ハーデス5/6
『ようこそ、コジマ重工冥王星工場へ』
工場内のエアロックを抜けると無機質な機械音声による歓迎の声が聞こえた。
俺達はユニバーサルクロークのバイザーを外す。
工場内は空気及び重力も地球と同じ環境のようだ。
さっそく大きな会議室のような場所に通される。
子供たち全員の入室が終わり全員そろっているのを確認すると。
会議室の奥の扉から恰幅のよい、オールバックのおっちゃんが出てきた。
コジマ重工の作業服にネクタイにスラックス。
いかにも工場長といった出で立ちだと思ったら本当に工場長だった。
貰った名刺にはしっかりと工場長ヨシヲ・コジマと書かれていた。
ちなみに俺も名刺はもっている。
地球連合福祉事業法人フリーボート、福祉船アマテラス船長。イチロー・スズキ。
名刺だけ見ると立派な肩書だが、乗組員は俺一人だ。所謂ワンオペ店長のような感じだな。
「ようこそ、スズキ様、お初にお目にかかります。スズキ財団にはいつもお世話になっております。
この間はクリステル秘書官殿の口利きでクロスロード上院議員と実に有意義な会合を開いていただきましてな――」
嫌に俺に対してへこへこしてくる。この人は社長の息子だろうに……。
ああ、そうか俺をスズキ財団の御曹司と勘違いしているのだろう。
まったく、違うっての。
経営には関わってないどころか社会経験もほとんどない。
実家は普通の家だったし、父親は普通のサラリーマンだ。
あえて言えば、スズキ財団の創始者の兄というだけで何の権力もない。
ただ親族に凄い人がいるだけなのだ。
これでドヤる奴は恥ずかしいし、頭が沸いているだろう。
「あの、工場長さん。とりあえず挨拶はこの辺で、今日の主役は子供達ですので。さっそく工場見学をおねがいしたいのですが……」
「ああ、そうでした、これは失礼しました。では早速参りましょう」
どうやら工場見学の案内は工場長の担当らしい。
まあ、暇なのだろう。
社長の息子さんで秀でた能力はないものの、温厚な性格で不祥事とは無縁。
故にお飾りの工場長になったボンボンだというのはアイちゃんから聞いている。
故に工場運営に直接関係のない突発的な仕事しかやることが無いのだろう。
工場見学なんて普通は広報課が気合入れてやる案件だろうに。
……いや、逆をいえばこの辺境の工場に見学に来ることがないため広報課がないのではないか、それともトップが対応するべき重要な案件と認識しているのか。
たしかに、見学に来た子供達が将来ここに就職したいなんて思ってくれたら未来ある会社として大事なことだ。
「ところで工場長さん、ここには空気も重力もあるのに、どうして見学には宇宙服が必須なんですか?」
スタン先生が早速質問する。
「ははは、たしかにこの建物は事務仕事をするための建物ですので、あと従業員の宿舎も兼ねております。ここだけは地球と環境が同じなんですよ。
でも現場は違います。低重力と限りなく薄い大気。宇宙服は必須ですね。
それにしても、さすがスズキ様ですな。皆さまの着ているのはフェーズ5のユニバーサルクロークですね。子供用も全て揃えるとは、いやはや流石スズキ財団の……」
ちらちらとこちらを見ながら、俺に対するよいしょを欠かさない。
いやこの場合はスズキ財団へのよいしょだが……
まあ、こういうのは大人の世界では常識だ。突っぱねるのも子供じみている。
「あはは、そうですね。子供達の命を預かっていますのでお金には変えられないですよ。
でも俺が用意した訳ではないので、クリステルさんには改めて御礼を言わないとですね、それと工場長さんも褒めていましたって」
露骨ににんまりするコジマ氏。これで俺達への待遇もよくなるのだし、ウィンウィンと言えるだろう。
「それでは、このヨシヲ・コジマ、責任をもって皆様に弊社工場のピーアールさせていただきましょう。
と、そのまえに皆さまはスプートニク平原から徒歩で来られましたね。おーい!」
工場長がそう言うと、会議室の扉が開き、女性の従業員と、蜘蛛型ロボットのミシェルンタイプが入ってきた。
ミシェルンの背中には巨大なタンク、ビールサーバーの様なのを背負っている。
「冥王星工場へようこそですー。あ、スズキ様ー。弊社のミシェルンがお世話になってるですー」
ああ、そうか、彼らはネットワークで情報のやり取りをしているんだっけ。
カスタマーサポートは常にオンラインで反映していくということだろう。
従業員の女性が軽くお辞儀をすると、人数分のコップをテーブルに並べる。
「皆さまはスプートニク平原の岩石を見ましたか? あれは実は水なんですよ。そしてそれをろ過した正真正銘のスプートニク天然水。
喉が渇いておいででしょうからぜひ味わってください。その間に私は宇宙服に着替えてまいりますので飲み終わったら、工場入り口のエアロックまでお越しください」
そういうと、コジマ氏は部屋を後にする。
スプートニク天然水。そういえば。平原にはぽつりぽつりと岩山があったっけ。
冥王星の気温はマイナス230度位だっけか。たしかに水は岩になるって話だ。
女性の従業員からコップに入った水を手渡される。
なるほど興味深い。冥王星の天然水、どんな味がするやら。
一口飲む。うーん、冷たくて美味しい。
けど、紛れもない水だ。当たり前だが、ただの水なのだ。
「冷たくておいしいですね」
俺は水ソムリエではない。だからそう言うほかなかった……。
だが、乾いた喉に冷たい水は最高においしいのは間違いない。
「どう? マードック、毒とか入ってない?」
ちょっ! マリーさん空気よめ。というか俺は既に飲んでるんだが……。
「ああ、そうだな、程よいバランスのミネラルウォーターだな。だがマリー、微小な放射線は毒じゃない。子供達が怖がるだろうが」
なんだ放射線のことか……、というか科学素人の俺でも知ってる、ミネラルウォーター、というか普通の水にだって微小な放射線は出ているのだ。
温泉を飲んだって特に問題はないし、むしろ健康にいいまである。
マリーさんはその辺を理解していない……いや、知っててからかっている節はある。
子供達はミシェルンから渡された水をおいしそうに飲んでいる。
「うん? アイちゃんどうしたの? なにか問題が?」
「いいえ、前から不思議だったのですよ。なぜただの水が美味しいのですか? 水ですよ? うま味がないじゃないですか」
食事の必要が無い彼女たちにとっては当然の疑問だろう。
「ああ、それね。その答えは俺にもわかるよ。
理由は簡単、この水がスプートニクの天然水という銘柄だからだよ、これがただの蒸留水であっても一般人には分からないだろう。
まあ水ソムリエも俺は半分インチキだと思ってる派閥だ。彼らだってきっと名前とコストによって評価を左右するだろう。
つまりは、手間暇と歴史に思いを馳せればそれは立派な味付けなんだと思う。
ちなみに俺は、この水が常温だったら何の評価もしないし、冷たい水なら水道水でも良い。
程よく疲れた体にちょうどいい温度の飲み物、このおもてなしが大事なんだよ」
「なるほど、さすがマスターですね。私のような人工生命体にも分かりやすい説明です。つまり情報の多さが美味しいと感じる要因なのですね」
コップ一杯の水を飲み干し、俺達は女性従業員の案内で工場入り口に繋がるエアロックへ進む。
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