箱舟のアイドル2/2

 激しいビーム砲の嵐がこちらに降り注ぐ。


 さながら宇宙のネオン街である。もちろん俺はネオン街には今も昔も行ったことが無い。


 だが、この福祉船アマテラスは今でこそ民間船だが元々は宇宙戦艦である。

 自身の主砲であるタキオンビーム砲をくらっても問題ない防御力がこの船にはあるのだ。


 そう、今でも現役な十一次元効果バリアの前には荷電粒子砲はただの花火なのだ。


 つまり絶対に安全なので俺は落ち着いている。


 だが、疑問はある。 


「アイちゃん、俺達はなんで攻撃されてるの?」


「さあ、それは分かりません」


 アイちゃんも不測の事態に状況を把握できないでいた。

 

「この船大丈夫? もう戦艦じゃないんでしょ? 攻撃喰らい過ぎでヤバいとかないよね、結構古いんでしょ?」


「はい、アマテラスには十一次元効果バリアがありますので全く問題ありません。ちなみに古さで言えば目の前の船の方が数世代古いです」


「なるほどね、で、俺達どうするの? まさか撃沈とかしないよね?」


「そうですね、相手の船の攻撃能力を全て無くせば良いのですが。マスターの指示があればやりますよ? もっともアマテラスの武装は主砲しかありませんが」


 主砲。タキオンビーム砲を使ってしまったら目の前の船は跡形もなく消し飛んでしまうだろう。


「いやいや、福祉船がそんな攻撃的でどうする。ここは平和的にだな。そう、こちらから通信するんだ。霊子通信は……さすがに向こうにはないし。そうだ、光通信とかならあるだろ?」


「ええ? 光通信ですか? ……そんなローテク、この船にはありませんよ。困りましたね。

 そうだ、こういう時こそ、モールス信号ですね。相手方にはおそらく量子コンピューター先輩がいますので。きっとモールス信号に気付いてくれるでしょう」


 アイちゃんがそう言うと、アマテラスの船体から信号弾を放つ。信号弾は十一次元効果バリアの外に出ると。相手の船に向けて光を放った。

 モールス信号というからツートントンをイメージしていたが、どうやら違った。


 パ!っと、信号弾が一瞬光ったのみだった。だが、それを読み取ったのか、先程までの攻撃はピタッと止み、相手も一発の信号弾を撃つ。どうやらこちらを受け入れている様子だった。


「マスター、話は終わりました。どうやら、相手はこちらを外宇宙の敵と認識していたようです。

 我々が地球からきた船だと説明すると納得してくれたようですね。さすがは量子コンピューター先輩です、光学圧縮信号くらいは理解してくれると信じていました」


 量子コンピューター、俺にとっては未来の技術だが、この時代では過去の遺物なのだろう。

 しかし、実用開始から数百年の間、量子コンピューターが人類に与えた恩恵は計り知れないものがある。宇宙時代の幕開けは量子コンピューター無くしてはあり得ないのだ。


 そう、霊子コンピューターのアイちゃんとしてはリスペクトを忘れてはならない大先輩である。


 アマテラスは亜光速外宇宙移民船ロナルドトランプに接舷させる。


 大きさはさすがに外宇宙移民船だ、相手の方が一回り大きい。


「では、マスターご武運を」


「お、おう。でも俺一人で船内に入っていいのか? 正直こわいぜ」


「安心してください。話はついております。もちろんナビとして私の子機も同行します。さあ、わがまま言わずにユニクロを着てください」


「ユニクロ……。その名前、余計に不安にさせるんだよな。なんか安物っぽくないか?」


 俺は言い訳をいう。俺だって分かっている。ユニクロとはユニバーサルクロークのことで、決して学生時代にお世話になった格安ブランドではないと。


 マントの様に簡単に装着できて、防弾防刃性に優れた最新鋭の宇宙服である。 

 だが、それでも単身で謎の船に乗り込むのは度胸がいるのだ。


 しかも先程までに敵意満々で砲撃してきた船である。

 それにこの船は情報が色々と足りない。  


 事前にアイちゃんから聞いた情報ではこうだ。


 ――ノアの箱舟計画。


 これは第一次宇宙大戦の以前に作られた外宇宙移民船らしい。


 かつて太陽系全ての惑星に根を張ることができた人類であったが、惑星間での格差が生まれ、それは歪となりついに戦争に突入した。


 一部の政治家、有識者、マスコミは人類滅亡の危機を訴えた。


 そんな状況下でこの船はできたのだ。

 一万人の人間を収容し別の恒星系へ運ぶそれはまさしくノアの箱舟だった。


 だが、終戦後には多くの情報が失われており。

 この船の詳細なスペックや乗組員、そして目的地などは不明であった。


 ◇◇◇


 移民船ロナルドトランプの船内。


 そこは廃墟だった。船の中だというのに……崩れ落ちるビルには苔が生えている。


 空気は循環しており有毒なガスなどはない。

 船内の生命維持装置は機能しているようだ。

 

 だが人はいない。

 一つ言えることはここはかつて人々が生活して栄えた一つの街であったという事は分かる。


 それゆえに、目の前の公園にある壊れた遊具を見るのは正直きつかった。

 

 居住区を抜け、船のコントロールブリッジへ向かう。

 通路にある隔壁は俺が近づくとピコンと音がなり、ロックが解除されたのか左右に開く。


「おや、本当にお客さんだよ。メラニーの言った通りだね」


『はい、彼は、地球標準時間でいう3024年の地球から来られた福祉事業団体の方です』


 量子コンピューターのAI、メラニーは一人の老婆にモニターから答える。


 老婆は遠くを見つめながらため息を吐く。


「そうかい、もう地球は3024年なんだねぇ。それにしても良かった、てっきり地球は滅んでると思っていたもんさね。

 さて、せっかくのお客さんだというのに、何もおもてなしできないで本当にすまないねぇ。

 そうだ。コーヒーくらいは残っておるじゃろうか」


 老婆はゆっくりと立ち上がると、足が不自由なのか杖を手に歩き出す。 


「いえ、ご婦人。俺達は貴女を救助にきたのです。それに物資は潤沢に持ってきています。1万人くらいなら一週間は問題なく食べられる食料を積んできておりますし。

 ここより狭いですが住居もあります」


「ほっほっほ。そりゃありがたい。でもね、この船には私一人しか残っておらんのじゃ……」


 俺は彼女から話を聞くことにした。


 コーヒーはさすがに遠慮した。

 失礼だと思ったがそういうルールだからしょうがない。

 飲んでしまったら、精密検査を受けるはめになる。


 彼女はコーヒーの香りに目を細めながら語った。



 遥か昔、外宇宙に向けて移住計画があった。


 ノアの箱舟計画と呼ばれたそれは、当時の技術ではリスクが高くシミュレーションの域を出なかった。

 その試験用として、この移民船ロナルドトランプは開発された。


 やがて、第一次宇宙大戦に突入する。

 人類は宇宙に飛び立って初めての惑星間戦争を経験した。


 当時最新鋭の宇宙戦艦が放つ、たった一発のビーム砲が一つの都市を焦土にしたとき。

 愚かにも人類は数世紀ぶりに滅亡を危惧したのだ。


 結果的にノアの箱舟計画は国家プロジェクトへと進んだ。


 有力な政治家や科学者に技術者、医者、そして船の建造に貢献した大富豪とその家族が選ばれ。

 移民船は最低限の試験をクリアすると極秘に外宇宙へ向けて旅に出たのだ。


 もっとも、その後戦争は終結。被害は大きいものの地球を含めた惑星系は停戦に合意し、ふたたび手を取り合うことになる。


 だが戦後の混乱で移民船のことは完全に忘れ去られてしまったのだ。


「メラニーよ。航行履歴を出しておくれ」


 老婆は一息つくと古めかしいポットに入ったコーヒーを空になった自分のカップに注ぐ。


『かしこまりました。ですがショックを受けられるかと、心臓によろしくないですが……』


「いいさね、一人で見るにはつらいけど。お客さんに説明しないとだろ?」 


 俺は、メラニーが出力した航行履歴を覗いた。


 正直ショックだった。


 この船は航行開始からわずか十数年で、コールドスリープの装置が全て故障。

 そしてスリープ中の人間は全員死んだ。


 その中には技術者が多数含まれた。


 生き残った技術者たちは、人々に糾弾されるも必死で装置の修理を試みた。

 だが、その技術者も遺書を残して全員自殺してしまった。

 ――申し訳ない。今の技術では修理は不可能です。全て私たちの責任です……。


 この時点で技術者は一人も残っていなかった。


 コールドスリープが故障して最初に問題となったのは食料だ。

 船内にはある程度の食料の生産能力はあるが、それはコールドスリープありきで設計されている。


 全員を賄える量などない。それは子供でも知っていることだった。


 そして、ソレは起こるべくして起こった……。


「わたしはね。そんな戦争のさなかに生まれたんだよ。

 当時は医者も居てね。割と衛生面は良かったんだ。

 食糧問題も皮肉なことに緩和されてね、つかの間だけど平和な時代だったんだよ」


『彼女はこの船のアイドルでした。歌が上手く、誰にも優しい、彼女の歌は船内の人々を励ましていました』


「やめとくれよ。もうただの老婆だよ。それに歌が上手いって言っても地球から持ち込んだ歌をそのまま歌ってただけさ」


 次の瞬間、船内に音楽が流れる。


「あ、この曲知ってる、AK47の曲だ」


「おや、お前さんの時代の曲だったんだね。それは良い事を知ったよ。

 私もね、見よう見まねで彼女たちの振り付けを再現しようと頑張ったよ、懐かしいね」


 彼女は、動かない足であったが、かつてのステップを再現しようとする。

 動きは全然違うが、その所作は洗練されており、確かに経験者だったことがうかがえる。

 俺は踊りは素人だがアイドルファンなのだ。それくらいは分かる。


 …………。


 人々はこの箱舟で世代交代を繰り返した。

 そして知識人たちが全ていなくなると再び戦争を始めたのだ。 


 量子コンピューターは船全体の制御が主たる任務である。

 人を教育する権限がないし、その能力もなかった。ただひたすら生命の維持を優先させた。


 ◇◇◇


「マスター。よろしかったのですか?」


 俺は福祉船アマテラスに一人戻る。


「ああ、本人がここに居たいって言ったんだ、強制はできないだろ?

 それにここにはお墓があるって言ってたし、残りの寿命は彼らの墓守をして過ごしたいってさ。

 そうだ、アイちゃん。アマテラスにある音楽データや映像データーって向こうに転送できるかな……」


「はい、先程送った補給物資のコンテナの中にマスターが見られていた音楽、映像アーカイブを入れておきました。

 それにビーコンも設置しましたので、休日にでも会いに行かれては? どうせマスターはお暇でしょ?」


「ああ、そうだな。これも立派な福祉の仕事。……いや違う、アイドルファンとして当然の推し活だ!」



 -----おしまい-----


 あとがき。


 今回は少しシリアスな展開にしました。

 箱舟計画はよくあるSF要素ですが果たしてそんなにうまくいくでしょうか。

 閉鎖された空間で似たような人間と変わらない毎日。

 どこかで破綻してしまうでしょう。


 面白いと思ってくれたら★をくれるととても嬉しいです。

 次章も引き続きよろしくお願いします。

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