ハーデス4/6

 アマテラスのエアロックが開く。


 ちなみにコジマ重工の工場には大型宇宙船を止めるドックはない。

 大型船が停泊できる貨物船用のドックは現在稼働中であり部外者の利用はできない。


 よって見学者は少し離れたスプートニク平原と呼ばれる平らな地域の上空に停泊する。


 俺達はエアロックから地上へ伸びるタラップをゆっくりと降りる。


 さすがはユニバーサルクローク。

 低重力でも歩行になんの支障もない。


 子供達も最初こそもたついていたが直ぐに慣れたのか、地表に到達するとジャンプしてみたり走ってみたりと、初めての冥王星にご満悦であった。


 それにしても……荒涼とした氷と岩石、薄い大気と豆電球のように頼りない太陽、まさに冥界といったところだ。


「ねえ、マードック。ちょっと低重力下での機動訓練をするから手伝ってちょうだい」


 マリーさんはそういうと、マードックさんの腕から降りる、地面に足を着け軽く足踏みをしながら感触を確かめる。

 今度はマードックさんと手を繋ぎ、いろいろと動きの練習をしているようだ。それはまるでダンスを踊るかのようだった。


 雪原に舞う妖精……しかし、体操服なんだよなぁ。

 アンドロイドだということは知っていても、この光景は違和感がありすぎて出来の悪いコラ画像みたいだ。


「マスター、私もこの環境に慣れるまで手を繋いでいただけますか? あと、念のため安全ロープでマスターと私を縛り付けてください」


 アイちゃんの身体は民間用のアンドロイドだ。

 軍用アンドロイドのマリーさんとは運動機能に差があるのか、ふわふわとぎこちない動きをしていた。


 何かの衝撃で空の彼方まで吹き飛ばないか心配だ。


 たしかにロープで縛る必要があるとは思うが……。

 どうしても体操服を着た美少女をロープで縛ると言う変態的なビジュアルを想像してしまう。


 いかん、あくまで命綱だ。アイちゃんからロープを受け取ると、俺は彼女の腰にロープを巻きつける。

 もやい結びだっけ、ロープワークの研修を受けててよかった。


 それに、もたついてしまってはわざとやっていると誤解を招いてしまうところだ。


「あん、マスター。少しきついですよ。そんなにきつく縛るのがお好きなんですか?」


「あ、ああ。ゴメン、でも解けたら大変だし……って、アイちゃん。アンドロイドに痛覚ないでしょ。まったく健全な男子をおちょくりやがって」


「ちょっと、あんた達、子供達の前で堂々とハレンチなことしないの」


 マリーさんの声に我に返る。


 はっ! 俺は子供達に大人のいけないプレイみたいなのを見せてしまったのか。


 だが、子供達は空中を跳び回るマリーさんに夢中だった。


 それにしても、さすがは身体能力に特化しているアサシンドールだ。指先からワイヤーを繰り出しながら立体機動を披露している。

 まるでスパイダー男のようだ。


 そして遥か上空にジャンプしたかと思ったらクルクルと体を捻りながら地面に着地する。

 体操選手のように両手を上げてキメポーズを取るマリーさん。


 自然と子供達から拍手がおこる。


 体操服の正しい姿だ、ロリブルマーだとか穢れた目で見てはいけないと思った。


「さすがマリーさんですね、その動きなら巨人だって倒せるかもしれませんね」


「巨人? そんなのいるの? マードック何か知ってる?」


「さあな、オーバード・ブーステッドヒューマンの事を言ってるのなら少し難しいかもしれんな」


 ネタにマジレスされてしまった。おっとそろそろ皆も冥王星の環境に慣れて来たな。


「よーし、では、ここから工場入り口まで1キロメートル。ちょっと疲れるかもしれないけど、これもイベントの一つだ。

 楽しく歩こうじゃないか、楽しい楽しい冥王星ツアーの始まりだ!」


 冥王星の地表を歩く体験はきっと子供達の役に立つだろう。

 何がとは言わないが、凄く冒険している気分になる。


 俺でもそう思うのだ、子供達の感受性ならそれは計り知れないだろう。


「みんな、地面を見てごらん、今歩いてるのは凍った窒素の氷河だよ。

 たぶんこの辺は昔、隕石か何かの原因で溶けた窒素が再び固まって出来たって感じの場所かな。

 残念ながら先生は専門外だから詳しいことは言えないけどね」


 スタン先生が初めて先生らしいことを言った。


「さすがはスタン先生、考古学者なだけはありますね」


「いやー、資格はあっても僕には実績が無いからねぇ、あんまし偉そうなことはいえないよ。

 結局、学者の道を諦めてこうして故郷の小学校でしがない教師に甘んじているからね。

 あれ? そろそろエイミー先生の突っ込みが来る頃だと思ったんだけど……教師は素晴らしい仕事です! とか」


 俺も違和感を思えた、スタン先生の失言のあとは決まって夫婦漫才が始まると思ってたのに。


「ス、スタン先生。小学校の教師だって、り、立派な仕事です」


 彼女は中腰のまま動かない、足は明らかにガクガクと震えている。


「おや、エイミー先生は宇宙は初めてなのかい?」


「い、いいえ、その、船外活動が初めてなだけで、ちょっと震えているだけです」


 なるほどね、子供達は平気だったので安心していたが、案外大人の方がなまじ知識があるため苦手意識が生まれるのか。


 彼女の周りに数人の女子生徒が集まってくる。


「エイミー先生。ならスタン先生に手を繋いで貰えばいいじゃないですか? せっかくだしお姫様抱っこ?」

「キャー、大胆ー。えっちー」


 女子生徒たちはからかいながらエイミー先生の手を引っ張る。


「なるほど、それは名案ですね。冥王星なら体重は12分の1でしたね。なら僕でも楽々ですね。

 実は僕は昔から運動が苦手でして。失礼ながらエイミー先生の体重はいくつですか?」


 あ、言っちゃったよ。そして案の定、鉄拳制裁が……まあ、最新型のユニバーサルクローク、そんなことではびくともしない。


 しかし、せっかく生徒達がおぜん立てしてくれたのに、まったくスタン先生はダメダメだな。


 女性の扱い方がまるで分かっていない。そこはやさしくエスコートするのが紳士というものだ。

 ……と、体操服姿の少女をロープで縛る俺が言えたことではないが。


 しかし、さきほどからアイちゃんは随分と歩きづらそうだ。たまに転びかけてロープで引っ張ってしまう。

 絵的によくない。これでは悪い奴隷商人だ。


「さすがに絵面が不味いな。しょうがない、アイちゃん、俺が目的地まで運ぶよ。

 俺だって非力だが、お姫様抱っこくらいはできる。もっとも、今まで一度もそんな経験は無いが……。ちなみにアイちゃんは体重何キロ?」


 ……あ。俺もダメダメだった。


「……うふふ、三千万トンくらいでしょうか。ちなみに鉄拳制裁ではなくタキオンビーム砲をお見舞いしてしてあげましょうか?」


「や、やめて、ギャグマンガ時空じゃないんだ。冥王星のコアが沸騰してしまう」

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