フラクタル3/3

 俺とクリステルさんは基地を出ると空飛ぶタクシーに乗り、エアーズロックの頂上にある喫茶店へと向かう。


 景観を崩さないように赤茶けた壁で出来たおしゃれな喫茶店だった。


 外の看板にはこう書かれていた。

 ――ようこそ、世界の中心でカフェ『ワナビー・ワラビー』へ。


 ポップでいい感じだ。

 お店に入ると、小さなカンガルー、ワラビーの接客ロボットが出てきて俺達をテーブル席に案内してくれた。


 ぴょんぴょんと動くその姿はとてもかわいい。


「うーん、本物のワラビーが見たくなってきたな」


「おじさん、それはちょっと難しいですね」


「まさか、絶滅したとか?」


「いいえ、そうではありません。自然保護区にはたくさん生息しています。ですが、サファリバスの予約が来年まで一杯ですので今からは無理なんですよ」


「なるほどね、それならしょうがない。このお店のワラビー君で我慢するとしよう」


 思ったよりもモフモフで、動きも機敏。

 クオリティーは高いし愛嬌があってこれはこれで良いものだ。


 とりあえずコーヒーと名物のウォンバットケーキを注文するとワラビーロボットは再びぴょんぴょんと店の奥へと歩いていった。


 しばらくすると、今度は人ほどの身長のカンガルーロボットがコーヒーとケーキを運んできた。

 そして、お腹の袋の中から赤ちゃんカンガルーが顔を出し、ナイフとフォークを取り出してくれた。

 

 ……なるほどな、この店が人気なのが分かった気がする。


 それにクリステルさんも見かけによらず、こういう可愛いのが好きなんだな。

 普段完璧な彼女の意外な一面を知るのも良い経験だった。


 コーヒーを一口含む、香りは21世紀の物と変わらない。ウォンバットケーキも外見こそ可愛いが普通の生クリームとスポンジのケーキだった。


 ま、当然だよな、未来になったって人間の味覚は変らないのだろう。

 俺が目覚めてからは未来的な食事を期待したこともあった。

 だが、昔から変わらない味、これはこれで安心するのだ。


 そんなことを思いながら窓の外の景色を眺める。

 さすがエアーズロックの頂上なだけはあって景色は抜群だ。


 だが惜しいかな、自然保護区とは反対側の席だったため、窓の外の景色は宇宙基地が広がっているのみだった。


「うん? クリステルさん、なんか凄い船があるよね、それにたくさんの人、いや整備ロボットかな? あれって何の船なんだろう」


 クリステルさんも俺の目線の先を見つめる。


「……ああ、あれは実験船ジェラルドバーグですね。私も名前だけで何をするための船かは知らされておりませんが……」


 まあ、彼女は上院議員の秘書さんだし軍部についてはそこまで詳しくないのだろう。


 しかし、なんというか福祉船アマテラスよりも一回り大きいし、卵の様な形状。そしてエンジン部分がやたら大きい。

 レース用だろうか? 


「君達、私の船に興味がおありですかな?」


 突然、後の席から声を掛けられる。


「これはマンデルブロ大佐」


 クリステルさんは少し背筋を伸ばして答えた。


 俺も声の方へ振り向く、そこには壮年の男性が一人テーブル席に座っていた。


 白い軍服の胸元にはたくさんの勲章がキラキラと輝いていた。


 大佐か、つまりはあの船の艦長さんということだろうか。


「久しぶりだねクリステル秘書官、そちらは……」


「あ、どうも、初めまして。俺はイチロー・スズキ。クリステルさんの遠縁の親戚です」


「ほう、君が噂の21世紀少年君か。私はベネディクト・マンデルブロ。

 あの船の艦長を務めさせてもらっている。

 君はあの船に興味がありそうだね、失礼ながら時間もあるようだし、暇つぶしに聞きたいことがあればなんでも教えてあげようと思ってな」


 俺達が暇なのはその通りだが、この人は大丈夫なのだろうか……。


 いや、船が整備中だからやることがないのか?

 でも大佐って軍の幹部だよな……。


 いやいや、ここは21世紀ではない。

 余暇を過ごすのはこの時代では常識なのだ。


 クロスロード上院議員も今は休暇中、家族旅行でカナダにいるらしい。

 おかげでクリステルさんにも会えるわけだし良い事だ。


 そう、この時代ブラック企業問題は解決されているのだ。 


 マンデルブロ大佐はこちらの席に来ると、俺達に船の目的を教えてくれた。



 ――超超光速実験船ジェラルドバーグ。


 開発中のスーパータキオンエンジンの実験船である。


 曰く、スーパータキオンエンジンは、理論通りなら宇宙限界速度に到達することができるという。


 俺にはよく分からないが、その速度まで加速することができれば宇宙の外側に出ることが出来るらしいのだ。


 だがその速度まで加速した場合の重力はおそらくブラックホールを超えるだろうとのこと。


 それにより船の強度に問題が発生。

 その対策としてバリア機能の大幅な見直し、現在改修中とのことだ。


 しかし、宇宙の外に行くことに何の意味があるのだろうか。

 宇宙だって全然広い。何の問題も無いのになぜそこまでするのか俺は疑問だった。


 顔に出ていたのだろうか、マンデルブロ大佐は質問する前に答えてくれた。


 この実験が成功したなら、その恩恵として既存のブラックホールの調査も進むらしい。

 外側を知れば内側も理解できるってことだろうか。


 俺が関係していることで言えばブラックホールから出てくる蜂の謎が解けるくらいか。

 まあ、俺は科学者じゃないから詳しいことは何も言えないけど、人類にとって良い事には違いないだろう。


 それにマンデルブロ大佐の話は面白い。

 宇宙の話をするときの顔は、まるで少年のようにキラキラしていた。


 なるほど、たしかにやる価値はあるのだろう。


 …………。


 ……。


 時間はあっという間に過ぎていった。


 ちなみにコーヒーとケーキだけで半日粘るほど俺達は厚かましくない。


 俺はハンバーグステーキセットを追加で注文したし、クリステルさんは更にパフェを3種類注文していた。 



「マンデルブロ大佐、貴重なお話ありがとうございました。俺には半分も理解できませんでしたが、それでも全然面白かったです」


「ははは、そう言ってくれると私も嬉しいよ。若者に宇宙の魅力を伝えるのも年寄りの役目だからね」


 そのとき、クリステルさんの携帯端末から音が鳴る。


「あら、もうこんな時間ですね。マリーさんのデータ転送完了したみたいです。そろそろ基地に戻りましょう。では大佐、本日はこれで失礼します」


「ああ、私もそろそろ船に戻るとしよう、ではまた、宇宙のどこかで会おう」


 

 ……後日。


 実験船ジェラルドバーグは外宇宙へ向けて旅にでた。


 だが、一通のメッセージが送られて以降、消息不明になり今だに帰還の報告は無かった。


 それは公表されることなく、外宇宙調査計画は静かに幕を閉じた。



 ――親愛なる我ら小さき宇宙の民へ。


 私は神々の世界を見た。

 あれはまさしく光の巨人だった。


 それは余りにも大きすぎた。


 無限のフラクタル。

 我ら人類など所詮、井の中の蛙であったのだ。


 人類に告ぐ。

 外宇宙になど興味を持ってはならない。

 また、あれらに興味を持たれぬように、この矮小な宇宙でひっそりと生きることを切に願う……。



 -----終わり-----



 あとがき。

 最後まで読んでくださりありがとうございます。

 今回のお話は、タイトルの通りフラクタルをテーマにしました。


 マンデルブロ集合、綺麗で恐ろしいですよね。youtubeで見てたらこの話を思いつきました。


 宇宙も実はフラクタル構造ではないだろうか。

 この話は第一章『ブラックホールクラスター』のアンサーでもあります。


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