第12話 どうにもならない


「ありがとうございました。近日中にこれ持ってきますね」


「よろしくお願いします」


「では」


 ラディの鎖帷子をマサヒデが、クレールの物をカオルが持ち、店を後にした。


「もう! 皆、私を笑いましたね!?」


 ぷんぷんしながらクレールが顔を上げる。


「ははは。私だって笑われてしまったんですよ。

 ほら、ラディさんだって笑われてたじゃないですか」


 ちら、と険のある目でラディがマサヒデを睨む。

 ふ、と小さく笑ってから、マサヒデは真剣な顔になる。


「お二人の身を守る為の物です。参加許可が下り、目付け帯を巻いた瞬間、あなた達2人は、勇者祭の参加者になります。どこで後ろから刺されても、誰も文句が言えなくなります。嫌気がさしたかもしれませんが、軽くしたら、毎日着ていてもらいます」


 こく、とカオルも頷く。


「お二方は、闇討ちには最も狙われやすいのです。

 特にクレール様は、常に忍が周りにおられます分、余計に注意をして下さい。

 安全だと思って動いていると、必ずどこかで、自ら隙を作ってしまいます。

 レイシクランの忍の方々が甘い、と言っているのではありません。

 忍と自分とで、2重の守りを作るよう、心掛けて下さいませ」


「む・・・分かりました」


「はい」


 2人も真剣な顔で頷いた。



----------



 台所でマツに鎖帷子を漬けてもらい、居間に入ると、クレールがべったりとうつ伏せに寝転んでいた。


「ああん、マサヒデ様、鎖帷子を着るだけで、ここまで疲れるとは・・・」


「ふふふ。2、3日もすれば、クレールさんの分は出来上がりです。

 ローブくらいの重さになるはずですよ」


「はぁい」


「明日の昼前には、クレールさんの手甲が出来るでしょう。

 この手甲みたいに、軽くなってますよ」


 マサヒデは懐から手甲を出し、左手に巻いた手裏剣入れを外して、両手に手甲をはめる。左手に、手甲の上から手裏剣入れを巻く。軽く腕を動かし、手首を回す。


「うん、良い感じですね」


 木刀を持ってきて、庭に下り、数回素振りをする。

 唐竹。袈裟。逆袈裟。左右薙ぎ払い。左右斬り上げ。逆風(真下から斬り上げ)。

 何度か振ってみる。


(問題ないかな)


 手甲の上から巻いた手裏剣入れが少し違和感があるが、腕への当たり具合が今までと違うだけで、動きに支障はない。全部着ても問題なかろう。

 暑い地方で厳しいくらいだろうか。


 棒手裏剣を抜いてみる。

 手甲の上から巻いてあるから、抜く時の感触が少し違う。


「よ」


 とす、と棒手裏剣が少し前の地面に刺さる。

 次を抜く。投げる。

 抜く。投げる。

 抜く。投げる・・・


(うん、問題ない)


 投げる動作にも、変な当たりはない。

 特に動作は阻害されない。

 胴が出来て、腕を着けたら、毎日着ておこう。

 この手甲だけでも、随分と安心感がある。


 寝転がったシズクが、


「マサちゃん、どんな具合?」


 と顔を向ける。

 クレールもぐったりと顔を向ける。


「すごく良いですね。この手甲だけでも、かなり安心感があります。

 この安心感で、逆に隙を作ってしまわないか、不安なくらいですよ」


「気に入ったみたいじゃん」


「ええ。気に入りました」


 地面に投げつけた棒手裏剣を拾い、砂を払う。

 懐紙でさっと拭いて、手裏剣入れにしまう。


「ご主人様。冷たいお茶です」


 縁側に座って、カオルが淹れてくれた茶を飲む。


「うん・・・そうだ、カオルさんのは軽いから、もう出来てますよね」


「はい。ここに」


 す、す、す、と服のボタンを外し、がば、とカオルが胸を開ける。


「おい!?」「ちょっと!?」


 慌ててシズクとクレールが身体を上げた。

 2人にカオルが笑顔を向ける。


「お二方、これが忍の鎖帷子ですよ」


「・・・」「・・・」


「ううむ、しっかりつや消しされていますね。光が反射しない・・・」


 マサヒデが顎に手を当て、開けられたカオルの胸をじっと見つめる。

 どうだ、と笑うカオル。


「ふふふ、どうです?」


「これは素晴らしい・・・」


 傍から見ると、とても誤解を招く光景だ。


「マ、マサヒデ様? カオルさん?」


「なんです?」


 2人がクレールに顔を向ける。


「あの、あまり・・・」


「ほら、クレールさんもこっち来て見て下さい。

 すごいですよ。金属なのに、全く光を反射してませんよ。

 これは手間がかかってそうですね」


「はあ・・・」


 クレールがマサヒデの横に座って、カオルの鎖帷子を見る。

 夕陽が当たっているが、照り返しがない。

 この小さな鎖一つ一つが、丁寧につや消し加工されているのだ。

 これは塗料を塗っただけではないだろう。

 鎖は常に当たっているから、塗料だけではすぐに剥げてしまうはずだ。


「む。これは確かに・・・手間も時間もかかっていますね・・・」


「ふふふ。クレール様、ただのつや消しではありませんよ。

 この加工、錆止めも兼ねているのですよ」


「錆びないんですか?」


「全くではありませんが、非常に錆びづらくなっております」


「へえ・・・すごいですね」


「すごいですよ。この細かい鎖の一つ一つ、全部ですからね・・・

 これは高いでしょうね。作るにも、時間もかかるでしょう」


 む・・・

 開けられた胸を見て、クレールがそっと自分の胸に手を当てる。

 にや。

 一瞬だけ、カオルが口の端を上げた。


「む! カオルさん!?」


「この着込みもそろそろきつくなって参りまして・・・

 仕入れるには中々大変なのですよ」


 ふうー、とカオルがわざとらしくため息をつく。


「ううむ、これ程の細工、大変でしょうね・・・」


 マサヒデは眉を寄せて、着込みを覗き込む。

 カオルとクレールの顔を見ていたシズクも、わざとらしく、


「あー今日はあっついなー」


 ふわ、ふわ、と胸元を指で開ける。

 き! とクレールがシズクの方を睨む。

 にや、と一瞬だけシズクの顔が笑い、ごろっと仰向けになって目を外す。


「く・・・ふっ、ふふん、カオルさん、少しお痩せになられた方が良いのでは?」


 クレールは「ふっ!」と鼻で笑い、肩をすくめる。


「いえ。胴回りは問題ないのですが」(にやり)


 す、とカオルは開けた服を戻し、すすす、と素早くボタンを閉めた。

 クレールの拳が膝の上でふるふると小さく震える。


「クレール様もあと100年、200年もすれば・・・」


「きいー!」


「うわ!? どうしたんです!?」


 驚いてマサヒデが声を上げる。

 声を聞いて、マツが台所から慌てて出て来た。


「クレールさん? どうされたのです?」


「な・・・なんでも、ありませんよ。なんでも・・・」


 す、とカオルがクレールに茶を差し出す。


「クレール様、世にはそういった方を好まれる方も多くおられますから。

 そう、お気を落とさずに・・・」


「カオルさん! 今日の事は忘れませんよ! シズクさんも!」


 たまらずクレールが大声を上げたが、


「はて? 私が何か?」


「私ぃー? クレール様、私が何かしましたぁ?」


 マツが心配そうな顔で、クレールの横に座る。


「クレールさん、どうしたのです? 大きな声を出して・・・」


 下を向いたクレールの目が、マツの胸をちら、と見る。

 おのれ!


「マツ様には・・・いえ、私の、問題ですから・・・」


 カオルとシズクが顔を合せてにやにやと笑う。

 何があったんだ? とマツがマサヒデに顔を向ける。

 マサヒデはさっぱり分からない、と小さく首を傾げた。

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