第三話 アンプラグド
アンプラグド1/5
俺の名はイチロー・スズキ。
福祉事業団体フリーボートの社員だ。
相棒である霊子コンピューターAIのアイちゃんと共に、今日も福祉船アマテラスに乗り宇宙を旅する。
『うは! ちょ! さすがメグたそ……俺の嫁』
『いや、俺の嫁だ!』
『だが、俺の嫁だ!』
『おいおい、メグたそは俺の嫁だろ?』
『俺が、俺達がメグたそだ!』
画面中にコメントが流れる。
「くだらねー。バーチャルアイドルを嫁とか、虚しくならないのかよ」
……って、まあ俺も同じ穴のムジナなんだけどな。
「おやおや、相変わらずマスターは勉強熱心ですね。今度はバーチャルアイドルですか?」
今見ているのは21世紀後半の映像アーカイブだ。
俺が冷凍されて以降の数十年の人類史を知るのは有意義だと思ったのだ。
もっとも、政治や世界情勢に興味はない、サブカルこそが最優先だ。
アイちゃんも流石は俺の専属AIなだけはある。
けして教育ママではないのだ、俺の興味のある事はほめて伸ばしてくれる。
ちなみに21世紀の中期から後期にかけてアイドル文化は完全にバーチャルに移った。
当時として最も悪名の高い、所謂、人権保護法の暴走によりコンテンツ業界は縮小。
アイドル産業や、漫画、アニメの質は低下し産業としてはオワコンとかした。
まあそれも禁酒法と同じで22世紀になると復権することにはなったが。
だがその空白の時代は長かった。失ったアイドル文化を取り戻すために20世紀の後期から21世紀初頭が見直され。
再び過激なコンテンツ文化が花開いたのだ。
アイドルの衣装の露出は増え。漫画アニメは肌色多め、映倫などどこ吹く風といったところだ。
ちなみにその空白の時代を埋めたのがバーチャルアイドルということだ。
「ちなみに中の人ってどうなの? 俺が思うにメグたそって相当メンヘラな感じがするんだけど。スキャンダルとかはなかった? 人気とは言えかなり危ない言動。というか人とは思えないサイコパス味を感じるんだが……」
「マスターいい質問ですね。このメグたそこそが、最初の完全AIのバーチャルアイドルなのです。ですので当然中の人は居ません。
故にカルト的な人気になりました。要はファンにとっては可愛らしい絵が動いて喋れば愛情を注げると言ったところでしょうか」
「なるほどね、ついに人類は正真正銘のバーチャルアイドルを手に入れたのか。スキャンダルとは無縁の完全無敵のアイドルって訳か。胸が熱くなるな」
「ところが、そうもいかないのが現実なのですよ。背後にあるスポンサー企業の思惑がだだ洩れでステマ詐欺として炎上。その後はお分かりですね?」
「お、おう。あれだろ? 会長、社長。担当部長の禿げたおっさん達の記者会見フラッシュだろ?」
「大正解です! さて、そろそろ目的地に着きますね」
俺達は今、ベヒモス座、アルファ恒星系にある一つの惑星に来ている。
資源惑星アースシックス。
質量は地球の約二倍、大気圧は約四倍。
ここでとれるハイパータングステンという金属は人類に多大な貢献をした。
だがそれも一昔前の話。
アイちゃんの話では商業的に価値のある時代は労働者やそれに付随する娯楽産業で賑わっていたが。
ハイパータングステンの需要の低迷とともに相次ぐ鉱山の閉鎖。企業は撤退していった。
今では僅かな人々がひっそりと暮らすゴーストタウンだという。
「なあ、アイちゃん。ここに残ってる人ってなんで他の惑星に行かないんだ? 仕事もなさそうだし、観光地って訳でもない」
「はい、実は今この惑星にいる人々の中には、鉱山の労働者はほとんど居なくてですね。
所謂地球の支配から逃れたい派閥の人々、アンプラグドの皆さんの保養所になっています」
「アンプラグド? まさか電気がいらないとかいう頭悪い団体とかじゃないよな?」
「まあ、似たようなものです。
彼らは地球の三つの議会の一つである、霊子コンピューターによる電脳議員を否定した自然派の活動団体です。とはいえ全ての科学技術を否定しているわけではありません。
彼等の理念は量子コンピューター以前の時代への回帰。人の判断にコンピューターは必要ないと主張する者達の集まりです」
「ふーん。別に電脳議員による独裁でもないだろうに。地球の政府は上院議員、下院議員、そして電脳議員の3つの議会で政治は行われてるんだから別になんの問題もないだろう。
そいつらってテロリストなんじゃないのか? そんな奴らに貴重な物資を送っていいのか?」
当然、科学文明が進んだこの時代にも政治はある。
俺の時代にもあった民主主義の仕組みはまだ生きていた。選挙によって上院議員と下院議員が選ばれる。
そして俺がいた時代との最大の違いは、完全に自我を持ったコンピューターの存在である。
つまりアイちゃんのような優れたAIが第三の議会を運営する電脳議員の登場である。
これにより、民主主義は腐ることなくより完璧に成熟したといえる。
AIに全ての政治を任せれば良いと極論を言う有識者もいた。
古臭い政治家のせいで技術の進歩の足かせになると主張する科学者もいた。
だが、この三つの議会はお互いに抑制機能が働いた。
おかげでAIが暴走して人類を滅ぼすような展開もないし、結果的に旨く行っているのだろう。
それでも議会にAIが介入するのに漠然とした忌避感を覚える人間もいた。
そして彼らは霊子コンピューターによる完全なAIが無かった世界に戻るべきだと主張し、文明から背を向けてこの廃墟となった惑星に移り住んだのだ。
「私とて思うところはありますが、議会での決定ですので。それに彼等にも人権があります。
例え、我々AIを嫌っていようとも犯罪を犯さない限り彼らは保護すべき人間なのです。
故に福祉団体フリーボートが存在するのですから。
それに物資は貴重ではありませんし、人類存続の為に彼等の様な生き方も必要だと電脳議員を含めた全ての議会で結論が出ております。
まだ具体的な法律の制定には至っておりませんが、その隙間を埋めるために我々は存在するのですよ」
なるほどね。俺は政治的なしがらみを受けない福祉団体の社員だったか。ま、しょうがない。これも仕事ってことか。
「で? 俺はアンプラグドのリーダーに会って物資の運搬手続きを遂行せよってのが今回のしごとね。……怖い人じゃないよね?」
「ふふふ、反政府組織のリーダーが怖くないといつから錯覚していたのですか? 彼らは戦争を経験しているはずです、きっと人も殺したことがあるでしょう。一筋縄ではいかないかと」
「おいおい、それは犯罪者じゃないのか?」
「上院議員では彼は戦争犯罪者だと認定されましたが、下院と電脳議員では彼は正統な権利の元、正式に宣戦布告、そして国際法に乗っ取った戦闘をしたので否決されました。
つまりは理性的で頭は切れると言ったところでしょうか。なのでフリーボートの社員であるマスターはアンプラグドの幹部たちには殺されることはないでしょう。頑張ってくださいね」
「幹部たちって言ったな。じゃあ、下っ端には殺されるんじゃ……」
「その可能性は僅かにあります。ですので今回は現地の用心棒を雇っております。フリーボートと長期契約をしておりますし身元も確かな優秀な方です。
彼に道中の警護を依頼しましたので、まずは酒場で彼と合流しましょう」
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