第四章 マツとお出掛け

第13話 黒嵐、お披露目・1


 翌朝。


「ううむ、そろそろ良いですかね」


 朝餉の後、マサヒデが腕を組んで唸る。


「ご主人様、そろそろとは」


「黒嵐、一見怖いように見えて、中々おとなしい性格のようですし・・・

 マツさんも好かれているでしょうし、私と一緒なら・・・」


「ああ、マツ様とですか?」


 にやりとマサヒデが笑う。


「ええ。道場へ行きましょう。

 ふふふ、黒嵐を父上に自慢しまくってやりましょうか。

 私は村の皆に挨拶でもして来ましょう」


「ふふ、まだこんな所にいたのか、なんて言われませんか?」


「ははは! かもしれませんね!」


 寝転がったシズクが声を掛ける。


「道場行くなら、私も行きたいなあ」


「ううん、マツさんと2人での約束ですからね。

 シズクさんはギルドで代稽古か、ゆっくりの素振りでも」


「ええー」


「申し訳ありません」


「じゃあ、訓練場行くよ。どうせなら、皆とゆっくり素振りする。

 結構出来るようになったよ! なんか振りが良くなった気がするんだ!」


「お願いします」


 クレールも声を掛けてくる。


「マサヒデ様、私も・・・だめですか?

 お父様とお母様にご挨拶したいのですが」


「ううむ、申し訳ありません。マツさんと2人だけで、という約束なんです。

 クレールさんは、また今度で」


「分かりました。私も、訓練場に行って、魔術の訓練をします。

 でも、また今度! 連れてって下さい! 約束ですよ!」


「もちろんです」


 よし、とマサヒデは立ち上がる。

 執務室の前で、


「マツさん。良いですか」


「はい」


 さらりと襖が開く。


「マツさん。お出掛けしましょう。2人で」


「は?」


「仕事に入ったばかりで申し訳ありませんが、2人だけでお出掛けしましょう」


「あ! お出掛けと言いますと、黒嵐に乗って・・・道場へ?」


「そうです」


 ぱあ、とマツの顔が輝く。


「わあ! 行きます! 行きますとも!」


「ふふふ、マツさん、父上に黒嵐を自慢しまくって下さい。

 私は敷居をまたげませんから、よろしくお願いします」


「黒嵐を見たら、お父上も驚きますよね!」


「そうですとも! ははは!

 じゃあ、黒嵐を出してきます。土産などはいりませんよ」


「はい! お待ちしております!」


 すたすたと居間に戻る。


「カオルさん、漬物の鎖帷子を頼みます。

 私の腕、クレールさんの手甲、鎧屋に届ける手甲。

 どれも夜までには出来るはずですから、重さを見て出しておいて下さい」


「は」


「じゃあ、行ってきます」



----------



 馬屋。

 庭に、馬車が置いてある。

 あれはまさか・・・図面通りの形だ!


「ああっ!」


 マサヒデの大声を聞いて、馬屋が店から顔を出す。


「おお、トミヤス様じゃねえですか。おはようございます」


「おはようございます! これ、もう出来たんですか!?」


「ええ。今日にでもお知らせに行こうと思ってた所で」


「こんなに早くですか?」


「ええ。現物はもうありましたし、横に広げるだけでしたからね。

 こう、板を外してはめ込んで、ちょちょいのちょいですよ。

 後は隙間に油を入れて、固めるだけ」


「それだけで出来ちゃうんですか?」


「お忘れですか? これ、車軸が左右に分かれてるでしょう。

 車軸を作り直さなくていいから、横幅を変えるなんて楽ちんなもんで。

 ここの御者台の所の板と、後ろの板を変えて、出来上がり」


「そうか、車軸が左右に分かれてれば、こういう事も簡単なのか!」


「その通りでさ! いちいち車軸を作り直さなくて良いから、時間もかからねえ。

 こいつはすげえもんでしょう? 旅先で手直しするのも簡単ですよ」


「ううむ、改造まで簡単とは・・・」


 やはり、これは素晴らしい馬車だ。

 買って良かった!


「で、本日は?」


「ああ、しまった。馬車に驚いてしまって・・・

 今日は黒嵐と出掛けます。父上に黒嵐を自慢してやろうと思いまして」


「父上と言いますと、トミヤス道場の、あの剣聖カゲミツ様!」


 ぎょ、と馬屋が目を開く。


「そうです」


 一瞬驚いた馬屋だったが、すぐにやにやと笑い出した。


「ふ、ふふふ。黒嵐なら、あの剣聖カゲミツ様だって、きっと驚くはずだ!

 トミヤス様、ぶん取られねえようにだけ、ご注意下せえ」


「大丈夫です。マツさんと行けば、絶対にぶん取られませんよ」


「ほほう、奥方様とお出かけで? トミヤス様、2人で遠乗りですかい?」


「ええ。黒嵐なら、2人乗っても大丈夫ですよね」


「大丈夫でしょう。奥方様にはそりゃあ良く慣れてますし、トミヤス様の言う事も聞いてくれましたからね。お二人で楽しんで来て下さいまし」


「ふふ、では黒嵐を出しましょうか」



----------



 黒嵐の手綱を引っ張って歩いて行くと、門の前でマツが手を振っている。

 待ちきれなくて出てきていたのだろう。


「お待たせしました」


「お待ちしておりました! さあ、行きましょう!」


「ははは! では、行きましょうか。町から出るまでは歩いて行きますよ」


「はい!」


 ぽっくり、ぽっくり、と黒嵐が後ろから付いてくる。

 歩いて行く町人が、こりゃすげえ、と黒嵐を見返す。

 マツは後ろを向いて、


「今日はよろしくお願いしますね!」


 と、にこにこして黒嵐に声を掛けた。

 黒嵐が少し顔を上げる。

 任せろ、とでも言っているのだろう。


「父上の驚く顔が目に浮かびますよ。

 ふふふ。黒嵐、私の父上は、人の国では5本の指に入るくらい強いぞ。

 それが、お前を見て仰天して驚くんだ。楽しみだろう?」


「うふふ。きっと驚きますよね」


「マツさん、父上に黒嵐を取られないようにして下さいね。

 驚いた後、落ち着いたら『くれ』なんて言い出すに決まってます」


「絶対にあげませんよ! 黒嵐ちゃんはお友達ですもの」


 ぶる、と低く黒嵐が鳴く。


「無理矢理なんて言い出したら、タマゴ見せてあげないって言いなさい」


「そうしましょう! うふふ。お父上、がっかりしちゃいますね」


「そうだ、魔神剣か三大胆くれたら、馬のいる場所教えてあげます、なんて」


「マサヒデ様も意地悪ですね! うふふ」


「ははは! 父上の悔しがる顔が目に浮かびますよ!」


「でも、マサヒデ様、本当にどちらかを差し出されたら、どうするのです?」


「どちらも私の手には負えない代物です。返して、場所を教えて下さい。

 あのどちらかを出すほど欲しい! と言うなら、教えてあげましょうよ。

 私だって、そこまで意地悪するつもりはありません」


「まあ! お優しいこと! うふふ」


「ははは! そうでしょう! 黒嵐はもう私の相棒なんです。

 たとえ父上であっても、絶対に渡しませんよ。な? お前も嫌だろう?

 まあ、ちょっと乗せるくらいなら、許してやってくれるか?」


 後ろを歩く黒嵐が、嬉しい顔を見せたように感じた。

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