第四章 フラクタル

フラクタル1/3


『イエーイ。私はマスターの奴隷ですー。朝から晩までお仕えいたしますー』


 …………。

 馬鹿っぽい。だめだな。


『マスター、その……恥ずかしいです。明かりを消してください……』


 …………。

 恥ずかしがりなのかノリノリなのか。キャラがぶれて意味不明。


『お兄ちゃん、だめだよ。兄妹なんだから、……その、優しくしてね』


 …………。

 妹系か、有りよりの無しだ。



 俺は画面のウィンドウをそっと閉じる。


「うーん、どれもこれも不健全だな。まったくけしからん」


 民間用のドールのデザインがいまいちだったから、試しにとアングラの通販サイトを覗いてみたが直ぐにこれだ。

 見た目はいいけど下半身ばかり進化してまあ酷い。


 発想が1000年前からまるで成長していない。いや、そもそもこっち系は人類史が始まって以来なにも成長していないのではないか……。


 はぁ、俺は大きな溜息を吐く。


 再び別のアングラ通販サイトの画面を開く。

 多少の違いはあるが21世紀の人間にとっては現代の美的センスの違いは全く理解できない。


 あれか、最近のアイドルは顔がみんな一緒だと愚痴る、おっさんと同じ感覚なのだろうか。


 くそ、俺はまだ25歳だ、負けてなるものか。

 何に負けるというのか理解不能かもしれない、だがアイドルファンとして美少女の見分けくらいつかなくてどうする。


 これは俺の矜持の問題なのだ。


 俺は画面を三次元モードに切り替える。

 所謂、全天モニターというやつだ。


 俺を中心にドーム状になったモニターにこれでもかと美少女達の顔が並ぶ。


 似たような顔の女の子が似たような表情でニッコリとわらう。

 俺は少しだけ気分が悪くなった。


 宝石の様な綺麗な瞳に見つめられるのは嫌いではないが、数百のそれに見られると気持ち悪い、集合体恐怖症というやつだろう。

 さすがにやり過ぎた。


 俺は蓮コラが苦手だというのを今思い出した。

 


「おや、マスターも実用ドールが欲しくなりましたか? 私という者がありながら浮気は駄目ですよ?」


 全天モニターの外側からアイちゃんが覗き込んできた。


 カタログから立体的な生首がいきなり出現したので少し驚いたが、可愛いから良しとしよう。


 だが俺は実用ドールが欲しいわけではない。

 ……仮に欲しくなっても、それは個人的に購入するのであって、仕事場ではやらない。


「何言ってんだいアイちゃん。マリーさんの体を手に入れないとだろ? これも立派な仕事なんだ」


 21世紀でも職場でアダルトサイトを覗いて、うっかり恥をかくネットに弱いおっさんがよく釣り上げられていたし。

 同じ轍は踏まんよ。


 今回はたまたまマリーさんの見た目に近い物を探していただけなのだ。


 民間用のアンドロイドはルッキズムに配慮してあるのかモブ顔が多い。

 マリーさんのルックスは実用ドールに近いのだ。


 やはりアサシンドールというのはそういう用途もあるのだろうか……いや、どちらかというと、そういうドールに擬態して仕事をするのだろう。

 油断してるところにあのワイヤーソーでちょん切られるのか……恐ろしい話だ。


『あら、イチローったら私の体が目当てなのね。まったく、これだから若い子はエッチなんだから。

 でも私にはマードックていう運命の人がいるし? ちょっとだけなら付き合ってあげてもいいけど、最後まではだめよ?』


 ブリッジ内に甲高いマリーさんの声が響く。


「おい! 船内スピーカーで誤解を招くようなこと言うなよ」


 現状、マリーさんの体はない、喋るときはアマテラスの船内スピーカーで会話をする。


 前回、アンプラグドの本部ビルを爆破したときに体は完全に消失してしまったのだ。


 あれから福祉団体フリーボートはアンプラグドへの支援を打ち切り、政府に犯罪者として指名手配してもらっている。

 リーダーのマクシミリアンには逃げられたが、それも時間の問題であろう。


 いくら宇宙とはいえ、犯罪者が逃げられるほど地球政府は甘くない。

 それに俺達のバックには上院議員がいるのだ、マードックさんやマリーさんに銃を向けたこと、きっと後悔するだろうぜ。


 ちなみにマードックさんは福祉船アマテラスの居住区にて過ごしてもらっている。


 この船には娯楽施設やスポーツジムにコンビニ、床屋、教会もあるので生活には困らない。


 そんなことを考えていると、マリーさんのホログラムが現れ、全天モニターのドーム内に侵入してきた。


 ホログラムに視覚があるのかは不明だが、マリーさんはさっきまで俺が見ていた実用ドールのカタログをまじまじと見ながら言う。


「ふーん、そうは言ってもどれもこれも実用ドールばかりじゃない。やっぱり私の身体が目当てなんでしょ?」


「だから違うって、姿形が似てるのを探したら偶然、愛玩用のドールが引っ掛かっただけだ。他意はないし、そういうのに興味はない」


 ……とは言うものの、正直少しだけ興味がある。

 まるで生きているような外観、さすがは未来のドールだ。ごくりと喉が鳴るのは否めない。


 いかん、これ以上は目に毒だ。


「やめだ、どれもこれも人間並みのパワーしかないし、目的に合わない。

 結局、アサシンドールなんてどこにも無かったしな」


「当たり前です。通信販売でアサシンドールが買えるわけないじゃないですか。いくらアングラサイトとはいえ、軍用品を手に入れるのは無理ですよ」


 21世紀なら割と手に入ったんだけどな、ロシア製のガスマスクとか弟が自慢してたし。

 でも、さすがに殺傷力がある物は無理だったっけ。

 あれはモデルガンだったのか。

 

 肝心の銃がおもちゃなら他の装備もおもちゃでいいのにと俺は思うんだけど。

 こだわりと言うのか、ミリオタはよくわからん。

 海外留学するほどの優秀な弟ではあったのだが……。


 おっと、余計なことを考えてもしょうがない。


「……やはり、ここは上院議員先生の手を借りるしかないか」


 というわけで、俺は福祉団体フリーボートのボスであるフォーマー・クロスロード上院議員のコネで国防省へと出向くことになった。

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