アンプラグド5/5
「ヤバいよヤバいよ。あいつ等やっぱりマフィアだ。……アイちゃん、俺はどうすればいい?
マードックさんとマリーさんが殺されちゃった。くそっ! 俺のせいで!」
『落ち着いてください。心拍数が上がっています。マスターはそのまま物陰に隠れてゆっくり深呼吸していてください。
ちなみにマードック達は死んでいません。アンプラグドの連中は用心棒一人という状況に油断しているようですし』
黒服達が放ったマシンガンによって。フロア内は煙に包まれていた。
……いや、それにしては煙が多い、それになぜか赤い煙だ。
「――ふう、まったく。またドレスが汚れちゃうじゃない。でも銃弾で穴も開いちゃったし。これはもう買い替えるしかないわね」
マリーさんの声と共にフロア中に血しぶきが飛ぶ。黒服達はバラバラになり床に転がる。
バイザー越しで見るそれらは全てモザイクが掛けられていた。アイちゃんの配慮である。
「マリーさん! 無事だったんだね。マードックさんは?」
返事を待つことなく聞き覚えのあるショットガンの音が聞こえる。
「イチロー、無事か! すまん、マクシミリアンには逃げられた。このフロアの連中は全て始末したが、これからどうする?」
「え、そ、そうだな。とりあえず逃げよう。アイちゃん。脱出ルートは?」
『そうですね、このビルには階段はありません。エレベーターのみです。まあ何とかなるでしょう。マスター、立てますか? 心拍数は落ち着いてきたようですが』
「ああ、そうだな、不思議と落ち着いてきた。なんか謎にリラックスする匂いが……これって、まさか……」
『はい、緊急事態ですので、リラックス効果のあるフリーボートご用達のお香をクローク内に循環させました。でも過信は禁物です、リラックスですよ!』
「お、おう。サンキューだ。よしエレベーターを降りよう」
俺は、フロアに散らばるモザイクを避けながらエレベーターに向かう。
エレベーターは無事だった。まあ当たり前だろう。
エレベーターが壊れたら奴らにとってもデメリットしかないのだ。
「……ふう、ほんと勘弁だよ。まるでハリウッド映画じゃないか。しかもB級よりの……。いきなり大乱射とかありえないぞ」
「うふふ。でもイチロー、貴方は大したもんよ? 普通の人間なら錯乱して窓から飛び降りてるところなのに皮肉の一つ言えるんだから。実はこちら側の仕事に向いてるんじゃない?」
「いやいや、でもありがとう。ところでマードックさんにマリーさんは怪我はないですか?」
俺が正気なのはバイザーのモザイクのおかげだが、エレベーターに乗るとそれは解除された。
「ふっ、多少は喰らったが、弾を抜けば何とかなる」
「私も頭に集中的に喰らったわね。でも奴ら馬鹿ね。電脳が頭にある訳ないじゃない」
マリーの頭部はこれでもかという位に穴だらけだった。ハチの巣の様な穴から機械部品が露出する。
いくらアンドロイドとはいえ。眼球が飛び出る少女の顔はショッキングだった……。
だが、例のお香のおかげだろう。俺はかろうじで冷静だった。
「マリー。大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ、頭部は飾りだからね。それよりマードックの方が心配だわ、一階に着く前に応急処置をしないと」
マードックはコートを脱ぐとたくましい肉体が露わになる。
ブーステッドヒューマンの肉体はボディービルダーの様にたくましかった。
故に弾丸は筋肉で止まり致命傷を避けることが出来るのだろう。
マリーは彼の体から銃弾を抜き取ると素早く縫合をする。
一分とかからない素早い作業だった。
そして、エレベーターは一階に到着した。
「……マードック。ここでお別れかしら? ……じゃあ、その、元気でね!」
エレベーターが開くとそこには黒服の集団が100人以上。
「あの、マリーさん何を――」
マリーは黒服集団に飛び込む。その瞬間、銃声と共に黒服たちの断末魔の声と飛び散る血しぶき。
「イチロー。いくぞ!」
マードックさんは俺の手を引っ張るとその場を後にする。
「ちょっと。マードックさん! マリーさんが!」
「うるさい、だまれ! 俺達の仕事の邪魔をするな!」
…………。
無言で走るマードック。
唇を噛み締めているようだった。それ以上俺は何も言えなかった。
俺とマードックさんはひたすら走る。アンプラグドの本部ビルから離れると、アイちゃんが手配していたタクシーに乗り込む。
その瞬間、ノイズ交じりの音声が聞こえる。
『マードック。聞こえるかしら?』
「ああ、俺達は無事にタクシーに乗った。護衛任務完了だ……」
『そう、よかった。……マードック、お疲れさま。……今まで楽しかったわ。
じゃあこのビルは爆破するわね。ふふ、私の最後の晴れ舞台、イチローもしっかり見てなさい――』
マリーさんがそう言うと、音声はノイズと共に消えた。
俺は後を振り向くとアンプラグドのビルがあった場所は閃光につつまれていた。
「……マリーのコアには自爆装置がある。あれは……元々は軍用のアサシンドールなんだ。
俺も初めて知ったときは驚いたものだ。当時ガキだった俺は彼女が人間だと思っていたしな。
それ以来の腐れ縁だったが……すまん血を流し過ぎた。少し眠らせてくれ。ナノマシンが回復させるまでは少し時間がかかるんだ……」
◇◇◇
マードックは夢を見ていた。
決して忘れることなどできない、大切な過去の思い出。
――アースシックス事変。
最後まで抵抗運動を続けたハイパータングステン鉱山の労働者達が起こした労働争議は、政府軍を相手に大規模な戦争に発展した。
多くの人が死んだ。
人口比でいうと圧倒的に優位だったアースシックスの労働者達であったが、地球からの支援によって最新鋭の装備をそろえた政府軍に敗北。鉱山は閉鎖となった。
生き残った人々は順次他の惑星へ移住を始めた……。
泣いている子供がいた。
「ねえ君、なんで泣いてるの?」
「……いじめられたんだ、僕の父さんは人殺しで政府の犬だって。アースシックス生まれの癖に地球に寝返った裏切り者だって……」
「そうなの? でも仕事なんでしょ? 職業差別は良くないわね。この街の警察だったら人を殺すことだってあるでしょ?」
「職業差別? そんなの関係ないよ。みんな僕のせいにするんだ。父さんのせいで友達だって一人もいないよ。
それに父さんだって仕事を言い訳にずっと家に帰ってこないし」
「人のせいにするのは良くないわね。それに君、友達がいないのだったら、私が友達になってあげるわよ?」
「……なんだよ。女の子の友達なんて、またいじめられるに決まってる……」
「うふふ、じゃあ今度は私がその子にいじめ返してあげようかしら? なら問題ないでしょ? ……それとも、これからもずっと一人ぼっちがいいの?」
「……ううん。それは嫌だ。
……僕はトーマスジュニア・マードック。でも父さんと同じ名前は恥ずかしいから、マードックって呼んでよ。お姉ちゃんは?」
「私はマリー。
……ごめんなさい。実は貴方のお父さんの遺言でね。息子の友達になってくれって……。
それに、私も仕事が無くなっちゃったから……ここには居場所が無いのよ」
「……そっか、なら僕達は似た者同士だね。よろしく、マリー」
◇◇◇
「ここは?」
「よかった。マードックさん。ここは福祉船アマテラス船内の医務室です。傷は全て塞がりましたね。さすがはブーステッドヒューマンです」
「そうか、俺はまた生き延びてしまったか……。いや、だが君を守れたなら本望だ」
アマテラスの医務室に運ばれるまで気付かなかったがマードックさんの傷は結構やばかった。
ブーステッドヒューマンとはいえ不死身ではないのだ。
「ほんと、マードックさんには何と御礼をいったらいいか。なあアイちゃん。今回の依頼料は上げれないのか? ……その、マリーさんの事もあるし……」
「いや、それは無用だ。規約通りの報酬でいいさ……どうせマリーは戻らない」
「いえいえ、マードックさん。今回は不測の事態にも関わらずマスターを助けていただきました。
お二人とは今度ともぜひ御贔屓願いたいのです。で、こちらとしても保障をしないといけません。マリーさんの損失は我らフリーボートで保障させていただきます」
実に損得勘定で話が進む。
それにアイちゃんはホログラムのくせにナースのコスプレだ。
しかも俺が好きなピンクのミニスカ。そんなナースは居ない。
俺の精神状態を案じているのだろうが、それでも少しふざけている。
マリーさんは所詮、アンドロイドで消耗品とでも言うのか。
……いや、確かに歴史的にはそうだった。
皆に愛されたバーチャルアイドルだって所詮は企業の消耗品だったのだ。
……それでも、短い付き合いだったけれど、マリーさんは生きていた。
それをまるで、物みたいに……。
何が、お二人とは今後とも御贔屓にだ!
アイちゃんはそんな事を言うAIじゃない!
……あれ? お二人とは今後とも?
うん? アイちゃんは何を言っているんだろう。
俺はアイちゃんの目を見る。
ホログラムとはいえ、とてもリアルな瞳。
うるうるとした、かわいい瞳。
いや、そうではない。
彼女は何かを隠している。
そして、彼女も我慢の限界と言わんばかりの表情だ。
――次の瞬間。
『イエーイ! サプラーイズ!
ねぇマードック。私が死んじゃったと思った? 久しぶりにしおらしいあんたを見るのは少しキュンときたけど、これ以上は可哀そうだし?
……ま、私はここにいるのよ。でね? 追加の報酬として、私の次の体をフリーボートさんで見繕ってもらおうって、悪い話じゃないでしょ?』
福祉船アマテラスの船内スピーカーから、聞き覚えのある声が聞こえた。
……そうか。アイちゃんはマリーさんをハッキングしたときにバックアップを取っていたのか。
「……マリー! ……そうだな。なら喜んで報酬を受けるとしよう」
-----終わり-----
あとがき。
今回はサイバーパンク風味なお話になりました。
アンドロイドと人間はきっとよいパートナーになれると願って今回のシナリオを考えました。
面白いと思って下さったら★★★いただけると嬉しいです。
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