第2話エレベーター

矢崎は、現在請け負っている企画の進捗状況を報告する為に最上階の役員室へと向かうところだった。

エレベーターに乗り込み【閉】のボタンを押そうとした時、ふとドアの側に一人の女性が立っているのに気付いた。


『あ…乗りますか?」


矢崎は、慌てて【開】のボタンを押し直すと女性を中に招き入れた。

特に言葉を発せず無言のままエレベーターに乗り込んで来たその女性は、端正な顔立ちをしていたが何処かかげのある暗い雰囲気を感じさせる女性だった。


(こんな女性ひと、ウチの会社にいたかな?)

勿論この会社の従業員を全員知っている訳ではないが、矢崎はこの女性を見た記憶が無かった。


「何階ですか?」


先に乗っていた者のマナーとして矢崎が女性に尋ねると、彼女は奇妙な事を聞いてきた。


は何階ですか…?」


「えっ?」


矢崎は一瞬かと思ったが、彼女は同じ台詞をもう一度繰り返した。


「天国は何階ですか?」

「天国? さ、さぁ…」


まさか、自殺志願者じゃないなろうな…矢崎の脳裏に一瞬そんな考えがよぎったが、今の自分には正直他人の事に構っている余裕など無かった。幸い彼女はそれきり口をきかなかったので、矢崎はそれ以上関わるのをやめ、最上階の【13】のボタンを押した。


沈黙の長く感じる時間が過ぎ、エレベーターは13階で止まりドアが開いた。

ここは最上階である。矢崎は考えるまでもなくエレベーターの【開】のボタンを押したまま、彼女が先に降りるのを待った。


「降りないんですか?」


降りない訳は無いと思うのだが、何故だか彼女は黙ったまま動こうとしなかった。


なにか釈然としなかったが、仕方なく矢崎は女性より先にエレベーターから降りて廊下を数歩歩きだした。

矢崎が降りた後、エレベーターのドアはその女性を乗せたまま閉まった。


矢崎は、そのまま歩いていけば良かったのだ。


だが、こみ上げてくる違和感にどうしても抗えなかった矢崎は後ろを振り返ってしまった。


後ろを振り返ってしまった矢崎。

その意識は自然とエレベーターに向けられる。すると、先ほど閉まったばかりのエレベーターのドアが再び開き始めた。あの女性はどうしているだろう?エレベーターはあれから他の階には動いていない筈である…矢崎はそれを確認するべく開いたエレベーターの中に目を移した。





そのエレベーターには、だれも乗ってはいなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る