アナザーディメンション4/4

 双子のオタクは交互に主張を話す。


 ざっくりと要約するとこうだ。


 ソウジ君は漫画に裸があって何が悪いとの主張。つまりエロ漫画を規制するなという派閥。

 セイジ君は露骨なエロ表現は規制すべきという派閥だ。


 しょうもな……。いや当人にとっては大問題ではあるのか。


「そもそもでござるが、拙者が話しているのは非現実な人物でござる。現実と虚構を混同して語るのはナンセンスでござる」


「何を言ってるんだい兄さん。虚構といっても彼女たちは確かに二次元で生きている、人権は尊重すべきだと僕は思うよ」


「いいや、セイジよ、仮に生きていたとしよう、であるなら産まれたままの姿こそが美ではないか。

 古代より女神の絵は裸であり、いかがわしいと思う事こそが神に対する不敬である」


 なんか語りだしたぞ。声も大きくなっている。


 周りが注目しだしているじゃないか、そういうところだぞ。


 そして、ソウジ君はクリステルさんの胸元を凝視する。


 今度はセクハラかと思ったが違った。


「クリステル女史はクリスチャンであるご様子」


 彼は胸元の十字架のペンダントを見ていたのだ。

 

「であるなら裸婦画は肯定してくださるのでござるな? 古代の宗教画はほとんどが裸婦画でござる」


 いや、訂正。セクハラだった。


 クリステルさんを巻き込んでしまった。日本人として申し訳ない。 


「……ソウジさん、どうも誤解があるようですが、キリスト教はそういうのは普通に駄目ですよ?」


「え! そんなわけないでござる。女神であるなら裸婦画は認められるでござる。拙者は知ってるでござる、裸婦の隣に天使とか神のアイテムを添えれば問題ないはずでござる!」


 オタク特有の早口でまき散らすソウジ。

 殴りたい。


 だが、クリステルさんは落ち着いて話を返す。


「おや、なるほど、ソウジさんはお詳しいですね。ですがそれは男性側の詭弁ですよ。

 今では、しっかりとゾーニングされております。美術館でもそういったものはR18コーナーに隔離されてますよ。


 ……ですが、まあ、おっしゃる通り、それについても現在では賛否両論ありまして。

 文化的に価値のある物を否定して良いのかどうかは現在も解釈が別れておりますね。


 政治的にもデリケートな問題になっております。

 最近の出来事で言えば電脳議員は審議を放棄し、上院と下院に結論を委ねました。


 つまり膠着状態ですね。まあ、こういった問題こそ人間同士で意見をぶつけ合う方が健全なのかもしれませんが」


 おや、クリステルさんと話がかみ合っている。ソウジ君は案外できる奴なのかもしれん。


「……であるからでござる。電脳議員は人間に判断を委ねたのでござる。

 故に、我々は正しさを証明するために日々活動をしているのでござる。このままでは芸術が危ういのでござるよ」


 なるほど、3024年になっても解釈が別れるのか、芸術とは難しいものだ。


 しかし、一つ分かったことがある。

 オタクとは博識であるということ、決して別称ではないのだ


 だがあえて言わせてもらえば、古来からエロ漫画は隠れて読むものだ、堂々と公にしていい話じゃないと21世紀の俺は言いたい。 


 その後もソウジ君はオタク特有の早口でクリステルさんに訴え続けた。

 よくもまあ、そんな話を女性に対して堂々と喋れるものだ。


 オタクとは言えど、リーダーともなると面構えが違うという事か。


 クリステルさん、俺が許す、殴っていいぞ。


「……なるほど、良く調べていますね。理屈は通っております。私とは価値観が違いますが、私は貴方の自由な意見を尊重します」


 だがクリステルさんは相変わらず冷静だった。

 普通ならセクハラで現行犯逮捕の案件だぞ?


「では、セイジさんの意見は? 貴方の主張も聞きたいわ」


「はい、僕は裸婦画に関してはもっと慎重になるべきだと思います。

 それに隠れてたほうが尊さが増していいのですよ。見えるか見えないか、それこそが宇宙の神秘ではないですか。


 そう、千年以上も前の人類が見出した美の極致、絶対領域理論がそれを証明しているのです。

 そこのメイド型アンドロイドはまさにそれを体現した姿。体のラインを隠す衣装ながら女性の魅力を引き出す。そしてスカートの裾とソックスの間に僅かに見える素肌、これこそが至高ではないですか」


 セイジ君も兄に劣らず、安定の変態であったようだ。

 

 しかし、俺としては彼の意見に賛成だ、脱げばいいというものではない。


 ……だが、この議論に何の意味があるのか。

 いよいよ意味不明だ、正直勝手にやってろって感じだ。


 クリステルさんは真面目な性格なのか、この変態共の意見を真面目に聞いているようだ。

 どんなにおかしな主張でも、まず聞いて理解するそぶりをしている。


 そういえばアメリカはディベートの文化があるんだっけか、互いの主張を否定してはならないということだろうか。


「なあ、アイちゃん。俺って必要ないんじゃないか? クリステルさんが上手くまとめてくれそうだし……」


「いいえ、マスターはちゃんと役に立っていますよ? マスターがいるからこそ、この場の平和が保たれているのです」


 そうだろうか……まあ、そう思うことにしよう。



 一時間後。



 クリステルさんは、二人の主張をうまくミックスしてお互いに納得する方向に持って行ってしまった。


 もっとも彼等の意見は簡単には変らないが、少し歩み寄る方向で仲直り出来たようだ。

 さすがハーバード大か、これがアメリカなのか、やはりユー! エス! エー! なのか。


 まあ実際のところ、自分たちとは違う世界にいる美人さんが、真剣に面と向かって話を聞いてもらえたものだから。

 彼らの中のくだらないこだわり、というか負の感情は勝手に浄化した。それが真実だろう……。


 そう、結局は子供なのだ。

 彼等にはただ静かに話を聞いてくれる大人がいればいいのだ。



 こうして、双子のオタクによる二次元の戦いは静かに幕を下ろした。


 実際、戦いは言論で行うべきだと思う。


 これが正しい民主主義。今日も平和だ。


 オタク文化という21世紀の残り香を感じながら俺達はアマテラスへと戻ることにした。


「いやー、しかしクリステルさんは大人だなー。まるで聖人のようでしたよ。俺も大人にならなければ。途中何度も殴りたくなったし」


「……それですが、イチローおじさん。今からで申し訳ないのですが、イタリアに寄っても良いですか?」


「うん? 俺は別に構いませんけど、買い物ですか? やはりブランドはイタリアですからね」


「いいえ、その、ローマに行こうかと。

 バチカンで魂の浄化をしようと思いまして……そのまえにジムでひと汗かこうかしら、今ならバーベル新記録が出せそうだわ。


 そうだ、おじさん。アンプラグド事件の時、拳銃が撃てなかったそうじゃないですか、アマテラスのジムには射撃訓練場もありますからご一緒しません?


 たしか期限切れの弾丸がたくさんありましたね。この際だから在庫一掃処分しちゃいましょう。

 フルオートは気持ちいいですし……そうだ、チェックのシャツを着たマネキンを的にするともっと楽しいかもですよ? うふふふ」


 あっ…………察し。


「……アイちゃん。イタリアってブランド物で有名だろ? 後でクリステルさんにプレゼントするから、似合いそうなのピックアップしてくれない?」


「はい、かしこまりました」



 -----お終い-----


 あとがき。


 今回はクリステルさんにスポットを当てたお話でした。

 暴力ではなく言論で解決する彼女の活躍、楽しんでいただけたでしょうか。


 しかし今回の主人公も空気でした、ほとんど突っ込みしかしていません(笑) 


 ちなみに話で出てくる社会問題は現実とは無関係のフィクションです。


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