クァンタムマインド2/7

 夜更かしをしようと思ったのだが、疲れているのだろう、子供達はバーベキューを終える頃には、うとうとしだしていた。


 今は皆、船内の中庭に設営されたテントの中でぐっすりと眠っている。

 ホテルはスサノオとの戦いでぐちゃぐちゃに散らかっているので今日の宿泊は不可能である。


 ストライキをしていたサンバ達も日付が変わると仕事に戻るようだ。

 明日の晩はベッドが使えるだろう。



「マスター。先生方が目を覚ましたようです」


 医務室で寝ていた先生方が起きる。


 少しけだるげに男性の教師がつぶやく。


「ここは……。どこだ?」


 同時に女性の教師も目を覚ましたのか。


「スタン先生……ここは医務室のようですが……私たちはどうして……は! 子供達は?」


 医務室は明るい、彼らは眩しい光に目を細める。


 アイちゃんが彼らの瞳孔を確認する。


 問題なかったようで、アイちゃんは俺に笑顔を向けた。


 よかった。洗脳の類は無いようだ。


「やあ、俺は福祉事業団体フリーボートのイチロー・スズキといいます。子供達は大丈夫です、安心してください。

 どちらかというと、今は先生の方が心配なので落ち着いてください。

 そうだ、アイちゃん。何か飲み物を持ってきてくれる?」


「はい、先生方はリクエストはありますか? ちょうどイタリアでエスプレッソマシーンを購入したばかりですのでコーヒーがお薦めですよ?」


「イタリア……。いいですね。ではカフェラテをお願いします。エイミーもそれでいいよね?」


「え、ええ。というか、この状況……どういうことでしょうか。私たちに一体なにが……。

 ……そうだ、け、警察を呼ばないと! ああ、大変だわ! 親御さんになんてお詫びをしたらいいか。それから……校長、いや理事長に報告を……ああ、お終いだぁぁああ!」


 頭を抱えてその場に泣き崩れるエイミー先生。


「おいおい、君は新任で副担任だからそこまで責任は無いよ。全ての責任はたぶん僕になるから君は安心するといい。この場合はお終いなのは僕の方かな? あっはっは」


 スタンという男。泣きじゃくるエイミーの背中をさすりながらどこか上の空だ。


 責任感がない、ひょうひょうとした男性だが、どうだろう。

 部下をかばう姿は理想的な上司なのだろう。この人は本当に自分の責任になればいいと思っているようだ。


 それでもエイミー先生は泣きじゃくる。

 たぶん新任の先生だろう、おそらく俺より年下だ、子供っぽい仕草、それにスーツも着慣れていない感じだし、おそらく新卒といった感じだろう。


 可哀そうに、ついこの間まで学生だったのにこんな事件に巻き込まれるなんて。

 俺は同情を禁じ得ない。


 俺としても何か説明しなければと思っていたら、コーヒーのいい香りが漂う。


「エイミーさん、アマテラス特性のカフェラテです。最新のイタリア製のエスプレッソマシーンで作りました。

 豆もイタリアでローストしたの特製のブレンド豆です。これを飲んで落ち着いてください」


 アイちゃんが香り高いカフェラテを二つ、先生方に手渡す。


 ラテアートこそ無いがクリーミーな美しい白い泡。そして立ち上がる湯気と共にモカのいい香りが周りに広がる。

 さすがクリステルさんお勧めのエスプレッソマシーンなだけある。


 お値段もそれなりだったが、領収書マジックを使って無事に経費で落とすことができた。

 民間……いや、俺個人では到底手が出ない価格ではあるが、さすがはクリステルさんだ。


 エイミーさんもその香りに目を細め、すっかり落ち着いていた。

「いい香り。……ごめんなさい。私、少しパニックになってたみたい」


 アイちゃんは久しぶりのメイド型アンドロイドの格好で、サンドウィッチやお菓子を運ぶ。

 サンドウィッチの具はバーベキューで残った肉や野菜を使っているのでとても美味しいそうだ。


 腹いっぱい食べたつもりだが温め直したサンドウィッチから肉と香辛料の香りが漂う。


 ぐぅー、と俺も小腹が空いてきたので思わず手を伸ばすが。


「マスター。っめ! これは子供達が先生方の為に作ったのですから。それにカロリーオーバーです。

 夜中に食べすぎると太りますよ?」


 手厳しい。

 たしかに太りたくないが深夜のカロリーは悪魔的な魅力があるのだ。

 だが、アイちゃんに怒られるしここはぐっとこらえる。


「さあ、先生方。子供達がバーベキューに参加できなかったからって作ってくれたんですよ。

 まずはこれを食べてください。話はその後で結構ですから」


「それはありがとうございます。実はお腹ペコペコで、はっはっは。では遠慮なくいただきます。……うん、旨い。肉の脂と香辛料の香り、そして蒸されて程よく柔らかいパンのハーモニー」


 スタン先生はあっという間にサンドウィッチの一つを平らげる。


 それを見ていたエイミー先生も恐る恐る手を伸ばし、野菜多めのサンドウィッチを一口。


「あ! おいしい……」


「ああ、やはりエイミーさんはそれを選びましたね。実は生徒の一人が、エイミー先生は野菜大好きだから、って言ってましたので。先生は生徒達に好かれていますね」


 そう、たしか女子生徒数人がエイミー先生は菜食主義でめんどくさいから、とか言ってたっけ。

 でも、俺は思うね、彼女はたぶん体形を気にしているんだろう。スタン先生はずぼらな感じがあるが、おおらかでやさしさが顔に出ている。


 多分エイミー先生はスタン先生が好きだ。

 あくまで俺の勘ぐりではある。


 だが、女子生徒達の会話から察すればほぼ間違いない。

 つまり女子生徒達にとっては二人の存在はラブコメなのだ。


 実に分かりやすい。 

 俺としては別にお節介を焼くつもりもない、だが、まあいい方向に行けばいいなぁと思う程度だ。 


 二人は手早く食事を終えると、すっかり落ち着いたのか、昨日何が起きたのか俺達に話をしてくれた。


 もっとも大した情報は無かった。

 やはり犯人は手がかりを簡単に残すような奴ではなかった。


 まあ、俺としてもそんな気はしたのだが。

 とりあえずクリステルさんに二人の無事を報告をして。俺達は計画通りに修学旅行のスケジュールをこなすのみだ。


 なにより子供達にとっては一生に一度のイベントなのだから。

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