クァンタムマインド3/7
福祉船アマテラスに朝が訪れる。
ちなみに時刻設定はアーススリー標準時間に設定してある。
アーススリーの一日は大体24時間で、月もあり、満潮干潮のサイクルも地球と似ている。
この星より前に発見された地球型惑星アースツーを差し置いて第二の地球と呼ばれるのも納得である。
よって地球の植物もほとんど改良しなくても栽培可能であったし家畜を育てるのにも問題なかった。
もっとも、最初に発見したときは全球は氷河におおわれていたため、開発にはそれなりの苦労もあったそうだ。
多少の時差ぼけはあるが俺はもともと時間通りに活動する人間ではない。
大学だって何度か寝過ごして留年しそうになって教授にお菓子を持って直談判をしたこともある。
ランク的には下の方の私立大学だったから、土下座プラスにレポートを提出すれば単位は貰えたのだ。
まあ、そんなことはどうでもいいか、つまり俺にとっては丁度いい時間ってことなのだ。
しかし、実に清々しい朝である。こんなことならたまにはアマテラスの中庭でソロキャンプをするのもいいかもしれない。
子供達はまだ眠たそうに眼をこすりながらテントからでてくる。
中にはパジャマ姿の子もいた。
3024年とは言え、子供は寝坊をするのだ。
かつて俺は未来の人間は全て規律正しくロボットの様な生活をしているディストピアを想像していたっけ。
だが実際は寝ぐせだらけの少年に、手鏡をもって髪の毛をいじっている少女の姿を見て安心した。
「諸君! おはよう。爽やかな朝じゃないか。はっはっは、若い君達はまだまだ眠そうだね、では元気よくラジオ体操といこうか!」
今の俺は体操のお兄さんだ。
「ラジオ体操? ラジオ……なんでしょうか放射線治療の一種でしょうか……うむ、興味深い」
「スタン先生、なかなか冗談がうまいですね。……いや、そっか、ラジオなんてもうこの世界には無いんだっけ」
どう説明したらいいか。まああれだな、ここは実際にやって見せることだろう。
「まあ、音楽に合わせて体を伸ばすストレッチといったところでしょう。真面目にやらなくていいのがこの体操のいい所です。まあ俺の動きに合わせてください。
じゃ、アイちゃん。ミュージックスタート!」
お馴染みのあのイントロが流れる。
俺は両手を上に伸ばして深呼吸。
俺のけだるげな動きは工場のおっさんといったところだが、隣のアイちゃんは体操のお姉さんのようにキレキレであった。
……うーん。スポーティーなスパッツの体操服がアマテラスの朝日に照らされて尊い。
さすがは太陽の神様を具現化した姿だ。
俺も工場のおっさんスタイルじゃなく真面目にラジオ体操をしようか。
先生方は俺達の動きを見ると、なるほどと思ったのか俺達の動きに合わせて体操を始める。
子供達もそれに合わせてぎこちないながらもラジオ体操を始めた。
…………。
早朝のさわやかな空気は格別だ。
もちろんここは宇宙船、コジマクリーナーの設定次第であるが、本当に初夏の早朝を思わせる爽やかさ、日本企業のこういったニッチなマシンは未だに世界一のシェアなのだ。
最後の深呼吸の頃には皆の動きは揃っていた。うーん。さすがは国民的な体操である。
俺はこれからの予定を話そうと思っていたら。
デンデデーン、デンデデーン、テケテケテン……と再び曲が始まる。
「――げっ! アイちゃん、まさかクソダサの第二もやるんかい!」
「はいマスター、当然ですよ。……いったい、いつから第一だけやって第二もやらないと錯覚してたんですか?」
「なん、だと……俺の地元では第二体操はやらなかったんだよ。くそ、俺は覚えてないぜ?」
「うふふ、ではマスターもそちらに並んで私の動きをよく見てくださいね」
…………。
うーん、良い。
たしかに俺は錯覚していた。ラジオ体操第二はクソダサで定評があるはずだった。
だが美少女がやるとまた違う印象を持つのだ。
アイちゃんの躍動感ある柔軟な動き、アンドロイドなのになぜか汗ばむ肌と体操服。
不思議と俺の体中に血液がめぐり健康になれる気がしたのだ。
「い、いかん。俺も真面目に体操をしなければ……」
ただでさえ普段から運動不足で硬い体がさらに硬くなってしまう。ピンポイントで……。
小学生の前で恥をさらしてしまったら、少なくとも旅の途中ずっと言われるだろう。
ハレンチイチローとか……。子供の無邪気な悪意は恐ろしいのだ。
いや……子供のセンスは侮れない。
きっと巡り巡ってレーザービームとか言われるんじゃないか……。
股間の砲台からレーザーが出る設定。そして、レーザービーム発射ー!。とか、いじられるに違いない。
小学生とはそういうもんだ。
そう、思い出す。俺が小学生だったころの思い出。
軟式野球をやってた背の高い奴が俺に言ったのだ。
「イチロー、お前。レーザービーム投げてみろよ」
もちろん俺は運動部ではないし野球なんて出来ない。
だが野球部の奴はクラスカーストの上位である。
いじめとまではいかないが、卒業までは随分とこすられたものだ。
だからこそ俺は小学生相手でも油断はしない。
同じ轍は踏まぬよ。
両足飛びで上下に揺れるアイちゃんの体操服姿がいかに刺激的であってもだ。
この瞬間、俺は人生で初めてラジオ体操を真面目にやったのである。
おかげで今日は健康に仕事ができるというものだ。
「よーし、子供達よ、テントの片付けが終わったら朝食といこうじゃないか。アイちゃん。レストランの片づけは終わったかな?」
「はい、サンバとミシェルンが徹夜で頑張ってくれました。今はホテルの掃除をしていると思いますので今夜はベッドで寝られるでしょう」
アイちゃんの言葉に子供達の顔は明るくなる。
まあ、それはそうだろう。テントで寝るのも楽しいが、翌朝は体中が痛いなんてよくあるからな。
楽しむだけなら一泊が限界なのだ。
「さて、皆さま。まだ体が硬いようですね。ラジオ体操の後は柔軟体操をお勧めしますよ?
芝生がクッションになっていますし、仰向けに寝そべって下さい」
そういうとアイちゃんは地面に寝そべる。
体操服がはだけて、おへそがちらり……。
「イチローさん。なんで前かがみになってるんですか? うつぶせにならないと」
「うっ、トシオ君、すまん。俺はちょっとお腹がね……。ははは、すまんが俺は先にテントの片づけをしてるよ。君達はちゃんと体操をしてからおいで……」
……バレなかったよな。
だがアイちゃん、わざとやったな。最近俺への距離感が近くなったと思ったら、からかい上手になりやがって。
まあ、……悪い気はしないが。
こうして俺は率先してテントの撤去作業に移ったのだった。
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