エピソード2

第十一話 シンドローム

シンドローム1/27

『ヘルゲート・アヴァロン』


 地球型惑星アーススリーのベンチャー起業が開発した。現在大ヒット中のフルダイブMMORPG。


 基本的にストーリークエストを攻略していくオーソドックスなRPGではあるが、

プレイヤーが選択できる職業の育成は多岐に渡る。

 その自由度から狩りゲーとしての完成度は高く、また経済システムも秀逸であることからゲーム内通貨は現実世界でも価値を持つ。

 ちなみにリアルマネートレードは運営が公式に行っており、その一部は税金として徴収されている。


 その健全な運営体制に政府も注目し、体が不自由になった老人にとっては唯一の娯楽となるだろうと注目されている分野であるとの触れ込みだ。


 ナノマシンによって体を改造するブーステッドヒューマンが違法になった現在においては終末期の孤独な老人の唯一の娯楽として注目されているらしいのだ。

 もっとも、全員がそういう訳ではない。

 お金のある裕福な家では介護ロボットが充実しており、わざわざネットの世界に潜ることに忌避感を持つ者もいる。

 裕福層としては現実の肉体を忘れてバーチャルで生きるのは、生きることを放棄している、という考えもある。


 アーススリーは地球以上に海の面積が多い惑星で、美しいビーチの観光地が多い土地柄。

 年をとっても毎日健康でビーチでバカンスを過ごすのが老後の楽しみだという価値観が未だに根強い。 


「で、アイちゃん。今回の仕事はネット廃人の救出だっけ?

 救出までは分かるけど、なんで俺がそのゲームに参加しないといけないんだ?

 悪いけど俺はネットゲームはあえて避けてたんだぜ? 学生時代の同級生で一人いたんだよ、ネトゲ廃人が……ボトラーになって、ついに栄養失調で病院に搬送されたってショッキングな事件があってな……。

 俺だってゲームは好きだからちょっと興味はあったけど、廃人が生まれるほどの面白いゲームってのは正直ドン引きなんだよ。

 それに。アイドルの推し活に支障が出るからな」


「はあ、なるほど。マスターのそれはそれで正解です。でも今回の依頼人はですね、まさにネット廃人の子供を持つ親の依頼なんですよ」


「それは分かるけど、なんでわざわざ俺がゲームに参加しないといけないんだよ、そんなのはあれだ、部屋に突入してだな。パソコンの電源抜いて部屋から追い出せばいいだろうが」


 あくまで比喩表現だ、だが正直それくらいしてやった方が簡単で早いじゃないか。


「いいえ。それをすると対消滅爆弾が作動してしまうという深刻な状況でして。しかも犯人はアーススリーの都心部のマンションに住んでおりますし……」


 聞き捨てならない単語が出てきた。対消滅爆弾?

 SF御用達の最強の爆弾じゃないか。

 いや、この時代にはたしかに存在する旧世代の爆弾ではあるが……。ヤバいことには違いない。


「なんでそんなんがあるんだよ。テロだろ? 警察はなにやってたんだ!」


「はい、ですから警察が何もできないようにやったのでしょう。なにせやんごとなき家のご子息だそうで、よほど甘やかされたんでしょうね。

 詳しくは知りませんが本人は犯行予告を出していません。ですがご両親に爆破をほのめかす程度の脅迫はしているようですね。

 まあ本人も本気でやる気は無いでしょうけど、偵察衛星の観測によるとたしかに現物はあるのです。本物の対消滅爆弾が……」


 うーむ、めんどくさい奴だ。


「しかし、対消滅爆弾ってそんなに簡単に持ち込めるものなのか? ぶっちゃけ核爆弾だろ?」


「持ち込み自体は簡単です。戦術級の爆弾であればスーツケース程の大きさで可能なのはいくつかありますね。もちろん、それをどこで入手したのかは疑問がありますが」


「ふむ、まあそれは専門家に任せるとしてだ、そのご子息とやらはネトゲの回線を切ったら爆破するぞっていってるんだろ?

 そんなの警察……いや、それこそ軍隊の仕事だろ?」


「はい、もちろんそうですが、その前に出来る手段は全て取ろうと言う事ですね。

 マスターにはネット空間で彼に接触してカウンセリングと、あわよくば爆弾の放棄を本人に約束させるといったところですか」


「それこそ専門の心理カウンセラーにやらせればいいだろうが?」


「マスターのおっしゃる通りです。ですが、今回の依頼の肝はまさにそこなのです。心理カウンセラーのような分かった気分で近づいてくる、胡散臭い雰囲気の連中をよこしたら爆破すると事前に宣言されました。

 ですのでプロが一般人のふりをしたら、少しでもその臭いを察知したら爆破。リスクが高すぎでしょう? もともとやる気が無かった犯人を追い詰めてしまう可能性があるのです。

 どうやら犯人は比較的に学がありますし、無駄に教養が高い厄介な相手なのでしょう。

 ……ですので今回は本当に素人のマスターに白羽の矢が立ったということでしょうか。

 まあ、今回は生身の体には何の被害もないですし、さっさとアカウントを作成しましょうか。今日はアバターを作ってレベル上げしてゲームの雰囲気を掴むところからですね」


「おいおい、まさか仕事を終えないとログアウト出来ないとか、そういうんじゃないよな?」


 俺はこの手のよくあるデスゲーム物を連想してしまう。

 

「ああ、その辺はご安心を、ログアウトする場合は食事かお手洗い、おやつタイムと……そうですね睡眠時間くらいでしょうか。

 もちろん睡眠時間はちゃんと8時間は契約上保障されておりますので、どーんと頑張ってください!」


「アイちゃんよ、偉い人は言った。ゲームは一日一時間……まあ、今回は仕事なんだからしょうがないか。じゃあ、さっそくアカウント作成するとしましょうか」

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