ってるくらい、やばいかもね。
しかも、あれが基本中の基本だって言ってたでしょ・・・
もっともっと強くなっちゃうよ。マサちゃんなら、すぐコツ掴んじゃうよ。
絶対やばいよ。怖いと思わない?」
「ええ!? 魔剣振ってるくらい、怖いんですか!?
しかも、それが基本なんですか!?」
クレールは驚いて、背を仰け反らせた。
シズクが真剣な顔をするわけだ。
そんなに危険な剣術だったのか・・・
「そうだよ。やばいでしょ。
今までのマサちゃんも怖かったけどさ、まだ普通に腕が立つ人だったよね。
ちょっと、そういう所を飛び越えちゃったかもね」
「そう言えば、稽古してた時、お父様がすごく真剣でしたけど・・・
家中、しーんとしちゃってて・・・」
「そのくらいやばいんだよ。カゲミツ様も真剣になるよ。
魔剣なんかなくても、マサちゃん、やばいくらい強くなっちゃうよ」
「相手にすると厄介とか言ってましたけど・・・」
「カゲミツ様がそう言うのも、当然だよね。まともじゃないよ、あれ。
もう二人共、カゲミツ様に三手ももらえないかもね」
にこにこしながら、庭で剣を振るマサヒデとカオル。
その様子を、険しい顔でシズクとクレールは見つめていた。
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