アナザーディメンション3/4

『裸婦画だって芸術だぞ!』


『そうだ!』


『いや、さすがに裸婦画はやり過ぎだ! 絶対領域こそ至高!』


『何を! 裸婦画を愛する全ての芸術家に対する冒とくだ!』


『エッチなのは良くないと思います!』


『それはお前の目がいやらしいだけだろうが!』



 うん? チェックのシャツにジーパンの奴ら、マイク越しで喧嘩を始めやがった。


 デモの参加者が二つのグループに分かれ、何やら不穏な空気が広がる。

 

 これが内ゲバというやつか。

 しかし、うるさい奴らだ、さっさとどこかの喫茶店に入って休憩したいところだ。


 俺は携帯端末を取り出そうとジーパンのポケットに手を入れる。

 おっと、俺としたことがシャツがズボンにインしているじゃないか。


 …………。


 ……げっ! そういえば俺も今日はチェックのシャツにジーパンだった。


 決して意識したわけではない。ちなみにこの服を用意してくれたのはクリステルさんだ。

 アメリカでは昔から安定のカジュアルファッションなのだ。


 だが、この状況ではまずいぞ、やつらの仲間だと思われたくない。


「そこのメイド型アンドロイドをつれた御仁。待つでござる!」


 やばい、間違いなく俺のことだ。


「クリステルさん。ここは俺達が居ていい場所じゃない。あんな古風なやつら、きっとろくなことにならない」


 俺はクリステルさんに日本の恥部を見られてなるものかと、場所を変えるように促す。

 だが彼女は興味津々の様子である。

 

「古風……ござる? ああ、なるほどこれが有名なサムラーイですね、さすがは伝統を重んじる日本ですね」


「クリステルさん、それは古風違いだ。この国にサムライはとっくにいない。

 もし自分の事をサムライとか言ってる奴がいたら、それは自意識を拗らせた痛い奴だから気を付けるんだ」


 そうこう言っている間に俺達はござるに追いつかれてしまった。


「むむむ、メイドを連れた御仁は、金髪美女とも仲良しですかな。おお、なんという理不尽。拙者はここ数年女子とまともに話したことがないというのに」


 そりゃ、そんな格好でデモやってればそうなるだろうよ。


「ござる君よ勘違いするな。この人は俺の……姪っ子だ」


「またまた、姪っ子なんて分かりやすい嘘をつくでござるな。

 全然似てないどころか、人種が違うではござらんか、嘘はよくないでござる。仮に本当に姪っ子だとおっしゃるなら、ぜひ拙者に紹介してほしいでござる」


「おじさん。やっぱこの人サムライじゃないでしょうか。先程からサムライ語を喋っていますし……」


 …………。


 ……。


 なんやかんやで、デモ活動に巻き込まれてしまった。


 まあ、あくまで言論の自由の範囲内、暴力のない平和な活動ではあるのだが。


 ……正直うっとうしい。


 暇じゃなければ決して付き合わなかっただろう。


 それにこのござる君は喫茶店にまでついてくる始末だ。 


「先ほどは失礼いたしました。拙者は、アナザーディメンションの総統、ジェミニのサガです」


 オタクのくせに名刺を手渡された。案外礼儀ただしいのか。

 そこには『物言うオタク連合、アナザーディメンション総統。サガ・ソウジ』と書かれていた。


「はいはい、サガ・ソウジさんね。しかし、ジェミニってなんだよ、芸名か何かか?」


「芸名とは失敬ですね、我ら双子にちなんだ二つ名と言ってもらいましょうか。アナザーディメンションのもう一人の総統、セイジ・サガです」


 うっ、いつの間にやらもう一人、そっくりさんが現れた。


 しかも、キザっぽいキャラで……。

 ここは日本だというのに苗字と名前を反対で名乗るところからするに、そうとうな自己顕示欲を感じる。


「おい、セイジ、拙者はまだ話し中でござる、割って入るなでござる」


「ふふふ、いくらソウジ兄さんとて金髪美女に抜け駆けとはひどいですね。ナンパする度胸などないのにどういった風の吹き回しでしょうか」


 オタクファッションの双子が何を言い合っているんだろう。


 おっと今は俺も人のことは言えないか。……今すぐ着替えたい。


 それにセイジとやら、あまりインテリぶって話をするなよ。恥をかくぜ。

 なんせ本物のインテリが目の前にいるのだからな。


 ……もちろん俺ではない、クリステルさんの事だが。


 さて、この双子のオタク。

 インテリぶって喋るのが弟のセイジで、ござる口調が兄のソウジ。


 厄介な奴らに巻き込まれたものだ。


「で? 相談だと言うから付き合ってやってんだ、さっそく本題に入ってくれないかい?」


 オタ同志の内ゲバ、正直どうでもいいが、一応、俺は福祉事業団体の社員である。

 話くらいは聞かないとプロ失格だ。


「そうでござった。貴殿はメイド服のアンドロイド美少女と、全く正反対の属性の女性……。

 そう、いかにもオタク的な物を見下しそうなキャリアウーマン風の女性を同時に連れている貴殿にこそ相談があるのです!」


 何が言いたいのか。

 ちなみにクリステルさんは他人を見下すような性格ではない。


 …………。


 どうやら彼らの組織は今、主義主張の違いで真っ二つに割れているそうだ。 

 それもそのはず、リーダーである二人の主張が真っ二つであるのだから。

 まったく、ただの兄弟喧嘩を組織に巻き込むなよ。


 ちなみに今日のデモは途中までは何とか体裁を保っていたが、案の定すぐに喧嘩を始めてしまったとのこと。 


 実にくだらない。

 俺は大きく溜息を吐く。

 

「おじさん、よろしいのではないですか? 本格的な喧嘩になる前に相談に乗ることは大切ですし」


「そうですよマスター。ここは古き良き文化を信奉するサガ兄弟さん達に付き合ってあげるのもよいのでは?」


「うーん、しょうがないなぁ。じゃあ、一人ずつ、自分の主張を喋ってくれないか?」

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