6
パスが走り始めてすぐ、鍾乳石の棚田からあふれた水で足が浸かるエリアで、シルシエは鍾乳石の出っ張りに座っていた。
それは休憩しているというよりも、パスが来ることが分かっていて待っていたようで、水しぶきを上げ走ってきたパスを見ても驚くことなく目を向け微笑む。
その表情に今起きていることの原因がシルシエだと確信したパスは剣を構える。
「パスさん慌ててどうしたんです? ご友人とせっかく会えたのに」
「ふざけるな! シルシエ、お前なにをした?」
シルシエは立ち上がると、左目の黒い瞳をパスへ向ける。
「僕の依頼はボヌーさんの遺体、または遺品の回収です。これは間違いなく達成しました。そしてここからは、依頼ではなくボヌーさんのお願いを叶えている途中になります」
「ボヌーのお願いだと……」
「はい、仲間に貯めたお金を狙われ罠にはめられ、お亡くなりになったボヌーさんから三人にもう一度会いたいというお願いです。本来僕は復讐などに手を貸すのは嫌いです。でも、パスさん。あなた方を野放しにしておくと、今後犠牲者が増えるかもしれないと思いましたので、今回に限りボヌーさんのお願いを叶えることにしました」
シルシエが話している途中で、パスの目つきが一層鋭くなると、大きく一歩踏み込んで剣を振り下ろす。
だが、勢いよく振られた剣は、空を切り水しぶきを上げ地面に当たる。
紙一重で身をかわしたシルシエと目が合ったパスが大きく後ろに下がる。
「お前、ただの子供じゃないな……」
「一応探索者なので、最低限の護身術は身につけています」
微笑むシルシエ目掛けパスがナイフを投げるが顔を傾け、最小限の動きで避けたシルシエ目掛けもう一本のナイフが飛んでくる。
シルシエの目の前で一瞬飛び散る火花と共にパスの投げたナイフが、ダンジョンの壁にぶつかり地面に落ちる。
「僕がパスさんと争う理由はないと思うんですけど」
手に握ったナイフを腰にあるナイフカバーに収めながらシルシエは、パスが振った剣を屈んで避ける。
「お前が、ボヌーの死体を動かしているのならお前を倒せば止まるってことだろ。なら意味があるはずだ」
「僕はお願いを叶えるための切っ掛けを与えただけで、別に操っていたりするわけじゃありません」
「黙れ! 操っているかどうかはお前の息の根を止めて判断する!」
「そんな乱暴な」
パスの放った鋭い突きを避けたシルシエが、パスの手首に手刀を打つ。鋭い手刀による衝撃でパスは思わず剣から手を放してしまう。そしてそのまままだ宙にあった剣を、シルシエが回し蹴りで遠くへ蹴り飛ばす。
「僕はパスさんと争う気はありません。用事があるのはボヌーさんですから、二人で話し合ってもらえますか」
剣がなくなった手元、そしてシルシエを見たパスの目に恐れの色が過ったとき、彼の肩をところどころ骨が見える手が掴む。
引きつった顔で振り返るパスの目の前には、ボロボロになったかつての仲間、ボヌーが立っていた。
「なんだってんだお前はよ! 死んでまで俺らに復讐か! はん、金を貯め込む根暗野郎が!!」
悲鳴に近い叫び声を上げながらパスが手にしたナイフをボヌーの腹に突き立てる。だが、朽ち始めた体に刺さったナイフは腕ごとずぶずぶとめり込んでしまい、パスの身動きを封じる形となる。
予想しない結果に恐怖で顔を引きつらせるパスの腕を掴んだボヌーがそのまま、空いている手を振り上げパスの右目を狙って指を突き立てる。
悲痛な叫び声がダンジョンに響き、やがてパスから奪った右目をボヌーが自分の何もはいっていない右目に入れる。だらっと垂れる右目をパスに向けたボヌーが口を震わせる。
「パス……お前の行為……これ。人の物で……は……なにも見えない」
「意味わかんねええよ!! 離せ! この化物がぁ!!」
右目を押え叫ぶパスの頭を掴んだボヌーが、シルシエを見ると会釈する。そしてそのまま暴れるパスを引きずってダンジョンの奥へと消えていく。
「はぁ……あんまり復讐とか好きじゃないんだけどボヌーさんの無念も分かるしなぁ」
二人を見送ったシルシエが大きなため息をつき、悲鳴と怒鳴り声が響くダンジョンをあとにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます