第六章 アヴァロン

アヴァロン1/4

 休暇は終わった。


 アキハバラは微妙……というか個人的に最悪な思いでしかなかった。


 だがクリステルさんお勧めのイタリアは本当に良かった。

 さすがは国自体が観光地に極振りしているだけあって、どこに行っても退屈しないのだ。 


 インドア派だった俺だが、この経験で考えが180度変わった。


 それにしても人類の娯楽は相変わらずだ。

 技術がいくら進もうが変わらないものもあるのだ。


 これも自然を残してくれた先輩方の功績だろう。

 未来世界がディストピアでなくて本当によかったと思う。


 すっかり英気を養った俺は今日も宇宙を旅する。


 忘れてはいけない。俺は福祉事業団体フリーボートの社員なのだ。




「いやー、マードックさん。大怪我から復帰したばかりだというのに、ほんとすいません」


「なに、構わんさ。休んでばかりでは感覚が鈍るしな。それに復帰後にさっそくの仕事、ありがたいものだ」


「そうよ。いっそのこと私達を専属の用心棒として雇わないかしら?」


「うーん、マリーさんの提案は実に魅力的なんですが。用心棒を雇う仕事はめったに無くてですね。専属にするのは無理なんですよ」


「マスターのおっしゃる通りです。我々は福祉事業団体ですので、戦力の保持は許されていません。あくまで案件によって臨機応変に契約をするというのが前提なのですよ。

 ちなみに今回のお仕事ですが、修学旅行中の小学生達を楽しい宇宙旅行にご招待です。

 万が一があってはいけませんので戦闘要員の同行が義務付けられていますね」


 この世界でも貧富の差はある。


 いや、貧困は限りなくゼロに近い。正確に言うなら、中流階級と上流階級しかない。

 そして上流階級のさらに上澄みが持っている資産はまさに青天井である。


 故に相対的に見れば貧困の差はあるといえるのだ。

 まあ、それでもあえて貧困に落ちる者達もいる、犯罪者などがそうだ。


 余談だが、クリステルさんの一家は上流の中でも下の方に当たる。

 四天王のなかでは最弱といったところだろう。


 おっと、そんなことはどうでもいい、それに命の恩人の一族、弟の子孫達をディスる気はないのだ。


 今回の仕事。

 資金に限りがある公立小学校の生徒でも修学旅行くらいは豪華な宇宙旅行を楽しみたい。

 機会は平等であるべきだ、というクロスロード上院議員の考えにのっとった、フリーボートがメインにしている事業の一つだ。


 俺としてもこの考えには全面的に賛同している。

 子供の時に見た光景は、その子の将来に大きな影響があるのだ。

 ならぜひ、広大な宇宙を見せておきたいと言う気持ちには大賛成だ。


「それでアイちゃん、今向かってるのはどこ?」


「はい、地球型惑星アーススリーですね。この惑星は重力や大気圧に水の量など、ほとんど地球と同じですので、第二の地球としてとても発展しています。

 ちなみに私達はアーススリーの衛星軌道上にある宇宙ステーション及び戦争博物館で合流しますので、今回は地上に降りることはありません。ここのビーチも人気がありますが残念でしたね」


 アーススリーの衛星軌道上には巨大な宇宙ステーションと過去の宇宙戦争に使われた宇宙戦艦が併設された観光スポットがある。


 この星の住人を問わず、社会科見学では必ず一度は訪れるほどに有名な場所だそうだ。


 何が凄いって、100年以上も前のボイド戦争で活躍した宇宙戦艦スサノオがそのままの状態で保存されているのだそうだ。


 武装もそのままだというから驚きである。


 まあ、考えてみたら宇宙にある以上は観光業者も下手に改造できないと言う事だろう。

 いつでも動ける宇宙戦艦が展示されているのだ、ミリオタからすればよだれものと言ったところか。


 そういえばミリオタの弟は戦艦ミカサがキャバレーにされたとかテレビに向かってぷりぷりと怒っていたな。


 おっと、話がずれてしまった。


「たしかに、地上に降りれないのは少し残念ではあるけど、当分は良いかな。

 地球成分はこの間たっぷり補給したし。結構お金も使ったしで、しばらくは遠慮しとくよ」


 それにしてもオフの時のクリステルさんは中々に陽気な性格だった。


 アキハバラで本場のオタクアナザーディメンションを喰らってしまい、傷心していたクリステルさんだったが、

 魂の浄化としてバチカンでお祈りを済ますと、すっかり元気になって、俺をシチリア島のビーチへと誘ったのだ。


 まぶしい太陽。白い砂浜に波の音。

 ……そして、躍動する二つの山々は全て遠き理想郷であった。 

 

「うふふ、マスターはクリステルさんの水着姿にどぎまぎしていらっしゃいましたね」


「ご、誤解だ。彼女は俺の弟の大切な孫の孫の孫の……とにかく、親族によこしまな気持ちは抱かないのだ!」


「あら、イチローったら、その割にはあちらこちらに目が泳いでいたわよ? まったく、ムッツリなんだから」


「マリーさん。そうは言っても日本男児としてはだ、ああいうのに耐性がないというかな、わかってくれ」


 そう、俺としては金髪美女のビキニ姿は映画や雑誌、あるいはテレビCMでよく見ているので慣れたものだと思っていた。


 だが、生で見たときの破壊力はすさまじいものがあったのだ。


 ………全て遠き理想郷。


 いやいや、彼女はあの弟の子孫なんだ。全然似てないけど。


 煩悩よ、去れ! 



 その直後、船内スピーカーから不穏なアラート音がなる。


 訓練でしか聞いたことのない音。

 普段、ニコニコと笑みを絶やさないアイちゃんが、そのアラート音と同時に顔を強張らせた。  


「マスター! 前方に大規模な霊子振動を確認しました。緊急事態!

 10秒後にタキオンビーム砲が本艦に着弾します!」

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