第14話 黒嵐、お披露目・2


 街道に出た所で、マサヒデはしゃっと黒嵐に乗る。


「さ、マツさん」


 す、とマサヒデが屈んでマツに手を差し出す。


「は、はい」


 マツがおずおずと手を差し出す。

 馬に乗るのは初めてだ。

 マサヒデは、ふふ、と小さく笑って、


「よし、黒嵐。マツさんは初めて馬に乗るんだ。優しくな。

 あの魔王様の娘が、産まれて初めて乗る馬が、お前なんだぞ」


 じっと黒嵐の目がこちらを見ている。

 大丈夫そうだ。


「さ、マツさん。引っ張り上げるので、上で腹ばいになって。

 そうしたら、私が支えますから、横座りに。

 たてがみを掴んじゃいけませんよ。抜けたら黒嵐が禿げちゃいます」


「は・・・いっ! もっ・・・」


 マサヒデがマツの手を引っ張り上げる。

 よ、とマツの腰を支えて、


「んむん・・・」


 とマツが上体を上げ、ぽすん、と横座りになる。


「ふう・・・中々ですね・・・次からは、風の魔術で乗ってしまいましょう」


「それも良いですけど、魔術で黒嵐を驚かせないで下さいよ?

 どすんと飛び降りたりもいけませんよ。黒嵐もびっくりしちゃいます。

 黒嵐が走って逃げてしまった、なんて」


 黒嵐は驚きもせず、じっとこちらを見ている。

 この黒嵐なら、そのくらい平気だろうか?


「ふふ、黒嵐もマツさんを乗せて嬉しそうですね。

 さあ、行きましょうか。結構揺れますから、気を付けて」


 マサヒデが合図を出すと、黒嵐が歩き出す。


「わ、わ」


 ぽくん、ぽくん、と歩いているだけだが、揺れに驚く。

 改めて下を見ると、高い。

 驚いて身体をくっつけ、腕をマサヒデの背に回す。


「ははは! マツさんはお出掛けになると、すぐにこうですね」


「ち、ちがうん、です! 揺れって・・・」


 こわごわと地面を見る。高い。揺れる。


「ああ、初めてですもんね。すぐ慣れますよ」


「そうですか? ちょっと高くて」


「大丈夫ですよ。黒嵐は、乗ってると安心させてくれるんです。

 よく分からないですけど、こいつに乗ってると、すごく安心するんですよ」


 顔を上げると、マサヒデの顔がすぐ近く。

 前を向いて、堂々と・・・

 あ、と恥ずかしくなり、マツの頬が赤く染まる。


「・・・」


「マツさんも、このまま乗ってればすぐ分かりますよ。

 横に座ってるから、ちょっと分かりづらいだけです」


「そ、そうですか」


「そうですとも。これが黒嵐のすごい所なんですよ。

 大きさとか、速さとか、そういうのもあるけど、こいつには安心がある」


 くっと身体を上げてみる。

 揺れる。高い。

 でも、落ちない。


「・・・」


 黒嵐が少し顔を向けて、マツをじっと見る。

 マツも黒嵐の顔を見る。


「うん、なにか安心してきました。

 うふふ。揺れておしりが痛くなってしまいそう」


「ははは! 座布団を持ってくれば良かったですね!」



----------



 街道の途中で、腹が減って弁当を食べることにした。

 もう、村は目の前だ。


 マサヒデは少し外れた所でにある木の下で、黒嵐を止め、すとん、と下りる。


「さ、姫様。お手を」


「うふふ」


 マサヒデがマツの手を取り、よいしょ、と下りてきたマツを抱きかかえる。


「あー! ちょっと!」


 そのまま、すとん、とマツを降ろす。


「マ、マサヒデ様、恥ずかしいですよ」


「何を言ってるんです。ここまで、散々恥ずかしい乗り方してたじゃないですか」


 黒嵐の手綱を取って、近くの木に軽く回す。

 鞍に結んであった、弁当の包みを取って、マツに渡す。


「大丈夫、お前の分もあるからな」


 鞍袋から、りんごを取り出して、黒嵐に差し出すと、がぶっと噛み付いた。

 もしゃ、もしゃり・・・

 ぽんぽん、と軽く首を叩き、そっと撫でてやる。


「さ、マサヒデ様。私達も食べましょう。私、お腹が空いてしまいました」


「ふふ、そうですね」


 ぱらりと包みを開け、握り飯を掴んで噛みつく。

 遠目に道場が見える。

 ついこの間出て来たばかりなのに、何ヶ月も過ぎたような気がする。


「ふう・・・マツさん、もう何ヶ月も道場に戻ってないような気分がします。

 ちょっと前に出て来たばかりなのに、なんででしょう」


「町で毎日忙しすぎなんですよ。私に驚かされて、試合もして、カオルさんが来て、シズクさんが来て、クレールさんも来て。黒嵐ちゃんたち、馬の皆が来て・・・」


「そうですね。マツさんには本当に驚きましたよ。いきなり娶れとか」


「くす。でも、私の目に間違いはありませんでした。

 こんなに素敵な旦那様なんですもの」


「そうですか?」


「そうですとも。マサヒデ様のおかげで、黒嵐ちゃんとも会えたんですから」


「ははは! そこですか!」


「うふふ。そうですよ。白百合ちゃんが来て、黒嵐ちゃんが来て、黒影ちゃんが来て、ファルコンが来て、ファルコンはまだ仲良くしてくれませんけど、みんな素敵な友達です」


「ふふ。クレールさんに、ファルコンにマツさんの秘密を教えてやってもらいましょうか。実は魔王様の娘です。とっても怖いんですって。驚いて、仲良くしてくれますよ」


「ううん・・・それは良い考えかも・・・」


「ははは! そういえば、黒嵐は私の事をどう思ってるんでしょうね?

 白百合は、婿にしても良いなんて言ってくれましたけど」


「こいつには敵わねえ! なんて思ってるんじゃないですか?

 カオルさんから聞きましたよ。黒嵐を捕まえた時の話」


「敵わない? 無理矢理乗って、大人しくさせるような真似はしてませんが」


「馬の群れの中を歩いて行って、ひょいって縄を掛けて、そのまま連れて来たんでしょう? ハワード様も驚いて、声も出なかったそうじゃないですか」


「アルマダさんが? そうだったんですか? 知りませんでしたよ。

 ああ、それでどうやって捕まえたのか、とか聞いてきたんですね。

 1回やれば、アルマダさんもカオルさんも、簡単に出来ると思うんですが」


「そんな簡単なことなんですか?」


「まあ、少し鍛えた人なら簡単じゃないですか?

 お二人共、試してないから分からないだけですよ」


「ふうん・・・よく分かりませんけど、そんなものですか?」


「そうですよ。あ、そうだ。マツさんなら、どうやって捕まえるんです?」


「私なら、ですか? ううん・・・」


 齧りかけの握り飯をじっと見つめて、マツが黙り込む。


「馬って、大人しくなるまで乗ってれば良いんですよね。

 泥でお腹まで沈めて、その上に乗っちゃうとか?」


「馬が泥だらけになっちゃうじゃないですか」


「じゃあ、四方を壁で囲ってしまいますか。

 窓でも作って、砂糖やりんごをあげてれば、仲良くなれるかも?」


「ううん、それなら簡単にいけそうですね。

 やはり、魔術って偉大ですね・・・」


 あ、とマサヒデは思い出した。

 そういえば、魔剣の調査をする場所を探していた時。

 森の中で座って休憩している時、何か魔術を教えてもらおうか、と考えた。

 しかし、覚えるよりあの魔術の漬物で、色々と作ってもらえるかもしれない。


「そうだ、マツさん。私、色々と思い付いた事があるんですよ。

 魔術を仕込んだ小道具を色々と考えました」


「どんな物ですか?」


 ぱく、とマツが握り飯を齧って、マサヒデに顔を向ける。


「例えば、水の魔術を仕込んだ水筒とかどうでしょう。

 いくらでも水が出てくるとか」


「あ、それは無理ですね。

 蓋をしてたら、水でいっぱいになって、ぽん! 水筒が破裂しちゃいますよ。

 開けっ放しじゃ、水が垂れ流しになりますし」


「ううむ・・・何かこう、押すと水が出てくるようにするとか・・・

 普段は空っぽだけど、蓋を開けると水が出てくるとか?」


「ううん・・・ちょっと、仕掛けが思い付きませんけど・・・」


「魔術だって、何でも出来るってわけじゃないんですね」


「そうですとも。軽くしたり、温かくしたり、涼しくしたり。

 そのくらいは出来ますけど、おとぎ話みたいに、空を飛ぶマントはありませんよ。

 もし出来たら、お金持ちの人は皆が空を飛んでますよ」


「でも、温かくとか、涼しく出来るのは良いですね。

 暑い所、寒い所で便利じゃないですか。

 厚着したり、汗でべとべとにならなくて済むなんて」


「うふふ。お高いですよ?」


「おや? 何か欲しいんですか?」


「何か・・・ううん、欲しい物ですか? ええと・・・」


 ぷ! とマサヒデは吹き出してしまった。


「ははは! 欲しい物もないのに、お高いとは!

 前に、シズクさんが同じような事を言ってましたよ。

 魔王様にご褒美もらえればいいけど、ご褒美を考えてなかったって」


「まあ! 違いますよ! 私は欲がないだけです!

 心のこもった物であれば、何でも良いのです!」


「ふふふ、そういう事にしておきましょうか。

 さ、そろそろ行きますか。もう、村はすぐそこですし」


「はい」


 もう村は目の前。半刻もせずに、道場に着くだろう。

 父上や母上は元気だろうか。

 村の皆も、元気だろうか。

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