第五章 アナザーディメンション

アナザーディメンション1/4

「おや、マスター今日はいつものネットサーフィンはなさらないんですか? それに珍しい格好ですね」


 福祉船アマテラスの船内。

 居住区画へ向かって歩く俺にアイちゃんが話しかける。


 俺だってネットばかりやっている引きこもりではない。

 それに珍しい姿とは失礼だ、ジャージは昔から部屋着としてよく着ていたのだ。


「あら、おじさんもスポーツジムですか? アマテラスのジム、調子はどうですか?」


「あ、ああ。まあまあだよ。僕では少々持て余してるくらいさ、はっはっは」


 俺に声を掛けるのはクリステルさん。

 昨日マリーさんの体の受け取りを完了したので彼女も休暇である。


 せっかくなので福祉船アマテラスの様子を見ながら身内である俺と休暇を楽しみたいとのことだ。


 こんな時でも仕事のことを考えるとは大した人だ。さすがは首席秘書官といったところか。


 タンクトップにハーフパンツ姿のクリステルさんは、ゴムで髪を後ろにまとめながら船内を颯爽と歩く。

 その姿はいかにも普段からスポーツをしている感じで実にカッコいい。


 それに比べて俺である……ネットサーフィンなんかしてる場合ではないのだ。



「マスター……。なるほど、背伸びですか……。そういえばマードックさんは毎日トレーニングをされているようですね。

 なかなかご満足いただけているようですので。設備としては十分かと思います」


「そうですか。それは期待ですね」


 クリステルさんはそう言うと少し歩みを早める。

 しかし、休日だというのにジムでトレーニングとか……欧米かっ!


 ……いや、欧米だったか。


 そして、周りの人がやってると俺も何かやらないといけないような気分になるのは日本人だよなぁ……。


 アマテラスのスポーツジム、俺は初めてその扉を開けた。


「ワンモワ! ワンモワ! レッツゴー! レッツゴー! ワンモワ! たった700ポンドよ、もっと頑張んなさい! ワンモワ!」


「うん? マリーさんは何を言ってるんだ?」


 ジムに着くなり、マリーさんの甲高い声が室内に響いていた。


 すぐに理由が分かった。マードックさんがベンチプレスをしているようだった。


「アイちゃん。700ポンドってどれくらい?」


「300キロ程ですが……マスターはやめたほうがいいですよ?」


「……いや、言ってみただけだ、やる訳ない。あの重そうな円盤を全部外せるならやってもいいが……」


「おじさん、何しに来たんですか。まあ、自分に合った器具で少しずつ重さを足してけばいいですよ。そのためのジムなんですから」


 そう言うクリステルさんはさっそく、バーベルに重そうな円盤を数個追加していた。

 あれは何キロだろうか……いや知ってどうする。

 マードックさんのに比べれば全然軽そうではあるが、どうせ俺には絶対上がらないに違いないのだから。


 しかし、周囲を見渡してみると、なるほどねぇ。

 スポーツジムには初めて来たけど、いろんなマシーンがあって、これはこれでゲームセンターみたいで面白そうだ。


「よし、じゃあ。軽く汗を流すとしますか」


 …………。


 ……。


「はぁはぁ、……もう、無理。これ以上は死ぬ……」


「マスター……ダサいです。棒だけのバーベルで息を切らしてる方はそうそういませんよ……」


「ナ、ナイスファイトです。何事も挑戦する気持ちが大事ですよ。……ところで、おじさんも久しぶりの休暇ですよね、これからの予定はあるんですか?」


「そうですね、せっかくの地球だから、ぜひ聖地を巡礼しておきたいところです」


「さすがはおじさんです。ローマですと、そうですね、アマテラスくらいの大きさの船を停めれる場所はノルウェーのフィンマルク宇宙基地ですから。

 そこからシャトルに乗り継いで……一日は見た方がいいですね」


「いやいや、ローマじゃないですよ。聖地といえばアキハバラ。思えばこの時代では一度も行ったことがないから、ぜひとも巡礼しておきたいのですよ」


 クリステルさんは知らないだろう。

 実際、聖地という意味で言えばローマが正しい。


 だがサブカル界隈では聖地と言えばアキハバラなのだ。


「マスター、では今度は私もご一緒いたします。お留守番ばかりでは退屈ですので」


「あれ? ホログラムって船外に出れたっけ? ……それにアマテラスは北海道宇宙基地に停泊しないとだろ?」


「うふふ、こんなこともあろうかとですね、以前マスターが見ていた通販サイトから一つアンドロイドを発注しましたので今回はご一緒できますよ」


 俺が見ていた通販サイト……それってまさか……実用……ゴクリ。


「いえいえ、マスターではありませんので、そんないかがわしいサイトから購入するわけないじゃないですか。

 大手通販サイトのガンジスから正規品のメイド型アンドロイドを発注したのですよ。

 ちなみに私のホログラムデータを送っておりますので姿形は私そっくりなアンドロイドが届くはずですよ」


 マリーさんのアンドロイドを探しているときは確認しなかったが。

 汎用アンドロイドも色々とカスタマイズができるようだ。


 もっともマリーさんのような子供体系のアンドロイドはいろんな理由で販売禁止になっているので結局はアングラに潜ることにしたのだが……。

 

 しかしメイドか……。

 アキハバラにメイド。

 これ以上ないくらいに相応しい姿と言えるだろう。


 さすがは俺のアイちゃんだ。


 ちなみにマードックさんはブーステッドヒューマンなのでお留守番かなと思っていたら、さすがは俺のアイちゃん。

 いつの間にか特別滞在ビザを申請していたので一緒に地球観光ができる。


 マリーさんは存在自体が許されない禁止兵器であるからどうしようか。


 そんなことを考えていたら、いつの間にかマリーさんはちょこんとマードックさんの左腕に乗っていた。


 あ、これならドールにしか見えない。

 これもアキハバラではよくある趣味の一つだ、現地では違和感がないだろう。

 当然ワイヤーソーは取り外してもらうが。


「よし、それじゃあ、みなさん行きましょうか」

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